「それにしても、刀剣大展示会って、ねぇ」
「ああ、上もよく思い付いたもんだ。だがなにも俺達の本丸じゃなくともよかっただろうに」
捌宮の本丸は現在、対歴史遡行軍への主戦力の一部を担っており、同時に監察としても働いている。
期間限定とは言え、新しいお役目を頂戴すれば美術館の開館時間はもちろん、提出する報告書も増えるのは確実だ。
先日呼ばれた三条派の酒の席で、捌宮の磨り減った精神は落ち着きを取り戻したが忙しい日々は変わらず、未だ十分な休息を取ることも出来ていない。
監察で強制立ち入りした本丸の刀の処分もまだ上で揉めており、白藍としても仕事に追われていた。
「君は座っていればいい、なんなら裏で寝て来たらどうだい」
「ううん、皆が働いてるのに私だけ休むのもね。それに何かあってからじゃ遅いし」
今回の大展示会は、現代人の薄れた関心を、信仰を再び集めることを目的としている。国宝や重要文化財などという形で世に残されているとしても、どんなジャンルにも興味のない人は居るものだ。しかし大規模な展示会を催し、刀剣男士への信仰を集めればそれは彼等の力になるだろう。
そしてなにより、次世代の審神者への大きな布石とされている。
審神者は、その任務を戴き初めて刀に触れる者が殆どだ。例えどれだけ歴史的、芸術的価値があるものであっても銘すら知らないことが多かった。
誰が鍛えた刀なのか、誰が使っていた刀なのか、今何処にあるのか、いつ朽ちたのか。知識は多ければ多い方が良い。
才を持つ子供たちが将来審神者となる時、この刀を知っている、見たことがある、と少しでも親しみを持つことが出来るようになれば、この展示会は大成功と言えるだろう。
審神者を育てる教育の場も少しずつ整い始めている。未来ある子供たちが戦争に関わらないよう、すぐにでも遡行軍を殲滅させることが出来ればいいのだが、それが出来たら捌宮も苦労はしない。
控えめに、けれど凛と咲いている白い花飾りが捌宮の心情を表している様だった。戦を終わらせる強い意志を持って、あと数年後、いずれは自分の後輩となる子供たちに刀という武器を伝えていくのだ。
「ほら、忙しくなるまで私は此処に居るから。鶴丸も行ってきて」
「……君なぁ。いくら本霊でなくとも、これだけの戦力が隠れること無く現世にあるんだ。結界は張ってあるがいつ突撃されても可笑しくない。こんな状況で、俺が君の傍を離れると思ってるのかい?」
「うっ、思いません……」
「だろう。ならその緩んだ脳を引き締めておけ」
鶴丸がこつんと捌宮の額を突く。捌宮は揺れる頭をなんとか支えて、傍らに鶴丸を連れたまま簡素なパイプ椅子に腰を下ろした。
見回りの観察部隊を見送りしに出ていった燭台切が、髪を靡かせて太刀の展示室に帰ってきた。
その背中に、黄色い歓声を上げる女子高生達を連れて。
「この部屋には沢山の太刀が展示されているから、じっくり見ていってね。何か気になることがあったら聞いて欲しいな。特に、伊達縁の刀についてなら何でも答えるよ」
「キャーー!燭台切さん!」
「こっちこっち!教えてくださぁい!」
どんな言葉にも優しく応える燭台切はあっという間に取り囲まれたが、今をときめく恋多き女学生達に狙われているのは何も彼だけではない。
部屋に居る源氏兄弟も囲われて膝丸は挙動不審ぎみになっているし、兄の髭切はいつもの笑顔を浮かべているものの、「そう怒ることないんじゃない、脛丸」いや、……いつも通りだ。
ちなみに午前中出ていた三日月や小狐丸に対してはそのあまりの美しさに腰が引け、近付けずに居た子達が殆どだった。その中で一人だけが勇気を出して声を掛けたものの、漸く話しかけてもらえた喜びが爆発した老人による満面の笑みで、すぐに気を失ってしまったのだ。「あなや……」三日月はいつもの様に袖で口を隠そうとしたが、展示会では男士全員がスーツを着用しているため、残念な仕上がりとなっていたことは口に出さず心に留めておいた。
刀剣男士は短刀から長物まで総じて見目麗しい。勿論、捌宮の左脇に立つ鶴丸国永も。
