【好感度ゲージ低下?】ミッションは緊急ミーティング


 私は週刊少年ヴァーイ編集部の自席で、キーボードを叩く指に最後の力を込めていた。時刻は夜十時を回っている。オフィスには、私以外にも二人の編集者が自分のデスクでモニターと向き合っていた。

 編集者という仕事は、たいてい時間が不規則で、夜遅くまでの残業なんて珍しくもない。〆切前ともなれば、終電を逃すのも日常茶飯事だ。こんな時間にデスクに張り付いてるのも、もはや“いつものこと”になっている。

(……よし、できた!)

 エンターキーを少しだけ強く押す。画面に表示された文字の羅列を眺め、私はふぅ、と息を吐いた。

 数日前のコヅケンさん宅での自分を思い出す。
 あの取材は、正直に言って散々だった。私の未熟さのせいでコヅケンさんを呆れさせてしまったし、手に入った情報は「ゲーマーは夜更かしするから朝が弱い」という、小学生でも知っていそうな事実だけ。
 普通なら、コラム企画自体がお蔵入りになってもおかしくない。

 でも──「好きにすれば」と彼は言った。
 その言葉を、私は「白紙の委任状」だと都合よく解釈することにしたのだ。ゼロからイチを生み出す。それが編集者の腕の見せ所じゃないか。今までだって、漫画家さんと一対一で何もないところから一緒に作品を生み出してきたのだ。
 その対象がコラムでYouTuberになっても、スタンスは変わらない。

 私は、あの日の出来事を必死に反芻し、彼の言葉の端々や、部屋の空気、彼のまとう雰囲気を思い出しながら、言葉を紡いだ。そして完成したのが、この原稿だ。

 私は自信を持って、メールにファイルを添付する。件名に【ご確認のお願い】と入れ、宛先には彼の名前。送信ボタンを押す指は、あの日の呼び鈴を押した時よりも、少しだけ、強かった。

『コヅケン様 夜分遅くに失礼いたします。先日はお忙しいところご対応いただき、誠にありがとうございました。仮ではございますが、先程メールにてコラムの初稿をお送りいたしました。お手隙の際にご確認ください。ご不明な点などございましたら、お気軽にご連絡ください』

 メール送信後、社外用のチャットツールにてビジネスライクな一文を添えて送り、私は椅子に深くもたれかかる。

 大丈夫。きっと、大丈夫。あの絶望的な状況から、ここまで書き上げたんだ。根性だけは認めてもらえるはずだ。



 その頃、郊外のとある一軒家では。
 ゲーミングチェアに深く身を沈めた孤爪研磨は、モニターの端に表示された通知に、気だるそうに視線をやった。
 ピコン、と軽い電子音を立てて表示されたのは、先日対応した、週刊少年誌の編集者からのチャットと、メールの受信を知らせるポップアップ。

「……ん」

 彼はゲームを中断すると、マウスを操作してメールを開く。どうやら去り際に言っていた、仮のコラム案が出来たらしい。添付されていた文書ファイルを開くと、まず、大きな文字で書かれたタイトルが目に飛び込んできた。

『ゲーマーは朝が苦手!? その意外な理由と、パフォーマンスを最大化する秘訣!』

「…………」

 無言で、タイトルを一瞥する。そして、猫のように色の薄い瞳をすっと細め、独りごちた。

「……うん、意外でもなんでもないけど」

 まあ、予想通りか。
 先日のやり取りを思い出す。FPSすら知らないということは、本当にゲームに関しては素人なのだろう。素人なりの着眼点と言えば聞こえは良いかもしれないが。

 そう思いながら、研磨は諦めたようにマウスのホイールを回し、本文を読み進めていく。

 一行、二行。最初は無表情のままだった彼の顔が、読み進めるにつれて、わずかに、本当にわずかに、ひきつっていく。スクロールする指の動きが、だんだんと遅くなる。そして、原稿が半分を過ぎたあたりで、ついに、その指がピタリと止まった。

 画面を凝視したまま、数秒間の沈黙。やがて、彼はゆっくりと顔を上げ、天井を見つめて、ぽつりと言った。

「……マジか」

 それは、呆れでも、怒りでもない。想像の斜め上を行く内容に対する、純粋な驚愕の声だった。
 研磨は素早くキーボードに指を走らせ、チャットアプリを開く。トーク画面の向こうにいる、能天気な編集者の顔を思い浮かべながら、カタカタと一際大きな音を立てて、メッセージを打ち込んだ。



 私のスマホが、控えめなバイブ音で震えた。画面に表示された通知に、心臓が跳ねる。コヅケンさんからの返信だ。

(早い! もう読んでくれたんだ! 感想は……!?)

 期待と不安を胸に、私は震える指でトーク画面を開く。そこに表示されていたのは、あまりにも短い、たった一言。

『ちょっと待って』

「…………え?」

 どういう意味……?
 良いのか、悪いのか。何に対しての「待って」なのか。その一言が持つ意図を測りかねて、私はスマホを握りしめたまま、完全に固まってしまった。

 それは、これから始まる嵐の前の、あまりにも静かな、不穏な一言だった。


/top
メランコリー