「ーー、」
彼の色素の薄いその髪が、暖かな春の風に靡く。随分と綺麗な顔立ちの男。
閉ざされていた瞼が開いてうつくしいブルーグレイの瞳がこちらを見つめてくる。体の内から溢れる自信と芯の強さが伝わって来て、無意識に息を飲んだ。
「ーー」
何か言っている様だが、声は聞き取れず口の動きも読めない。
そうしているうちに彼の姿は霧がかかったようにボヤけはじめて数秒後には全て消えてしまった。
「ーー、ー」
「先輩!」
耳元で大きく名前を呼ばれれば寝惚けていた頭が覚醒し、白藍は目を見開いた。
「なにーーっ、いっ、たあ!」
勢い頭を上げて周りの状況を確認、しようとしたところで青年の頭とぶつかり大きな音を立てる。頭はガンガンと痛みを訴え、目には生理的に涙の膜が張った。
「大将、大丈夫か?」
離れていた所で書類を見ていた厚藤四郎が駆け寄り、少しばりコブができた後頭部を撫でる。
「ううん…、結構痛いけど大丈夫。それより、私どれだけ寝てた?」
チラリと壁に付けられた時計を見るも、何時頃に寝落ちしてしまったのか覚えていない。
前日にでかい案件を片付けたものの、後始末はまだ終わっていなかったはず。自分の仕事を部下に回してしまったことが申し訳ない。
「たしか1時間くらいっすよ」
眩しいほどの金髪を遊ばせた若い男が頭を擦りながら笑う。先程頭をぶつけてしまった蘇芳だ。
「…蘇芳、さっきはごめん。痛かったでしょ」
「大丈夫っす、俺結構石頭なんで」
歯を見せて笑う蘇芳は白藍より四歳年下の部下で、そして後輩にあたる。彼が約三年ほど前、蘇芳の名を頂き上司と部下として自己紹介した際に発覚した事だ。
白藍は過去の自分と同じような境遇に会った蘇芳を可愛がり、蘇芳は自分と同じく夢を断たれたにも関わらず日本の為に尽くす白藍を尊敬している。
蘇芳がトントンと自分の眉間を指で軽くつつく。
「すっげえ眉寄ってましたけど夢見悪かったんです?」
「うーん、そうでもなかったと思うんだけど。ああ、でも確か学校時代の同期が出てきたような」
「あっ!それってたしか白藍に選んだ理由の男だろ?」
思い当たる人物が浮かんだのだろう、厚が目を細めてにやにやと笑う。彼の事を話したのは随分と前だったのに良く覚えているものだ、白藍は苦笑した。
突然出てきた上司の異性関連の話題に蘇芳は好奇心が隠しきれていないし、周りで書類を書いたり調べ物している者達も耳を傾けているようだった。いつの間にか蘇芳の隣には彼の一期一振が座り微笑んでいる。
「色付きの審神者名を選ぶとき、警察学校時代の同期で私が何をやっても勝てなかった人の瞳が頭をちらついたの、それだけ!そこ生暖かい視線やめて!おわりおわり仕事やるよ!」
彼とは別に付き合っていた訳でも、好き同士だった訳でもない。ただ同期で、武術も筆記も何もどれだけ頑張っても唯一越せることのなかった人だから少し、そう、少し憧れているだけだ。
自信家で芯の強い、あの男。
出来るなら一緒に仕事してみたかったとは思うけれど、それだけ。
彼の夢を見たからか、懐かしいあの頃を思い出す。
かつての同期たちはどうしているだろう。
監察官として働きはじめて5年、審神者として戦い続けて7年だ。
書類に記したその名前を指で無でる。
白藍色、もう少し濃かったような、いや薄かったか。
もう、今となってはあのうつくしい瞳も思い出せない。