【心拍数上昇中】初めての共同プレイはドキドキMAX


「んん〜〜!!」

 両手を広げ伸びをしながら開放感に胸を躍らせる。バキバキに凝り固まった肩と背中が悲鳴を上げているが、ここ最近のモニター漬けで伸ばせなかった筋肉を伸ばしているという事実の気持ちよさに、痛みはどこかに飛んで行った。

 担当している作家さんたちの連載に加え、コヅケンさんに取材をしたゲームコラムの初回も、なんとか無事に入稿することが出来た。週刊連載のスケジュールのタイト具合にはなかなか慣れないが、ひと段落ついた後のやり切った感はひとしおである。
 コラムの次回原稿についても、既にコヅケンさんと打ち合わせ済みだ。初回は彼自身のことと、ゲーマーとしての一日のスケジュール紹介がメインだったので、次は使用する機材やこだわりについて掘り下げることになっている。ちなみにうちは少年誌なので、そのことも考慮し、子供たち向けにコヅケンおすすめのゲームタイトルの紹介コーナーも入れることにした。

 ゲームコラムの中身がどんどん形になっていく様子に、自分自身が一番高揚している。最初はどうなることかと絶望したが、意外にも面倒見の良いコヅケンさんのおかげで、素人の私でもゲームについての記事を完成させることが出来ている。

(よし、赤葦にスクラップさせるような記事が出来上がる日が楽しみだ)

 「ふひひ」と、女子にあるまじき企み顔を浮かべ、スキップでもしそうな足取りで出版社の廊下を進む。鼻歌を口ずさみながら歩く私を、偶然通りかかった赤葦が、形容しがたい表情で見つめていたことに、その時の私は全く気づいていなかった。



 数日後の昼下がり。私は意気揚々と駅の改札を抜けた。
 この間の入稿祝いに編集長が奢ってくれた焼肉の味を思い出し、自然と頬が緩む。社内でのコラムの評判は上々で、「次も期待してる」という編集長の言葉が、私の足取りをさらに軽くしていた。

 社外チャットツールでコヅケンさんに連絡を取ると、驚くほどスムーズに次の取材日程が決まった。以前の、返信の一言一言に心臓を凍らせていた私とは、もう違う。
 今は、あの無表情の裏にある真摯さや、不器用なりの優しさを少しだけ知っているから。

 手土産のシュークリームが入った箱を片手に、慣れた足取りで彼の自宅兼仕事場へ向かう。呼び鈴を押すと、ややあって、ペタペタと聞き慣れた足音が近づいてきた。

「どうぞ」

 相変わらずの静かな表情で私を迎えてくれたコヅケンさんに「お邪魔します」と頭を下げると、リビングに通される。テーブルの上には、前回と同じようにミネラルウォーターが二本、すでに用意されていた。その小さな心遣いが嬉しくて、私は少しだけ笑顔になる。

「コヅケンさん、先日はありがとうございました。コラム、無事に入稿できました!」
「……うん、良かったね」
「本誌掲載は約3〜4週間後にはなるのですが、見本出来たらお持ちしまね!」
「うん」

 以前なら、そのそっけない返答に何か粗相をしたのかと青ざめていた私だが、数回の取材とやり取りを経て、これが彼のデフォルトだと分かっているので、気にせずに話を進める。

「あの、これ、どうぞ。駅前のカフェの人気ナンバーワンのシュークリームです」
「……ん。ありがと。…食べて良い?」
「どうぞどうぞ!」

 差し出したシュークリームの箱を受け取った彼は、ためらうことなく蓋を開け、一つを手に取る。ゲーマーやデイトレーダーとして没頭する時間は、食事を忘れるほど集中するらしく、甘いものが食べたくなると言っていたので、私からの差し入れはデザート一択になっている。
 シュークリームを口に運ぶ姿を見ながら、私は本題を切り出した。

「今日は、事前にうかがっていた機材のことと、子どもたちへのおすすめゲームについて、ぜひ詳しくお聞きしたいです」
「わかった。じゃあ、こっち」

 指についたクリームを舐めとったコヅケンさんは、ティッシュで手を拭き終わると、頷いてその場から立ち上がった。彼に促され、再びあのゲーミングルームに入る。相変わらず、そこはプロの仕事場としての緊張感に満ちていた。

