捌宮の刀剣男士、と言えば初期刀の鶴丸国永と懐刀の平野藤四郎。それらは演練や会議時に必ず近侍、護衛として捌宮の隣に居るものだ。

対して白藍の刀剣男士となるとまず挙げられるのは先日の抜き打ち監査を共にした和泉守兼定。言わずと知れた新選組の土方歳三が愛刀であり、屋内外昼夜問わずにその力を発揮出来る打刀。
長い時を過ごした刀達の中では比較的若々しくも、彼の人の正義感をしっかりと受け継いでいる。短気なところも継いでいるのはご愛嬌と言っていいだろう。
そして太刀の獅子王、和泉守と同じく打刀のへし切長谷部、大倶利伽羅、脇差の堀川国広、短刀は厚藤四郎。彼ら六振りを監察官白藍の刀剣として従え、共に仕事をしている。レアと言われる刀が居ないのは所謂月狂いなどと呼ばれるレア刀欲しさに刀剣男士を酷使したり、他の審神者からの強奪を目論む審神者が居るためだ。そうでなくとも、ただの監察官がレア刀剣を、と難癖をつけられることがある。後輩の蘇芳なんかは常に一期一振と仕事をしているためそういうことが多い。

と言っても、白藍も白黒判断が難しい場合は三日月や小狐丸を連れ、反応を見ることもある。

そのためか、三日月宗近はよく聞いてくるのだ。

「主よ、此度の任務も俺は留守番か?」

ふわ、と欠伸をして眠たさに目を瞬かせる。その時、足音も気配もなく、廊下を歩く白藍の後ろから静かな声で問い掛けられた。振り向けばやはり、青い作務衣を纏った三日月宗近。狂う者さえいるその美しさは爺臭い衣で半減している。
「当たり前。三日月を連れていったら街中所か世界中が大混乱だよ、超絶美人出現!どこのセレブか?王族のお忍びか?ってね。…そもそも貴方、監察部隊じゃないからね」
「ああ、それもそうだな。では世界の平和の為に本丸で大人しくしていよう」
「うんうん、それは助かるなあ。今日は国永と手合わせだから、楽しめるんじゃない」
圧倒的な美を決して謙遜することなく、はははと笑っていた三日月に告げれば、彼は1度ゆっくりと瞬きをした。長い睫毛が揺れ、瞳のなかのそれを隠していく動きは、薄い雲に遮られてほのかに光る朧月を思わせた。そして再び瞼を開けて、先ほどとは全く違う笑みを浮かべる。本丸一の刀を相手することに高揚しているようだった。瞳の打ちのけがギラギラと煌めき、口角がくっと上がる。

「そうだった。主の初期刀殿はほんに強いからなあ、…楽しみだ」

…顔だけ見るととても格好いいのだけれど、
「作務衣だからなんだか残念感…」
「はっはっは」
くったりと肩を落として再び廊下を歩き始める。例え作務衣だとしても、彼の隣に居ると自分がまるでミジンコかミカヅキモにでもなったように思える。それ程までに美しすぎて一周回ってもはや嫉妬も羨望も浮かばない。規格外すぎるのだ。
それにしても、あのギラついた顔。任務から帰って本丸が半壊しています、なんて事がなければ良いが。







昨日まで綺麗に咲いていた桜は一晩で葉桜と化し、青空に美しい緑が栄える。
庭では非番の陸奥守と御手杵がごつい水鉄砲片手に撃ち合っていた。それぞれ銃口が二つあり飛距離は7mのツインアリゲーターを構えており、腰にはスーパーハイドロキャノン。陸奥守はもちろんの事、この本丸の御手杵は非常に銃を扱うのに長けている。しかも彼は銃兵を装備できるのだ。担当者は亜種ですよ!なんて声を大にしたけれど、彼ら刀の付喪神は何柱もの分霊を送り込んでいる。稀に色合いまで違う刀剣もあると言うし、そこまで声を荒らげることもない。偶にはこんなこともあるだろう。性格だって、顕現する審神者が違うのだからそれぞれ違って当たり前、ここにはヘビースモーカーな脇差だっている。みんなちがってみんないい。ただ、見た目が幼いからついしょっぱい顔になってしまうのはどうしようもない。

