「ひっ、ひら、平野〜〜〜〜!!おかえりなさい……!」

「主、主、泣かないでください」

平野が本丸に帰ってきた。
一期一振や骨喰藤四郎と同じ白手袋に手首から上腕まで覆う長手甲、キラキラと輝く勲章、右肩から綬を掛けており一見日の丸にも見えるそれは彼の刀紋だ。元より粟田口派は軍服デザインではあったが、帰ってきた平野の装いはまさに軍人の正装、そして明治天皇を彷彿させる品格がある。
勿論、変わったのは服装だけなんてことは無く。
強い決意と自信に満ち溢れた顔つきで平野は捌宮を見詰める。言葉を交わさずとも分かる懐刀の成長に捌宮はぼろぼろと涙を零すが、それを隠すこともせずにしっかりと彼の目を見詰め返し静かに言葉を待つ。

「第0008本丸 平野藤四郎、ただいま戻りました。この新たな力を持って、今後もお供します。……地獄の底まで」






泣かない、泣かない、と決めていたのにあっさりと崩壊してしまった自分の涙腺が憎たらしい。左の初期刀から全くしょうがないな、とでも言いたげな視線を受け、泣き過ぎで痛む目元に触れる。そうだよ、しょうがない。想像していたよりもずっと、平野は大きくなって帰ってきたのだから。
初めて会った日のこと、共に過ごした約8年間、そして、修行を終えた今日。鼻の奥がツンと痛み、再び溢れようとするそれを慌てて拭った。

散々抱きつかれた後、平野は前田に手を引かれて捌宮の数歩前をゆっくりと歩いていた。
葉桜と、大きく成長した向日葵。池の鯉が集まりはくはくと口を開ける。
「夏にされたのですね」
鳴狐や他の兄弟達は既に挨拶を済ませて一足先に広間へ戻っており、今頃は宴の最終準備をしているはず。
「利常様にお会いしてきたんです、利長様にとても良く似ておられました」
「平野は加賀に帰ったのですね、僕も、修行となったらやはり加賀へ行くのでしょうか」
修行について語り合う弟達の背を、一期は蜂蜜色の瞳を細めて眩しげに見守っていた。長兄として、思うところがあるのだろう。
「一期、君の弟は随分極めてきたようだな」
「…そうですな。平野はまさしく、我等粟田口の誇りです」
その言葉に、捌宮は国永と顔を見合わせてくすりと笑い合う。まったく。それを言うならば、

「平野は、私達の、この第0008本丸の誉だよ」

歩みに合わせて揺れる髪、かすかに見えた平野の耳は赤く染まっていた。
季節外れの薄紅がひらり、足元へ落ちていく。


「さあ平野、開けてください」
「…はい」

広間の障子を開けた平野は、垂れ目がちな瞳を大きく開いて思わず息を飲んだ。
所狭しと机に並ぶ、見ているだけで涎が垂れてしまいそうなご馳走たち。和・洋・中、果てにはかつて燭台切光忠が極めたインド料理、堀川が現在研究中のファーストフードまで。なんとも言えないような、美味しそうで暖かな匂いが胃を刺激する。平野にとっては久しぶりの本丸での食事。この匂いだけでご飯が食べれそうだ。
集まっている本丸中の刀が平野を見て、わっと歓声を上げる。
「平野、よく帰ったな」「また一段と一期一振に似てきたか?」「修行お疲れ様」「あとでくわしくきかせてくださいね」「おかえりなさい」「新しい装備、凄く似合ってるね。格好いいよ」
ぱん、大きく手を打ち鳴らす。一度落ち着きを取り戻した仲間達についつい笑みを零した。
「いくら極めても聖徳太子じゃないんだから。そういうのは後で、ね。平野、席に着いて」
上座へ移動し、いつもの並び。左に鶴丸国永、右に平野藤四郎。慌てる平野を抑えて彼の御猪口に日本酒を注いでいく。次いで国永のものにも。そして国永が捌宮の御猪口に注ぎ終えると、辺りをぐるりと見渡した。
親指、人差し指で猪口の縁を持ち、中指と薬指で糸底を挟み込む。それを目線よりも上に掲げて大きく息を吸いこんだ。

「平野藤四郎の修行終了、本丸帰還を祝して、…乾杯!」



山のように積み上がっている唐揚げを小皿に取り、レモンを掛ける。まだ温かいそれに噛み付けばカリっと音を鳴らして口の中に肉汁が流れ出した。うん、美味しい。今日の唐揚げは蜻蛉切かな。
宴は多いに盛り上がりむんむんと熱気に包まれ、刀剣男士達は皆笑顔だ。一部、酒に潰れているものもあるけれど。今日の主役である平野はあちらに連れられこちらに連れられ、漸く短刀達が集う机に落ち着いたらしい。彼らが楽しげに飲んでいるのは冷やした加賀鳶。分かっているが、どうにも小学生が酒を飲んでいるようにしか見えない。その中でも五虎退と秋田は特に酷い。幼い子供特有の白く柔らかい手で、ジュース、いや水でも飲むかのように辛口の酒を口に流し込んでいく。彼らは合法。そっと目を逸らす。逸らした先には魔王の酒瓶に直接口を付ける薬研が居た。
自分でもこうなのだから、きっと現役の警察官が見たら白目を剥いて泡を吹くに違いない。