上質なスーツは鶴丸の髪とは正反対の黒色だ。戦装束も、内番着も白をベースにしている彼にしては非常に珍しく、この展示会が終わればもう見ることは叶わないだろう。
澄ました顔をしているが、主たる捌宮は知っている。オーダーするその直前まで白いスーツでは駄目なのかと口を尖らせていたことを。確かに、鶴丸は白のスーツがきっと誰よりも似合う。だが現世でそんなものを着て歩いたら見知らぬ女に手を引かれ、式場に一直線だ。
人を超越した神の美貌は、時に人の正気を奪うものだ。
「ああ、ああ……三日月……三日月宗近……」
硝子の壁に手を付き、その打除けに魅入られ女がひとり。濃い頬紅が塗りたくられた頬は気味悪げに上がっている。
「鶴丸」
「ああ、あれは審神者だな。まったく、これで何人目だ?」
いくつもある本丸の審神者全員にこの展示会についての情報は行き渡っており通知を読んでいる者は全て、今回展示する刀は本霊ではなく練度の高い分霊であると知っている筈だ。だからこそ、この展示会にわざわざ来る審神者は非常に少ない。刀の情報が詳しく説明されているにしても、自分の刀剣男士達に聞けば答えてくれるものばかりであるし、自分の本丸に来ない刀剣男士も演練でそこら中で見ることが出来るからだ。月に一度の貴重な現世へ帰る権利を、一般人向けの展示会に費やすことも無い。
しかし来る審神者は非常に少ない、と言う通りに来ない訳ではない。置かれている刀を奪えるかもしれない、そう考える人間も居た。
「み、みかづき……え、ええ……そうよね、こんな煩い場所には居たくないわよねぇ……帰りましょう、わたくしの本丸に帰って、貴方の美しい顔を見せて……。ずっと探していたのよ、寂しかったわよね、うふ、うふふふ、今、取り戻してあげるわね……」
色素の薄い指が伸び、ストーンが散りばめられている爪が音を鳴らす。カリ、カリ……、余りの気味悪さに周囲の人間は顔を顰めて去っていった。
美しい刀に狂った人間を取り押さえることは簡単だ。本体の刀が展示中でも、身体能力は人間よりも遥かに高い。だが周囲に多くの一般人が居る状況で、審神者の事情をあれこれ話すのはよろしくない。結局、審神者が何か捕まえれるだけの行動を起こしてからでないと捕縛することは不可能だ。
傷んだ金髪を揺らし三日月宗近からゆらりと顔を上げた女は辺りを見渡すと、その濁った瞳で捌宮を捉えた。
「来るぞ」
「うん」
鶴丸は捌宮の前へ出ていつでも対応できるように、燭台切は女の子の相手をしながらも何事かあればすぐに飛び出せる位置まで来ている。源氏兄弟はその視線を隠すこともせず、女審神者を見つめていた。
「乱」
「分かってるよ!出てこないよう言ってくる」
小学生3人のガイドをしていた乱藤四郎がスカートを踊らせ、休憩中の三日月へと走って行った。
ぞくぞくと指先から不快感が伝う。ここ数年、ひとの悪意は嫌という程浴びてきた。いつまでも慣れることは無いし、悪夢に苛まれるほどの影響を受けることもある。けれど自分の信じる正義を背負ってここに立っているのだ。そして、これまで共に戦ってきた三日月を奪うなど到底許すことはできない。
「わたくしのみかづき、かえしてちょうだい」
嫌に静まった部屋に女審神者の声が響いた。妬み、狂気と憤怒、嫌悪、殺意、あらゆる負の感情が込められ渦を巻いている。ねっとりと絡み付くような三日月宗近への執着が、捌宮へと牙を剥いているのだ。
「そちらの刀は展示品ですので、わたしの持ち物という訳ではございません。当然、貴方の物でも無いのですが」
「うるさい、うるさいうるさいうるさいわね!わたくしの三日月宗近なの、彼はわたくしの所有物、わたくしの美しい宝なのよ!はやく出して!こんな汚らしい人間共が見たら穢れるでしょう!今すぐ返して!」
握った拳が硝子を殴り、鈍い音が鳴る。弾丸すら弾くように作られたその硝子は傷ひとつないが、女審神者の拳は真っ赤に腫れていた。
三日月宗近に魅了され、彼を顕現し支配するためならばどんなことでもする月狂い。
(ああ、もう!今日の朝鶴狂いを相手にしたばっかりなのに!)
