name change

突然本丸に現れた客はよく知る男が一人、よく知るものの本来の姿とは少し違う男が一人、そして全く見たことも無い女性が一人の計三人。
転送ゲートが開かれたブザー音も無く、本当に突然、広間の中央に現れたのだ。一人ずつ別の部屋に寝かせ、一番最初に目を覚ましたのは女性。短刀達に偵察させながらも女性が辿り着いたのは審神者の勤務室だ。そうして国永と平野が控える中、対面し現状を話し合い、結果、三人はパラレルワールドから第0008本丸に迷い込んだ、ということで落ち着いた。
元審神者だと言う苗字名前は随分ひどい顔で「もうやだなんでこうなるかな私一応神様と過ごしてたし日本のために戦ってたんだからもう少しくらいマシな人生くれてもよくない?ちょっとハードモードすぎ、前世の記憶無かったら3回は首吊って死んでるよ。だいたい安室さんも一緒ってどうすればいいの」とぶつぶつ言っており、前世で徳を積んだにも関わらず、どうにも酷い人生を歩んでいるらしい。捌宮はそっと目を伏せた。彼女に幸あれ。

そんなこんなで現在、お客様三人が広間に集合し開催されている身内会議を数歩離れた場所から眺めている。25歳だという加州清光は刀剣男士の器よりも背が高く、大人っぽい色気がーー、あるものの名前に向かってキャンキャンしがみつく姿によって見事に打ち消されている。
そして、平行世界の同期は例の胡散臭い笑顔で接しているが時々それが剥がれたり、本気で呆れたり。どうやら、きちんと息継ぎは出来ているようだ。

「話し合いは終わった?」

捌宮の声に振り向いた名前と清光は、かつて審神者と刀剣男士で更に転生したこともあり、今更何が来ようと可笑しくない、そう不安もないようなけろりとした表情だった。しかし安室だけが説明を受けた今も現実を受け止められないでいる。平行世界、パラレルワールド。常に厳しい現実を生き抜く彼にはそう簡単に信じれるものではない。
「とても信じ難いのですが…、」
「うーん、そうだよね…あっそうだ」
袖口から端末を取り出し、通話履歴の一番上。正真正銘、自分の同期へと電話を掛けた。
不思議がる三人にも聞こえるようスピーカーに設定し、コール音を聞く。
『…悪いが今忙しい、後で折り返すから待ってろ』
「な…っ!」
電話の向こうから届いたのはもちろん降谷零の声。安室は驚きに声を上げ、目を大きく開いた。
『おい、聞いてるのか?』
「うんうん、もういいよ。折り返しも無くて大丈夫だから」
『は?おいっ、』
ぷつりと通話を切り、再び袖口へと仕舞う。恐らく数時間後には折り返しの電話が掛かってくることだろう。
「今のって、」
「こっちの世界のコイツ?」
「そうそう、私の同期なの。ま、それは置いておいて」

「帰る目処が立つまでこの本丸で過ごしてもらって構わないよ。ゲートに近付かず、揉め事は起こさないで貰えると嬉しいかなあ」





春の暖かな日差しのなか、捌宮は鶯丸の入れた渾身の一杯をそうっと口に含んだ。茶の風味が口いっぱいにひろがり、ほのかな苦味がまた美味しく感じる。
本丸はいつもより更に活気付いていて、大きな笑い声がどこからともなく聞こえてくる。
彼等がこの本丸の仲間達と打ち解けるのはそう時間が掛かることではなく、加州清光(25)は大和守安定を初めとする新選組メンバーと共に鍛錬所へ。
安室は清光に寄って行った堀川になにやら反応し、そして刀剣男士の加州清光に驚かされていたが、今は別室で我が本丸亜種四名と会話が弾んでいるようだ。御手杵や獅子王達が我先にと安室を連れていったのは少し驚いたが、とにかく揉め事が無ければそれでいい。

「…どうかした?名前ちゃん」
「いや、うちの鶴丸とのギャップに打ちのめされて…。ほんと、鶴丸には何度驚かされたか分かんない。せめてこの四分の一でも落ち着きがあれば!」
わっ、と両手で顔を覆った名前に捌宮はそっとその背を優しく撫でた。
「随分大袈裟だな、そんなに酷かったのかい?」
「聞いてくれます!?!?」
そうして語られたのは彼女の審神者時代にやられた悪戯から始まり、転生後の再会やその後のあれこれ。虫の模型の話は流石に息を飲んだ。基本的に厳しい国永と暮らしているため、ふとした時に落とし穴を掘る愉快な鶴丸国永が居たらと思う時もあったが、それは考え直すことにする。
それからも名前の口は止まらず、溜まりに溜まった鬱憤をこれほどかと吐き出していく。親戚のババアがああだ、女子高校生との恋バナがこうだ、一歩出歩けば事件に巻き込まれるだの、財布をよくスられるだの。ポテトサラダが美味かったという謎の自慢。最近では世界的規模の犯罪組織に目を付けられているという。
「…なにかに憑かれているようには見えんが、君のそれは相当だぜ。しっかり加州に守って貰うといい」
「その清光にも再会早々殺されかけたんですが」
「そりゃ驚きだ」