「えっと、まず機材ですが…キーボードやマウスにこだわりが?」
「……ある。キーボードは——」

 彼は、一つ一つの機材を手に取り、素人の私にも分かるように、その性能や、なぜそれを選んだのかを淡々と、しかし的確に説明してくれた。その淀みない言葉の端々から、彼が自身の「武器」に対して深い理解と愛情を持っていることが伝わってくる。
 一通り機材の話を聞き終え、私は次の質問に移った。

「ありがとうございます。では次に、少年誌のメイン読者である子どもたちに、おすすめのゲームをいくつか教えていただけますか?」

 すると、彼は少しだけ考える素振りを見せた後、意外なことを言った。

「……ただ面白いだけじゃなくて、たとえば、思考力が鍛えられるとか、協力することの楽しさがわかるとかで選べば良い?」
「えっ…! はい、そういう視点、すごく嬉しいです!」

 彼の口から、そんな教育的な観点が出てくるとは思わなかった。心からゲームが好きなのが分かる。
 彼はいくつかのタイトルを挙げ、そのゲームが子供たちにどんな良い影響を与える可能性があるかを、いつもの平坦な調子で、けれど丁寧に説明してくれる。そして、あるパズルアクションゲームの話になった時だった。

「……口で説明するより、やった方が早いかも」
「え?」
「ちょっとやってみる?」

 そう言って、コヅケンさんはごく自然にコントローラーを一つ、私に手渡した。

「わ、わ、私ゲームなんてほとんどやったことなくて…!」
「大丈夫。チュートリアル、簡単だから」

 彼は部屋の隅にあったゲーミングチェアを引き寄せ、私に座るよう促した。そして自分の椅子を私の隣に持ってきて腰を下ろす。すぐ隣に感じる彼の体温に、心臓が跳ねた。

 モニターには、カラフルなブロックが積み上がるフィールド。私はおぼつかない手つきでコントローラーを握り、ブロックを左右に動かして落とす。形が揃えられず、どんどん積み上がっていく画面に焦るばかり。

「あ、あはは……すみません、全然ダメで……」
「……そのブロック、右に寄せて。もっと早めに組み始められるから」

 彼の落ち着いた声が、すぐ耳元で聞こえる。私が混乱していると、ふいに彼の手が伸びてきて、私の手に重ねるようにコントローラーを握った。

「っ……!」
「これ。こっちのトリガーで回転して、ここに揃えて——」

 彼の指が、私の指を優しく導く。熱い、と思った。触れた指先から、彼の体温が直接伝わってきて、頭が真っ白になる。ゲーム画面なんて、もう目に入らない。ただ、コントローラーを包む彼の、自分よりずっと大きな手の感触ばかりに意識が集中してしまう。

「……できた」

 画面の中では、ブロックがピタリとはまり、大きな連鎖が起こった。派手なエフェクトが舞い、キャラクターがガッツポーズを決める。
はっとしたように、コヅケンさんが私の手からすっと手を離す。

「……こんな感じ。慣れれば面白いと思う」

 彼が何でもないように言って、少しだけ距離を取ったことで、ようやく私は呼吸を整えることができた。けれど、胸の奥はまだじんわりと熱い。
 コヅケンさんの手が離れたあとも、指先にはまだ彼の体温が残っているようで、私はぎこちなくコントローラーを握り直した。画面に映るキャラクターが次のステージへ進んでいく中、私は口を開く。

「……さっきのゲーム、すごく楽しかったです。あの、操作は全然できなかったですけど……でも、なんかちょっとワクワクしました」
「そっか」

 コヅケンさんは淡々と返しながらも、どこか満足げな空気が漂っていた。

「……他にも、何かやってみる?」

 話題を変えるように、コヅケンさんが画面を操作しながら尋ねてくる。私がこくんと頷くと、彼はさっと立ち上がり、いくつかのタイトルをリスト表示してくれた。その中で、私は気になるパッケージを一つ見つけて声を上げた。
 おどろおどろしい顔をした血まみれのゾンビと、外国人の精悍な美形キャラが銃を構えている画像が映し出されている。

「あ、これって、コヅケンさんが配信でやってたやつじゃないですか?」
「え? …ああ、うん。俺が最近一番やってるやつ」
「じゃあ、それやってみたいです!」
「……え?」

