【隠しパラメータ発見】好感度と心拍数の異常値


 数日ぶりに、コヅケンさんの自宅兼仕事場に訪れた。はぁと大きなため息をつきながら、肩を落とす。ああやって赤葦に意気込んできたものの、どうやったら面白いコラムが書けるかなんて皆目見当もつかない。過去のゲームコラムも参考に読んでみたけど、似たような内容に寄ってしまったら嫌だし。
 有名YouTuberでプロゲーマーという、それだけで取材価値があるコヅケンさんに時間を割いてもらうのだ。半端な出来のものは生み出したくない。
 と言いつつ、私のゲーム知識とセンスが無さすぎて困っているところなのだけど。

 腕時計を見下ろすと、時刻は約束の十五時を示そうとしていた。私はもう一度肺に新鮮な空気を入れて、ゆっくりと吐き出す。悩んでいても始まらない。意を決して、二度目になる呼び鈴ボタンを押した。

「こんにちはー! 週刊少年ヴァーイのミョウジですー!」

 ややあって、相変わらずペタペタというゆっくりと床を踏み鳴らす音が聞こえてきたのち、目の前の引き戸がカラカラと軽い音を立ててスライドした。現れたコヅケンさんは、前回の時と全く変わらない静かな表情のまま、私に向かって小さく頭を下げる。

「どうぞ」

 ポツリと呟いて踵を返す。私はまた慌てて頭を下げて、家の中に足を踏み入れた。
 案内されたのはこの前と同じリビングだろう広い和室。コヅケンさんはまた冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出して、ひとつを私の座るテーブルの近くに置いた。
 私も、差し入れに持ってきたプリンをおずおずと差し出す。

「あの、今日はお時間作っていただいて申し訳ありません…」

 気まずさに耐えかねて本題に入ると、ペットボトルのキャップを回したコヅケンさんが静かに言葉を返す。

「いや、こっちこそ…なんか、ごめん…。チャットじゃ上手く言えないし面倒くさいから、直接がいいかなって思って」
「お気遣いいただきありがとうございます。……ちなみに、昨日お送りしたコラムの初稿ことですよね?」
「……それ以外にある?」

 心底怪訝そうな顔をされる。ひいっと心臓が縮み上がりそうになるのを抑えて、私は鞄からプリントアウトしたコラムの初稿を取り出してテーブルに並べた。

「ちなみに、どこらへんが…」

 顔色をうかがうようにそっとA4のプリントを彼の目の前に差し出すと、字が連なったそれをチラリと見下ろしたコヅケンさんが、若干躊躇った様子を見せたあとはっきりと言った。

「…まずタイトルが大袈裟」

 ガーンと効果音がつきそうな衝撃を受けた直後、さらに追い打ちのようにプリントをめくりながら呟かれる。

「“ゲーマーが朝が弱い理由!? その意外な理由とは!?”……って書いてあるけどさ、夜ふかしするから一択だって言ったよね?」
「うっ……ほら、知らない人もいるかと思って……」
「しかもここ、“コヅケン流・朝活の極意”ってなに? 俺、朝活とかしないからね」
「……ですよね」

 しおらしく肩を落とす私を見ながら、コヅケンさんは表情を変えることないまま、淡々と続ける。

「プロゲーマーって、特別な生活習慣とかあると思った?」
「あると思ったんですよ! だってほら、ストイックに毎日五時に起きて、筋トレして、青汁飲んでからモニター三枚に囲まれてゲーム開始するみたいな……!」
「他のゲーマーはあるかもしれないけど、俺はないよ。やりたい時にやってるだけって言ったでしょ。ルーティンは大体あるけど。とりあえず朝活はしない」
「……なるほど。ありがとうございます、勉強になります」

 口調は丁寧を保っているつもりだけど、内心では絶賛パニック中だ。——朝活しない。そこをそんなに強調されるとは。昨日の夜、コヅケンさんに記事を送る前の自分を全力で止めたい。深夜テンションはやっぱり駄目だと脳内メモに刻んだ。