全を吐き出してスッキリしたのか、名前の笑顔は曇りなく、今日一番の晴れやかさだ。それを捌宮と国永で指摘すれば、名前本人もぐっと親指を立てる。


夜は客人をもてなす宴会が開かれたが、それはそれは酷いものだった。
恒例の筋肉自慢が行われ広間は肌色に染まったし、加州清光(25)は平安刀に散々可愛がられすっかり出来上がり、加州清光(刀剣男士)相手に成長した自分の魅力を語り尽くし、まるで兄弟のようなその光景は控えめに言って最高だった。安室も御手杵秘蔵のウイスキーをロックで何杯も飲まされ悪酔いし、何故か堀川にぐちぐちと文句を言う始末。なお、その頃名前は既に夢の中でかつての本丸の夢を見ていた。
「ぐぅ…鶴丸ゥ…」
「可哀想にねえ、夢でも彼に弄ばれているみたいだ。………悪戯のことだよ?」
「青江、レッドカード。はい退場。…誰か毛布おねがーい!」
男達の盛り上がりは冷めること無く、本日の主役達が揃って眠りこけてもその姿を肴に再び杯を煽っていく。
そして捌宮も降谷からの連絡を機にその喧騒から離れ、自室へと戻る。降谷はあの通話で一瞬聞こえたのか自分と良く似た安室の声についてしつこく聞いてきたが、貴方本人ですからとも言えず気の所為じゃないかと知らない振りで押し通した。






翌朝。帰る見通しが立ち、転送ゲートから三人を還すようにとの連絡を受けた為本丸中の刀剣男士と捌宮、客人達は転送ゲートの前に立っている。二日酔いのせいか、顔色が悪くぐったりしているのが数名いるが気付かないふりをした。

やわらかな風に乗ってふわりと舞う薄紅が、恐らく永遠に会うことはないだろう彼等との別れを美しく彩っていく。
「捌宮さん、本当にお世話になりました」
「やだ、気にしないでよ。…名前ちゃん、世界で一番の味方と再会できたんだからあんまり悲観しないようにね。きっと、何があっても守り抜いてくれる。それから、そこの公安もバシバシ使ってやって」

彼女が再び初期刀と巡り会えたのは、恐らくその人生に置ける最大の幸運だ。一番の味方、頼れる相棒の加州清光。そして、己の本丸の刀剣男士達と共に年を取り、共に歩んでいくその幸せに早く気付くことができればいいのだけど。全ての審神者と刀剣男士が願い、しかし決して叶えることの出来ない夢を、彼女は確かに実現しているのだから。例えこれまでの人生が辛いものであり、これから先どんな困難が降りかかろうと、"自分だけの神様"と共に生きる幸福に勝るものは無いだろう。
どうか、折れないでいて欲しい。

そうして3人への挨拶を済ませば、すっと国永が名前の前に出て、長い指で彼女の額をトンと突いた。
「んん?」
名前はきょとりと目を瞬かせて国永を見上げ、その行動の意味を問う。国永は蜂蜜を溶かしたような瞳をにんまりと細めて笑い、言葉を紡ぐ。
「俺は他の分霊とは少しばかり造りが違っていてな、これは俺から君へのちょっとした贈り物さ。…国の為に戦い尽くした君のその新しい人生が、これから少しでも良いものになるように…ってところだ。例え平行世界であろうとも、この鶴丸国永の加護が少しは君を守ってくれるだろう」
白の羽織を風に揺らし、金の鎖がしゃらりと控えめに音を鳴らした。
「づる"ま"る"ざん"んんん…」
既に離れ、捌宮の隣に戻った国永へ駆け寄ろうとする名前を必死加州が引き留める。
「ちょっと!名前!もう移転しちゃうって!もし置いてかれたらどうするのバカ!」
「だっでぇえええ」

そう取っ組み合いを始める二人の脇で、さっと緑が安室に近付き国永と同じように額を押した。御手杵だ。他の誰にも聞こえない様な小声で目を丸める安室へと囁く。
「俺は鶴丸とは違って普通の分霊、どころかもどきだからな、少しくらいは効果があるといいんだが」
チカチカとゲートは点滅を始め、移転の準備を始める。捌宮が御手杵を呼ぶが、彼はまるで聞こえない振りをして動かない。
移転開始までもう30秒を切っている。
「御手杵さん?捌宮さんが、」
「お前は良くやってるよ、本当に。たまにはちゃんと息抜きしてしっかり休め。それから、あんまライのこと責めないでやってくれ。じゃあ、じいさんになるまで死ぬんじゃないぞ、…ゼロ」
言い終わると同時に素早くそこから離れ、白く光る転送ゲートを見守る。褐色の腕が御手杵へと伸びるが、それを掴むことはしなかった。
「な、お前…!待てっ、スコッ…」




視界が白い光に塗りつぶされ、目を開ければもうそこには誰も居ない。平行世界の捌宮の同期も、25歳に成長している元刀剣男士も、きっと、おそらく、存在を知れば審神者の誰もが羨むだろう彼女も。
「還ったかぁ。………さて、おーてーぎーねーーー?」
「は、ははは。悪い!」
「いくら安室を気に入ったからってあんな土壇場で行かなくても良いでしょ!ハラハラなんてもんじゃなかったよ…。今日は物干し竿の刑」
「うへぇ、了解…」

妙な縁が出来たものだ。もしかしたら、またいつか会うことがあるかもしれない。そうしたら今度は私の話を飽きる程聞いてもらおう。それから二人で美味しいもの食べて買い物でも。

無意識に緩んだ頬を手で抑える。招いてもいないお客様との時間は案外楽しくて、あっという間だった。随分短い交流期間だったけれど、許されるならば彼女のことを友と、そう思ってもいいだろうか。