現世、東都の中心地にある庁舎で行われた会議は滞りなく終えることができた。
集められた数持ち審神者とは久しぶりの再会だったが皆変わりなく、近々極短刀同士の演練を約束すれば展開した転送ゲートを潜りそれぞれ本丸へと帰っていく。
おそらく彼ら三人共が同じことを考えていただろう。これ以上、汚い視線を浴びたくはない、と。
忙しい大臣や対策本部の役員はとうに部屋を出ていった。この空間に残るは、審神者や刀剣男士に対して何らかの思惑を持っている人間ばかり。捌宮は自分も本丸へと帰りたくなったが、さっと手荷物を整え平野の顕現を解き懐へ忍ばせる。国永には庁舎を出るその直前まで隣に居てもらうつもりだ。
「捌宮くん」
「…なにか?」
「送った手紙、読んでくれたかな?返事がなかなか返って来ないことを息子が気にしていてね」
手紙、というのは数週間前に平野からのものと共に届いていた国永曰く恋文のこと。迷惑この上ないのだが、以前からこの男には息子と見合いを強く勧められている。息子とは年も近く、互いに審神者だ。それでも捌宮は見合いを受けることはなかった。後ろ暗いことに手は出していないようだが、この男の優しげな瞳の裏側からは隠しきれていない欲深さを感じていた。
「すいません、最近忙しくてお返事が書けずにいたんです。……ですが、まだ戦中ですし、審神者業に集中したいので」
小さく頭を下げて踵を返す。
男の引き止めるような声は聞こえない振りをした。ただこれだけの事なのに、集まる視線が苛立たしい。

「あれは諦めることを知らんようだなぁ。もうかれこれ三年は経つんじゃないか?」
「そう、いい迷惑だよね」
「一度息子の方に強く言っちまえばまた変わるかしれないぜ」
「ええー、食事に行けって?」
「まっ、君の好きにしたらいい。………さて、そろそろ袋に入るとしようじゃないか。約束は守れよ」
「わかってる」
物言わぬ刀に戻ったはじめの一振りを燭台切お手製刀袋に入れ、落とさぬように強く握った。
ーー明らかに刀入ってるけれど、降谷に指摘されたらどう返すのが正解なのか。

「もしもし、今用事が終わったところ」




ベルツリータワーの麓で降谷を待つ。

木々の蕾が淡く色付いてきているものの、まだ風は冷たく肌寒く感じた。現在本丸は熱に溶けてしまいそうなくらい暑い夏だが、こちらではもうすぐ春、新年度が始まろうとしている。
出会いと別れの季節、か。捌宮の審神者8年目突入ももうすぐそこまで来ていた。
未だ戦は終わる気配も見せず、ただ審神者間の犯罪ばかりが増えていく。それでも、今回実装が決定された修行が各本丸で実施されらば戦況も幾らかは良くなるかもしれない。新しい刀剣との交渉も進んでるとの話だ。
思考の海にどっぷりと浸かっていると、いつの間にか目の前に白いマツダが1台、ハザードを焚いて停車した。と73-10、車に詳しくない捌宮には車名の特定までは不可能だ。

「お待たせしました」

助手席側の窓が開かれ、そのさらに奥には思った通りの降谷、ではなく先日会った安室透が爽やかに笑っていた。降谷零を知っている捌宮から見れば、その皮膚に張り付いた作り笑顔は気味が悪くて仕方がない。完璧で、隙の無いものだから余計に。
「お久しぶりです、捌宮さん」
「……久しぶり」
「どうぞ。乗ってください」
促されて助手席へと座り、皺にならないよう着物を整える。安室の大きな瞳がその着物姿を眺め、ある一点で停止した。一般人だったらまず気付くこともないだろうが、一瞬だけ瞳が尖り険をおびる様を捌宮はしっかりと捉えていた。
やっぱり、スルーして貰えるなんてことは無かったかあ。いや、わかってたけどさ。
綿あめのように甘く、いかにも親切な物言いで安室が問う。
「後ろに置きますか?」
「いや。とても大切なものだから、このままで」
その言葉に偽りは無い。七年前、泣いていた自分を救い上げてくれた何物にも代え難い、唯一の神様なのだ。とても、本刀には言えたものではないけれど。
現時点では捌宮が両手に抱く鶴丸国永への質問は無く、わかりました、とそれだけ。家に着いたら言及されることだろう。


滑らかに車が走り出したが、安室相手に話すことなど何も無い。捌宮はただ窓の外、移りゆく景色を眺めている。
「それにしても驚きました、今日は着物なんですね。薄い水色…白藍色に吉祥の草花、よくお似合いですよ」
CDもラジオも流れていない車内でその声を聞き漏らすことも無く。
未だ変わらずに胡散臭いアルバイト店員を演じる同期に嫌気が差した。
知らないとはいえ、"白藍"の由来にもなる本人に褒められ、なんとも言えぬ複雑な気持ちだ。
肌馴染みの良い上質な日本の絹100%、白藍に染められた丹後ちりめんは上品な光沢を持つ。多彩な色使いの雲や檜扇、菊に牡丹などの草花は所々にある刺繍、ぼかしもあり優雅な雰囲気を醸し出している。着ているのが自分と言うのがあれだが、脳裏では訪問着を選んだ乱が愛らしくウィンクしていた。
「そりゃどうも。ねえ、私達しか居ないのにそれ続ける必要あるの?」
「なんのことでしょう」
「似合ってないよ」
「おや、これでも女性陣からは結構な支持を頂いているんですが……」
眉を下げて苦笑する安室を捌宮は見て見ぬ振りをしてやり過ごした。ああ、いい天気。