「…記事にならないって思ってる?」
「……いや、あの、ほんの少しだけ」

 馬鹿正直に答えると、コヅケンさんが首を傾けた。いつもの面持ちは変わらず、でもその無言の視線はほんのわずかに問いかける色を帯びている。

「……俺のせい?」
「違います! 私の脳内の理想のプロゲーマー像が悪いんです! つまり全部フィクション!」
「…それは記事じゃなくて小説だと思う」
「おっしゃる通りです…」

 ちょっとだけ早口になった自分を反省しながら、私は姿勢を正した。これから何を聞くべきか頭の中でメモを並べ直す。半泣きで手帳を出し始めた私を横目に、コヅケンさんはミネラルウォーターをひとくち飲んでから、無言でプリンに視線を落とす。

「……これ、うまいやつ?」
「あ、コンビニで一番売れてるやつです」
「じゃあ、もう少し直しに付き合う」
「ありがとうございます!!」

 プリンの蓋を開けるコヅケンさんに頭を下げながら私は深く深く感謝した。彼の感情の読み取れない表情の裏側に、少しだけ優しさがある……気がする。気がするだけかもしれないけど、今はもうそれでいい。

 そして私は心の中で、改めて初回のテーマを考え始めた。

「……では、とりあえず今回は初回なので、コヅケンさんのご紹介と、プロゲーマー&YouTuberとしての一日のおおよそのスケジュールを載せるのはどうでしょう?」
「…いいんじゃない?」

 プリンをモグモグ口に含みながら、コヅケンさんが頷く。きっと突拍子もない記事を書かれるよりは基本ネタで攻めてくれた方がありがたいと思っているのだろう。

「ありがとうございます。えっと、では、起床時間は……?」

 私は急いで手帳を開き、ペンを走らせる。
 起床時間、練習、撮影、配信、食事、就寝時間のリズム。思っていたよりしっかりしていて、ちゃんと“職業”として成立しているのが分かる。ルーティンがあると言っていたのはその通りらしい。

「——で、大体そんな感じ」
「なるほど、すごく参考になります…!」

 頷きながら、今回の訪問でやらなければいけなかったことを思い出す。

「…あっ! あの、よかったら取材用にお写真を何枚か撮らせていただいても大丈夫ですか?」
「いいよ」

 拍子抜けするほどあっさりと返された。コヅケンは取材慣れしているという編集長の言葉が脳裏を過った。

「ありがとうございます。それでは、できれば“プロゲーマーらしい雰囲気”の写真が撮れたらと思うのですが……作業されているお部屋など、見せていただけたりしますか?」
「ん、いいよ。こっち」

 立ち上がったコヅケンさんの後について、カメラを手に部屋を出る。二人分の足音が響く廊下を抜け、案内されたのは、家の一角にある、やや薄暗い和室だった。カラリ、と襖を開けた瞬間——空気が変わった気がした。

「……!」

 そこは、ただの和室のはずなのに、光るモニターやずらりと並んだ黒い筐体が、まるで別世界のような空気を作り出していた。畳のい草が香る純和風の空間に、電子機器が発する微かな熱の匂いが混じり合う。
 足元にはコードが複雑に絡み、壁には吸音パネルと撮影用のスタンド。机の上のゲーミングデバイスは、使い込まれているのに整然と並び、どこか緊張感すら漂っていた。

「すごい……」

 思わず口をついて出た言葉に、コヅケンさんは肩をすくめる。

「まぁ、一応ここが仕事場だからね。コードとかごちゃごちゃしてて、あんまキレイじゃないけど」

 そんなことはまったくない。むしろ異様なほどに集中を生み出しそうな空気を持っている。
静寂と、電子機器のかすかな駆動音だけが支配する空間。ここは、ただの仕事場ではない。彼が「コヅケン」として世界と戦うための、いわばコックピットなのだ。

(これが、プロの現場……)