 好奇心しか含まれてない私の言葉を聞いて、コヅケンさんから素の声が漏れる。彼は私をじっと見つめたあと、少し首を傾げて呟いた。

「……俺の得意なやつ、難しいけど?」
「取材ですし! まずは体験!」

 勢いだけで言った言葉だったけれど、私は引き下がれなくなっていた。コヅケンさんはしばらく何かを考えるように目線を泳がせたあと、ふっと息を吐いた。

「……まぁ、いいけど。どうせ、すぐ飽きると思うけどね」

 それでも、画面を切り替えて慣れた手つきでゲームを立ち上げてくれるその背中に、私は少しだけ嬉しくなった。
 隣で操作の説明をしてくれるコヅケンさんの手元と画面を交互に覗きながら、なんとなくやり方を頭に入れる。正直、言っている単語の意味が全く分からない。

 ポーション? リロード? …初めて聞く横文字が多すぎる。

 私が頭にハテナを浮かべていることに気づいたのか、コヅケンさんが剣呑な目でこちらを見てくる。その細めた瞳には、明らかに、「こいつ大丈夫か?」という疑問が書いてあった。自分から言い出したのだから、やってみるしかないと腹を括り、渡されたコントローラーを受け取ってギュッと握り締めた。

「行きます!」
「ええ…すごい気合……」

 若干引かれてる気がしないでもないが、そんなこと気にしてる余裕は無い。私の視線は目の前の液晶に釘付けだった。装備の選択が終わって、画面が切り替わりストーリーが始まる。全体的に薄暗いプレイ画面だ。
 コヅケンさんのこの仕事部屋自体も今はモニターの光だけで明るくなっていたような状態なので、ゲームの世界とリンクしているような没入感が得られる。

 銃を構えたまま、高い雑草が生い茂った廃墟の周りを歩く。草を掻き分けて地面を踏み締める音と、遠くから薄らと聞こえる犬の遠吠えがスピーカーから届いた。呼吸の音さえ許されないような雰囲気だ。自然と息を止めてしまっていた。

 その時、廃墟の向こう側から突然、血塗れになって手を伸ばしてくるゾンビが現れた。初めて目の前に現れた敵に、私は喉をひきつらせて、咄嗟に大声で叫んでしまう。

「きゃあああ!!!」
「えっ、ちょ…まっ、あぶな!」

 コヅケンさんの焦ったような声が聞こえる。それもそのはずだ。私は混乱のまま、思わずコントローラーを放り出して後ろにひっくり返りそうになったのだ。リクライニング機能が付いていたようで、椅子ごと倒れることは無かったが、ぐわんぐわんとバネで揺れる背もたれに体を預けている状態のまま、体を硬直させていた。

「……」

 恐る恐るコヅケンさんを見ると、私が投げたコントローラーをしっかりとキャッチした彼が、信じられないものを見るような顔でこちらをじっと見ていた。

「……」
「……」
「す、すみません…」
「……無事なら良いけど……機材壊すのは止めてね…」
「……スミマセン…」

 気まずさで顔から火が出そうだったけれど、このままでは終われない。私はぐらついた背もたれからそっと起き上がって、コヅケンさんに向き直った。

「……で、でも……ゾンビ、急に出てきすぎじゃないですか……!」

 言い訳半分、文句半分。自分でも情けなくなるほどの震え声だった。恥ずかしさと驚きで、若干涙目である。
 するとコヅケンさんは、ふっと声を漏らすように微笑み、手に持っていたコントローラーをぽんと私の膝の上に戻す。

「そういうゲームだからね。敵がいきなり出てくるのも含めて、演出ってやつ」
「そ、そうなんですね……はは、すごい演出……心臓止まるかと……」

 乾いた笑いを浮かべながら、もう一度コントローラーを握り直す。手がまだ少し汗ばんでいたけれど、次はちゃんと落とさないように気をつけようと心に決めた。
 コヅケンさんは口に出さなかったけれど、恐らく、このコントローラーも椅子も、私が想像しているような金額では無さそうだ。弁償する事態になるのだけは避けたい。

「……じゃ、気を取り直して。次は、ここでアイテム拾って。武器強化できるから」

 コヅケンさんが画面を指しながら、落ち着いた声で説明してくれる。その声が、さっきよりほんの少しだけ優しく感じたのは——きっと気のせいじゃないだろう。
 画面の中では私の操作するキャラクターが息を切らせながら瓦礫の山を越え、何やら不穏な音楽と共に、薄暗い建物の中へと入っていく。これは絶対出てくるやつだ、と先程の恐怖を思い出して身が竦む。