だがこれだけ妄言を飛ばしているならば、このまま自然に誘導できるかもしれない。女審神者が余計な事を話す前に、一般人に不振に思われる前に、迅速にその身柄を確保する。
「落ち着いて下さい、他の方のご迷惑になります」
「ここは人が多い。移動しよう、一緒に来てくれ」
いかにも心配だと言わんばかりの、切ない顔を作った鶴丸がそっと手を差し出した。数秒間の沈黙の後、女審神者は手を預け一歩踏み出す。
鶴丸がしっかりと掴むのを確認してから捌宮も女審神者へ近付くが、数歩近付くだけで、うっと気分の悪くなるような異臭。女審神者の纏う香水だろう、鼻がもげそうになるほど甘ったるいものだ。鶴丸が何も言わないのならば香を媒体とする呪具ではないが、決して気分がいいものでは無い。
「三日月を返してくれるのよね?」
「ですから、一度落ち着いてお話をしましょう」
「ええ、ええ。三日月宗近はわたくしにこそ相応しいものね。はやく会いたいわ、三日月宗近。うふ、うふふ!」
「……へぇ、そんなにあの刀が気に入ったのか?」
「勿論よ!あんなに美しい刀は他に無いわ!だからね、だからーーー、」
「三日月宗近は、わたくしのものなのよ!!」
「っ、避けろ捌宮!」
女審神者の叫びと同時にどす黒い殺意が捌宮へと飛び出した。スカートの中にでも隠し持っていたのか、左手に握る小刀が空気を裂く。
鶴丸が女審神者の手を力強く引いたこと、捌宮が大きく身体を捩ったこともあり、捌宮は今も無傷で女審神者の数歩先に立っている。
対する女審神者は、鶴丸に青くなるほどの力で右手を掴まれ、小刀を握る左手は燭台切が一本ずつ指を解き、丸まった背の後ろには髭切が立っているため、僅かな身動きすら許されていない。
「君は鬼になっちゃったんだね。じゃあ、僕に退治されても仕方ない。お前もそう思うだろ?髭剃り」
「そうだな。いや、そうではないのだが、……髭は兄者だぞ」
「なんで、どうして邪魔をするのよ!わたくしは、わたくしのものを取り戻そうとしてるだけなのに!貴方なんかよりよっぽど大事に使ってあげれるわ!わたくしの三日月宗近よ、返しなさいよ!」
「お姉さん、なんでそんなに三日月宗近が欲しいの?今回の展示会だって貸し出してもらってるだけで、別の博物館の所有物なんじゃない?」
ざわざわと揺れる展示室に通ったのは、声変わりもしていない男子小学生の声だった。
*****
ナイフみたいな刃物で。人が死んだってほんと?やっぱりここって呪われてるんだよ。
そんな声を聞きながら、ひとの流れに逆らって走っていく。
女の悲鳴が聞こえたのは短刀、脇差が展示されている部屋で見学していた時だ。即座に走り出した江戸川コナンは、その小ささを活かして人の脇をすり抜けていったが、安室はそうはいかなかった。
まず少年探偵団の子供達にここから動かないようにと念押し、灰原哀にその監督を頼む。ガイドとして一緒に見学してくれていた前田も、と振り返った先には既に彼も居らず、しかし人の生死が掛かっているならばもたもたしていられない。前田のことは後回しに、安室も現場へと向かい始めた。
部屋に着くまでに得た情報は、刃物を持っていること、騒動を起こしたのは女。
人の騒めきが大きく、全ては聞き取れないが確かにあの少年の声を拾い、安室は声を上げた。
「コナンくん!」
早く騒動の中心へ、と人を掻き分け進み続け、漸くだと息を吐けば目の前に黒い影。止まることも出来ずに頭に強い衝撃が走った。
「ねえ、ダメだってば!帰るよ!」
「はっはっは。なに、少し顔を見るだけだ。乱よ、そう心配するな。……うん?」
安室が当たったのは三日月と書かれた名札を首から下げた美丈夫だった。そして全力で男の手を引く少女。
きらきらと輝く月を見た。どこまでも深く、美しい。その瞳に取り込まれそうになるのを自覚し、慌てて顔を逸らす。
「……すみません、勢いのまま止まれず」
「気にすることはないが、急いでいたのではないのか?」
男の言葉により、走っていた目的を思い出した安室がその脇から顔を出した。
「コナンくん、と……!?」
「安室さん!」
「三日月宗近!」
コナンが自分を呼び、金髪の女が目を見開いて助けを叫ぶその奥に、前田に支えられながらも頭を抱える神咲まどかを見た。
「もう!ボクは止めたのにー!」
今この瞬間二三歩ほどの距離に居る、少女の声すら遠い。
私立探偵安室透は、神咲まどかの秘密を紐解く糸を確かに掴んだのだ。