それにしても、ああ、熱中している彼等が洗濯番に怒られる様が目に浮かぶ。

雲ひとつない青い空、水飛沫を浴びてツヤツヤと光る緑の葉、きれいに洗われた真っ白なシーツにタオル。これぞまさに夏の風景。
こちらに気付いた2人に手を振り返して転送ゲートへと歩みを進めた。



ゲート前には黒い学ランと品のいいブレザー、それぞれを身に纏った獅子王と堀川国広が立っている。
彼らの存在を知らない人間から見れば2人はヤンチャな高校生、イイトコのお坊ちゃん中学生にしか見えないだろう。
ーーしかし、堀川がいつも通りの微笑みを浮かべているのに対して、獅子王は眉毛を寄せて苦々しげだ。

「どうかした?」
「あーー、別に制服じゃなくても良くないかぁ?って」
現世に行けるのはうれしいけどさ、とごねる様子は彼にしては珍しかった。
普段出陣する格好とそう変わらないと思うのだけれど、それとこれとはまた別の話らしい。両手をポケットに入れる様子から、不満がよく見て取れた。

「確か今日は大倶利伽羅が出陣無しの馬当番だけど交代してもらう?」
「これで行くっ!」

「獅子王さん、一昨日からこの現世任務凄く楽しみにしてたんですよ。学生服だとは思って無かったみたいですけど」
即答した獅子王に驚いた白藍に、堀川が笑いかける。やわらかく、純粋であどけない少年のような笑顔だ。
堀川によれば、獅子王は今回の現世任務を仲のいい御手杵達に自慢していたという。たしかに捌宮として現世へ向かう時はいつも国永と平野と一緒であるし、白藍としても基本は本丸や本部内での任務が多く、現世へ行くことは少ない。
顕現されて7年経つ獅子王、現世に行きたかったなんて全く知らなかった。自分にできる範囲の願いなら叶えてやりたいのが審神者心、これから監察の現世任務があったらなるべく彼に回すことにしよう。

パネルをタッチする堀川が問いかける。
「主さん、今日の行先はーー、」













「白藍です、現世に飛びました。万寿菊のゲート使用されたら連絡ください」
『了解しました』
監察課へと報告を終え、細かく書かれた街マップ片手に有名なホテルから細い裏道までしっかりと確認する。万が一、万寿菊が逃走した際には先回りするためだ。
今回連れてきた二振りにもマップを持たせて、別行動でこの街のつくりを頭に入れてもらっている。

ここ、米花町には審神者に就く前に数回来たことがあるけれど、随分と新しい建物が増えたように感じる。変わっている町並みは、少し白藍を寂しくさせた。もうすぐ8年目に突入する、そりゃあ世間に置いていかれて当然だ。
…同期は、どうしているだろう。
気持ちがじめじめとして暗くなるのに気付き、頭を軽く振った。
勿論、そんなことで振り切れるはずもないが、ふと反対側の歩道に小学生達が歩いているのが目に入る。公園に向かっているのだろう、ボールを持つ少年少女の笑顔が白藍の冷えた心を暖めていった。

置いて行かれてたからって、取り残されたって、それがどうした。
自分はこの笑顔を守っている。何も知らぬ一般市民、歴史を修正されたら生まれる筈の誰かは消え、あるべきものは消えてしまう。それはあってはならない事だ。
それに、ーー今更、泣き言を言えるほど子供ではない。