 横からは、冷静なコヅケンさんの声が、私に的確な指示を出す。唯一困るのは、彼から出てくる専門用語を、私が全く理解出来ないこと。

「…で、次はこのボックス開けて、ポーション取って」
「……ポーション?」
「回復アイテム。体力ゲージ見て、赤くなってたら使う。あとインベントリの中の弾でリロードもしておいて」
「えっと…イン、ベン……?」
「インベントリ。持ち物の一覧画面。十字キーの上で開ける」
「え、十字キーって…こっち? あっ、違う、違う…!」

 慌てて押したボタンのせいで、キャラクターは銃を構えたままぐるぐるその場で回転し始めた。操作ボタンが多すぎて、全く使いこなせていない。
 コヅケンさんの肩が微かに震えているのが、視界の端で見える。

「……笑ってません?」
「いや……っ、別に……」

 声まで震えている。
 笑ってるじゃん、と思ったけれど、今それに突っ込む余裕はない。画面の中では、何かが物陰から「ギィ……」と不穏な音を立てて現れようとしている。身構えてにゆっくり歩を進めると、やがて先程と同じゾンビが、叫びながらこちらへ向かって走ってくる。

「キャー! また来たー!」
「落ち着いて。そいつ、耐久低いから、ショットガンで一発で倒せる」
「ショ、ショットガンってどれ!? ってか耐久って何!?」
「……耐久は敵のHP。つまり体力」
「HPは分かります! でもなんか、いろいろ専門用語が…!」

 私は泣きそうになりながらも、必死で画面を睨み、コヅケンさんの指示通りボタンを押して武器を切り替える。パーン! という乾いた音とともに、敵が後ろに吹き飛んだ。そしてそのまま、ピクリとも動かなくなる。

「……倒せた?」
「うん。やったじゃん」

 その言葉に、肩の力が抜けた。初めて敵を倒せたことが嬉しくて、思わず顔が綻んだ。
 いや、たぶん倒せたのは武器の性能とコヅケンさんの指示のおかげだけど、それでも自分で初めての世界で何かをやれたことに、達成感で胸がいっぱいになった。

「……これが、ゲームの世界かぁ……」

 小さくこぼしたその言葉に、隣でコヅケンさんが少しだけ目を細めた気がした。

 その時、ふと、モニターの横に置いてあるデジタル時計を見ると、コヅケンさん宅にお邪魔して一時間以上経っていたことに気付いた。私は慌てて立ち上がる。

「え!? もう四時!? すみません、こんな長い時間お邪魔して!!」
「あー、今日は特に予定無かったから大丈夫だよ。…ていうかそっちが大丈夫じゃないよね。ごめん、ゲームさせちゃったから」
「いえ! めちゃくちゃ楽しかったです! またやらせてください!」

 ぺこりと頭を下げると、コヅケンさんは少し驚いたように目を瞬かせ、それからふっと笑った。

「……楽しめたなら良かった」

 その柔らかな声に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

「あ、あの……! もしよかったら、最後にちょっとだけ写真撮らせてもらってもいいですか? コントローラー持ってるところとか、作業中の手元とか、使わせていただけたら嬉しくて」
「ああ、うん。全然いいよ」

 彼はそう言って、自然な動作でマウスに手をかけたり、さっきまで使っていたコントローラーを膝に持ち直したりと、いくつかのポーズを取ってくれる。

「ありがとうございます……! ちょっとだけ画面も点けてもらっていいですか? あ、やっぱりそっちの角度の方がいいかも……」

 夢中でカメラを構えながら、ファインダー越しに彼を追う。ゲームをしているときとはまた違う、取材を受けてくれるときの真面目な眼差しに、シャッターを切るたびに胸が高鳴った。

「……はい、バッチリです! 本当にありがとうございました。記事、書き上がったらまたデータお送りしますね」
「うん、楽しみにしてる」

 そう言って笑う彼の表情は、どこか少しだけ柔らかく、以前よりもリラックスしているように見えた。私は胸の中でそっとガッツポーズを決めながら、カメラのデータをそっと確認する。
 絶対いい記事になる——そんな確信が、静かに心の奥に灯った。


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