 緊張と興奮と、ほんの少しの畏れが、私の背筋をまっすぐにする。この空気を、記事に載せたい——そう思いながら、私はそっとカメラのレンズキャップを外した。

「……では、何枚か撮らせていただきますね」
「どうぞ」

 意外にも協力的なその返答に、私は静かに頷いた。
 次回は、この“現場”をもう少し深掘りして、使っている機材や配信の工夫なんかも紹介してもらえるかもしれない。読者にとっても、きっとわくわくする連載になりそうだ。面白いものが出来上がる予感に鼓動が高まる。

 まず、機材やモニターにカメラを向けた。プロの仕事場としての雰囲気を、丁寧に、一枚一枚切り取っていく。

「……あの、コヅケンさんも、よかったら撮らせていただけますか?」

 入り口で立ち尽くしていたコヅケンさんを振り向いてお願いをする。一瞬だけ間が空いたが、彼は何の躊躇いもなく椅子に腰を下ろした。

「……こう?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」

 椅子に腰掛ける姿は、まさに配信で見る姿そのものだった。少し猫背になりながらモニターを前に椅子に深く座っている。まるでスイッチが入ったような、その纏う空気の変化に少し圧倒される。

「画面つける?」
「……つけたほうが雰囲気出ますか?」
「どっちでもいいけど、見栄えはよくなるかも」

 コヅケンさんの骨張った指がボタンを押すと、モニターが明るく光る。ゲーム画面が開かれ、色とりどりの映像と壁や天井を照らす液晶の光が、部屋の空気をより“戦場”らしくする。

「できれば、画面を見ていただけると……あっ、いいですね」

 全く緊張した雰囲気はなく、落ち着いた表情のまま画面に視線を向けるコヅケンさん。
 モニターの光が輪郭を照らし、横顔がくっきりと浮かび上がる。白い肌に長い睫毛。筋の通った鼻に形の良い唇。まるで精巧な彫刻のようだ。

(すごい……)

 “静かに燃えている”という言葉が、これほどしっくりくる人を初めて見た気がした。プロゲーマーという、私の中でぼんやりとしていた職種が、徐々に輪郭をはっきりとさせてくる。

 何枚か、シャッターを切る。モニターに向かう横顔、机に手を置いたポーズ、ほんの少し眉を寄せた表情。
 どれも淡々としているのに、不思議と絵になる。けれど、最後にどうしても、とびきりの一枚が欲しいなと思ってしまった。

「……すみません、最後に、顔だけこちらを向いてもらってもいいですか? 少しだけ…笑っていただけると」

 言ってしまってから、しまったと思う。
 だって、彼は基本的に無表情で、あまり物事に動じない性格で、そこが彼の魅力だと評する人も多くいたから。けれどコヅケンさんは、まるで「最初からそうするつもりだった」とでも言うように、ゆっくりと顔を上げた。
 そして、カメラ越しに、こちらを見る。

 ——その瞳は、レンズの奥にある私の心まで、すべてを見透かしているかのようだった。

 鋭いわけでも、優しいわけでもない。ただ、猫のように大きな瞳がどこまでも真っすぐにこちらを射抜いてくる。私の動揺も、狙いも、そのすべてを受け止めた上で、常に真一文字に結ばれていた唇の端が、ほんのわずかに、しかし確かに、弧を描いた。

 それは、妖艶と呼ぶにはあまりにあどけなくて、無垢と呼ぶにはあまりに蠱惑的な微笑みだった。

(……っ)

 レンズ越しに視線がぶつかる。なのに、呼吸が一瞬だけ止まった気がした。

「——はい、ありがとうございますっ……!」

 震える手で慌ててシャッターを押し、カメラを下ろす。モニターを確認しながら、心臓がドクドクと大きな音を立てて脈打っているのが分かる。

(何、今の……)

 静かに息を吸い直しても、さっきまでと空気の温度が違っているように感じた。無言で椅子から立ち上がるコヅケンさんが、さっきと変わらない落ち着き払った表情をしていて、何故だか安心する。
 けれど——さっきの一瞬の、あの微笑みが、妙に脳裏に焼き付いて離れなかった。


/top
メランコリー