「主さん、飲んでますか?」

「飲んでるよ、堀川。ん、それは…」
「沢庵です。兼さんと食べようと思って」
大皿1杯に盛られた黄色は沢庵で、明らかに二人目で食べる量ではないが、きっと彼らは食べきってしまう。食べます?と差し出された爪楊枝を一本受け取り、ぷすりと差し込んだ。
瑞々しいパリッコリッとした食感、絶妙な酸味と凝縮された旨み、大根本来の甘味はくどくなく、後味がすっきりとしている。
「なにこれ、すっごい美味しい」
「よかった!実は兼さんと一緒に漬けたんだ。色々拘ってるんですよ」
そう言われて、大根が天日干しにされていたり厨に小さな樽があったことを思い出す。かつての主の沢庵好きまで受け継いでいるとは言え、まさか自分たちで作ってしまうとは。
「ありがとね、ご馳走さま。和泉守待ってるんじゃない?…て、あれれ」
和泉守は同じ机を囲う加州清光と大和守安定の言い合いに巻き込まれていた。大きな声が捌宮の耳にも届く。
「打刀で最初に修行へ行くのは俺!」
「いーや僕が行く!」
「はあ!?ふざけんなよ!」
「やんのかこのブス!」
内容はまだ今の段階ではどうしようもないことで、ただただ巻き込まれた和泉守が憐れだった。自慢の髪が、着物が汚れていく。
「おい、食べカス飛んでんだよ!!汚ねえだろーが!」

結局、「怒らない、怒らない…」と呟きながら向かった堀川によって二人の熱は押さえ付けられた。現在、和泉守は上機嫌に沢庵を食べながら酒を飲み、堀川に髪の毛を整えられている。

普段あまり飲まないからか、体がポカポカと熱い。少し風を浴びようかと立ち上がり、縁側を目指す。夏の夜風は涼しくて気持ちいいだろう。
筋肉自慢をする岩融が最後の良心を取り払おうとしていたなんて知らないし見ていない。「露出狂だ!捕まえろ!」「22時13分、公然わいせつ罪で現行犯逮捕です!」
日本号と物吉は刑事ドラマの見過ぎだ。次郎太刀の大きな笑い声が響き渡った。


冷たい風とお冷で火照った体を冷やし、緑の光でメッセージを知らせる端末をポケットから出す。
送ってきた相手は最近登録されたばかりのあの男。
『生きてるか』
そんな1日2日で死なないよ。生きてる、とだけ送り再びポケットへ仕舞った。
彼らともこうして、また酒を飲み交わしてくだらないことで笑い合える日が、きっと。

夜の闇に飲み込まれることもなく、池の周りを幻想的な淡い光が飛び回っている。
「蛍、綺麗だね」
「蛍丸」
「ほら、蚊取り線香持ってきたよ」
蛍丸が渦巻き型のそれにマッチ棒で火をつけ、縁の下に置いた。白い煙がゆらゆらと上がっては消えていく。
「あれ、いつもと違う匂いだね」
「んーと、ローズの香りって書いてあった」
「蚊取り線香にローズって」
「ね、でも案外いいかも。ってそれは置いといて、主は女の子なんだから虫に気を付けなきゃ駄目だよ。後ろで裸踊りしてる奴らとは違うんだからね」
蛍丸は可愛らしく頬を膨らませて、プンと怒るが、捌宮はもう女の子、という年齢でも無い。むしろ子供が居ても可笑しくないくらいだ。今は20歳でも結婚する女性は居るし、そう思えば行き遅れと言っても過言ではない。
「そういう事じゃなくて!だいたい、主は嫁に行こうと思えばいつでも行けるでしょ?恋文だって、お見合いだっていっぱいくるじゃん」
「本部は私の霊力を子供に引き継がせたいだけだよ。あとお見合いは多分私の立場を狙って、ね。数持ちで色持ち、嫁にしたら相当鼻が高いんじゃない?……ところで聞いていいかな、そこに転がってるのは、」
「国行」

「…主はん、修行言うんは絶対一人で行かなあきまへんの?せめて二人、いや三人でもええんちゃいますか?」
ゴロゴロと縁側を転がり、ズレた眼鏡を直すこともしない明石が捌宮へ問う。彼は同派の愛染を心配しているようだ。
「ごめんね主、もうずっとこの調子なんだ。国俊は修行の話を聞きたくて短刀の集まりに入って行ったから余計に」
「自分これでも保護者なんですわ。あの国俊やで?もし修行先に祭りがあったら…」
そこまで語って、さあっと顔を青くする。嫌な未来を想像してしまったのだろう。ゴンッ、頭を打ち付けた鈍い音。
「…愛染を信じてない?」
「まさか!」
「じゃあ明石は働きたいってこと?」
「嫌やわぁ、ちょっとずるいんちゃいます?」
吐き出された溜め息とは裏腹に彼の表情は晴れやかだ。捌宮の隣に座る蛍丸までずり這いし、ぎゅうとその腰に手を回す。
「国俊はちゃんと帰ってくるよ。だってーー」

「愛染明王がついてるからな!!」
「ぐぇっ」


祭りのような賑やかさはまだまだ収まることもない。蒸れるような熱気は夏だからか、それともお冷と勘違いして口に含んだきついウイスキーのせいか。




「バーボンのロックを私の机に放置したのは、誰、だ……!」
「あ、主ーーーー!!!」

「これこの間国行が潰された酒じゃねえ!?」
「ほんまやん」




頂いたリクエストは和泉守兼定、堀川国広、明石国行でした。ありがとうございました。