降谷の家に着くものだと考えていたのだが、彼がハンドルを回し入ったのはスーパーの駐車場だ。ギリギリ昼前と言えるこの時間、駐車場は車でいっぱいだった。入口からそう遠くない場所に空きを見つけ、スムーズにバックで駐車。
捌宮は声に出さないものの、内心降谷を賞賛した。免許は持っているが7年離れていた自分が同じように挑戦してもまず不可能だろうな、と素直に思ったからだ。そもそも、助手席に乗るのもいつぶりだろう。
「なんでスーパー?」
「お昼まだですよね、冷蔵庫に何も入っていないので食材を買います」
「……はーーい」
降谷が作るのか、と一瞬眉を顰めたがそういえばポアロのサンドイッチも彼が考案したものだった。
相変わらず、何でもできる男。

「"それ"、置いて行かないんですか」

「大事なもの、って言ったはず。車上荒らしになんかあったら耐えられないの」

咎めるような表情を浮かべる安室を置いて歩き出すが、それでも着物なので早歩きと言っても高が知れている。すぐに横へと並ばれた。
自動扉から中に入り、まず青果コーナーへ。12時までの値下げ商品を狙う主婦達の隙間をなんとか通り抜ける。
突き刺さる視線、視線、視線。
……さすがに着物でスーパーは浮くか、と思ったがどうやら主婦の視線は隣の安室に向いていて、支持を頂いているというのは事実らしい。
素顔を知ったらどうなることやら。いや、顔が同じならばこの熱気もさして変わらないか。
確かに現世ではこんな美形、滅多にお目にかかれない。きっと刀剣男士達と並んでも霞むことは無いんだろう。失礼な事を考えているのが伝わったのか、安室が振り返る。捌宮は何でもないように言葉を紡いだ。
「何を作るの?」
「なるべく短い時間で作れるものを。パスタはどうでしょう……着物で食べるものでも無いですが」
「着物着てても洋食くらい食べるからね」

食材を次々と籠に入れ、レジを済ませる。
それはちょうど玉ねぎをレジ袋に入れている時の事だった。

「コナンくん?」

「こんにちは!安室さん……と、だあれ?」
4つほど離れたレジで牛乳を精算している少年と彼は知り合いらしい。コナン、と安室は呼んでいるけれど、まさか本名ではないだろう。
膝を畳み視線を同じくする。大きな眼鏡が印象的だがその向こうの知的な青い瞳に歪みは無く伊達だと判断。どうやら少し、細工はあるようだがそれは見ただけでは分からない。
「こんにちは、私のことは捌宮って呼んで。君はコナンくん?変わった渾名で呼ばれてるんだね」
「あはは…でも渾名じゃなくて本名だよ。ボクは江戸川コナン、もうすぐ…小学2年生になるんだ。捌宮さんは、安室さんの友達?」
「うーーーん、どうだろう。友達かと聞かれると……」
降谷との仲を聞かれれば捌宮は同期であり友人だ、と答える。しかし、安室との関係は。安室透のことなどつい最近知ったばかりで、ポアロでアルバイトしている好青年という設定しか知らないのだ。
捌宮は口元に手を置いて思案するが、答えを出したのは自分では無かった。
「酷い人ですね、僕は友人だと思っていたのに」
「はいはい、安室と私は友達です」

「そっか!あと、その袋には何が入ってるの?」
全く子供の旺盛な好奇心とは侮れないものである。まさか、降谷よりも先にコナンくんに聞かれるとは。
捌宮は唇の端を綻ばせ、手の内の白い刀袋をそっと撫でる。
「なんだと思う?」
「うーん、……分かんないや!教えてくれる?」
少し悩む素振りをして、大きな瞳を瞬かせた少年。コナンは上手く隠しているが、捌宮はそういったものを感知するのが得意な方だ。
ーー頭の回転も早く、知識も豊富。
答えを請うものの、コナンは自分でそれに辿り着き、すでに確信している事だろう。もしくは最初から。向けられる深い青には警戒や疑心の色が滲んでいる。
これでは、どちらかと言うと先日巻き込まれていた子供たちよりも、本丸の短刀達に近いような。
「じゃあ答え合わせは今度にしよっか。しっかり考えてきてね」
小さな頭に優しく触れ、ゆっくり立ち上がる。正規の許可証もあるが、これ以上の詮索はさせてあげるつもりはない。
「え…」
ごく自然に撫でられた頭へと手を伸ばすコナンは少し頬を染めており、困惑気味だ。ハッと我に返ると短い手を伸ばすが歩き出した捌宮には届かなかった。

「まったく…、じゃあコナンくん、またポアロで」

「あ、安室さん!……くそっ、行っちまった。あんなんどう見ても刀じゃねーか……」