『白藍さん!万寿菊が米花町に入りました、転送先は米花デパート裏です』
「はい、今すぐ向かいます」

気持ちを切り替え、走り出す。今は万寿菊を捕まえるのが最優先だ。
ピアスを三度叩き、二振りに問い掛ける。
「報告は聞きましたね!今何処です!?」
『こちら堀川、既に追跡開始してます。今、友人らしき女性と合流しましたよ』
さっすが堀川!と叫びそうになって慌てて口を噤む。ここは現世だ。
ひとまず彼が見つけてくれていたことに安堵する。これから堀川と合流して後を追い、友人と別れた所を確保しよう。
「私が着くまでお願いします。…獅子王?応答がありませんが、」
どうかしました、との声は彼の小さく息を潜めるような声によってそのまま飲み込むことになる。

『悪い主……、殺人事件に巻き込まれちった』
そうだった、すっかり忘れていた。
部下から送られた資料の一枚。
ここ、米花町は異常なまでの殺人事件が多かったのだ。


殺人事件ともなると、その場に居合わせただけで事情聴取など長い事拘束される。今日は獅子王の働きは期待できそうにない。捜査に出てくる刑事達では審神者について知らされてもいないだろうし、とにかく彼には正体がバレないように、不信感を持たれないようにしてもらい、万寿菊は白藍と堀川で確保する。

「主さん」
走った先に、一時間前見たばかりのブレザーを着た堀川。そしてその後ろに茶髪の少女が二人、話しながら雑貨屋へと入っていくのが確認できた。顔はしっかり見れなかったけれど、いまの二人のうちどちらかが万寿菊だろう。
「国広、呼び方気をつけて下さいね」
「あっ、そうだね。姉さん」
女子の買い物はいつだって長い。そう大きくはないその雑貨屋で彼女達はかれこれ30分以上出て来ないでいる。

機械的な音を鳴らして自動ドアが開き、店から客が出てくる。少女二人組だが、万寿菊ではなく制服を着た女子高生達だった。夏にした本丸とは違い、現世では学生は長期休暇にはいる時期だ。彼女達は半日授業か出校日か。短いスカートから伸びる素足が眩しい、アラサーの自分はもう見ているだけで寒い。
「…なかなか来ませんね」
「でも、流石に店に入って捕まえる訳にもいかないですし。…あ、」
女子高生のうち一人が買った袋をスクールバッグに入れた時、そこから1枚の紙がハラリと落ちた。目の前での落し物を無視することもできない。白藍はそれを拾い、気付かずに歩く彼女へと声を掛けた。

「落としましたよ」
「!あ、これ…わたしのテスト!」
背後に立った時、ぴくりと肩を揺らして即座に振り返っていた、もしかしたらなにか格闘技でも習っているのかもしれない。
折られたその中身を確認すれば、途端に赤く染まる頬。たしかに、名前も書かれた採点済みのテストを知らない間に落としていたら恥ずかしくもなる。
慌てる様がなんとも可愛らしくて口元が緩む。
いいなあ、なんだか懐かしい。私にもこんな時代があった、ような。

「もう、何やってんのよ〜!」
「よりによって数学…。すいません、ありがとうございました…!」

「いえ、当たり前のことをしただけですから」
ね、とやわらかく笑いかけて、視界の端、店の自動ドアが再び開いたことを確認する。万寿菊、写真で見たその姿と違いはない。
本当にありがとうございました、と丁寧にも頭を下げた少女を見送ってから、反対方向へ進む万寿菊を追った。それにしても、獅子王はどうしているだろう。顕現して長いし頭の回転が速い彼だ、あまり心配はしていないが、米花町には探偵が多いらしい。

まさか正体が見破られるということはないと思うけれど、どうにも胸がざわつく。








「そういえば家を出る時に梓さんが言ってたんだけど、今日の午後から安室さんポアロ入るんだって」

「ふーん、随分久しぶりじゃない?じゃあショッピングが終わったらポアロでお茶しましょ!イケメンウォッチングしながらたっぷり語るわよ」