かわいいこ
久々に顔を合わせた1つ下の後輩は、学生時代は細身ながらもよく食べる子だった筈だが、今では病的にやつれていて、なんだかカワイソウだな、と思った。
灰原は死んで、七海は辞め、刑部は五条の1つ下の代で唯一残った呪術師となった。オマケに上層部にとって扱い易い、非術師家系出身の若い2級術師だ。特級の五条とは異なる忙しさだろう。
「なんか随分と痩せてんね、そんなに忙しい?」
「そりゃ忙しいですけど、五条さんほどじゃないですから、辛いなんて言ってられませんよ。」
「それに私、誰かとご飯食べるのを生き甲斐に働いてるんです。私が今日頑張れば明日一緒にご飯を食べられるかもしれないし、」
そう聞いて、高専の食堂で七海と競うように食べていたあの頃の刑部を思い出した。それを笑って眺める灰原も。もう二度と見られない光景だ。
「じゃあ今日は僕とご飯行こっか。」
「えっいいんですか、お寿司行きましょ!」
「……そんなに嬉しい?」
「いやぁ、五条さんはやっぱり忙しいだろうから誘い辛くて……、たまに元気な姿見ると嬉しくなりますね。ご飯連れてってくれるなら尚更です。」
などともごもご喋る刑部の周りの親しい人間を思い浮かべる。
たまに飲みに行くことはあるものの硝子は急患に備えて基本的に高専待機だし、伊地知は五条がパシるのもあって時間が取れないだろうし、歌姫なんかは単純に遠い。あとは仲の良い補助監督が何人かいたと思うが把握していないのでカウント外とする。
そうか、なら、自分が適任じゃないだろうか。
教師になって数年、面倒見の良さが開花した自負がある(自己診断)ので、手間をかけることは悪く思わなかった。それに、呪術界の改革という目的のためにも、味方は多い方がいい。
そんなこんなで、週に一度は刑部と食事を共にするようになった。
学生時代からの付き合いは気心が知れていて、学生時代のような食いっぷりに懐かしくなった。好き嫌いをしない刑部は、この頃既に甘党になっていた五条のチョイスにも嫌な顔一つしなかった。
そうして、夕食だったり昼食だったり、カフェのモーニングだったりした食事会は、七海が出戻りした頃に開かれなくなった。
面白くない。
そりゃあ同期の方がメシに誘いやすいだろうし、積もる話だってあるだろう。そもそも刑部の方から誘われたことなど数える程しかない。
面白くない。
もっと食べさせたい。
頻繁に連れ出すのはお互いの仕事の都合難しいから、刑部の家で食べようか。それともいっそ、作ってしまおうか。
閃いてすぐに行動に移した。
簡単なレシピを思いつくだけ検索して(一人暮らしを始めた際に一通り料理道具は揃えたもののまるで使っていない、という話は既に聞き出していた)、刑部の家の近くのスーパーで値段も気にせず具材と調味料をカゴに突っ込んで、両手いっぱいの買い物袋を抱えてマンションのエントランスに立って。
そこで初めて、五条は刑部に連絡をとった。
「早苗、作ってみたいメシがあるんだけど家行っていい?」
店じゃあ中々メニューになくてさ、じゃあいっそ作っちゃおうかって、もう具材も買っててさ、てか今おまえの家の前にいるんだけど。
などと並べ立てて逃げ道を塞いでいけば、
「ご飯食べさせてくれるならいいですよ、」
部屋すっごい散らかってますけど、気にしないでくださいね、と呆れ声の了承を得られた。
玄関までしか知らなかった家に入って、そこで初めて、食事どころではない刑部の荒れた生活を知った五条はたいそう驚いた。
出迎えた刑部は薄着にカーディガンを羽織っていて、それだけでは薄すぎる身体を隠せていなかった。化粧を乱暴に落としたであろう顔には硝子に負けない程のクマが居座っている。
部屋の方も、生ゴミこそ散乱していないものの、床にまで散らかったぼろぼろの仕事着、空っぽでコンセントの抜かれた冷蔵庫、洗面台の割れた鏡、コンビニのパッケージのまま洗面所に投げ出された新品のタオル、などなど酷い有り様で、食事らしきものはリビングに箱積みされたゼリー飲料しか見当たらず、シンクだけが新品のように綺麗でいっそ異質だった。
五条の頭にはさまざまな思考が駆け巡った。
大食いな七海と頻繁に食事している筈なのにこの鶏ガラみたいな身体はなんなんだ、とか、
(後に同期会の頻度は五条との食事会よりも少なかったことが判明した。)
こいつこれでよく今まで生きてたな、とか、
五条が週一でも食事に連れ出していなかったらいずれ死んでいたかもしれないな、とか、
それってつまり刑部の生殺与奪の一部分くらいは五条が握っていたんだろうか、とか、
それはもうほぼ刑部は五条のものと言っても過言ではないのだろうか、とか、
それって、結構、いいな、かわいいな、とか。
いつでも新鮮な筈の五条の脳がバグって、そうこうして、五条が面倒をみないと生きていけない早苗が出来上がった。
早苗は五条の甲斐甲斐しい世話のおかげで健康的に肉がついて、肌つやも良くなって、仕事の出来もよくなった。本人には知らせていないがもうすぐ準1級の査定の筈だ。スーパーの野菜についている「私が育てました」の顔写真のおじさんにでもなった気分である。
目下の問題は、早苗本人があの死にかけのゾンビ状態をまずいと認識しておらず、五条の世話を気まぐれなお節介としか思っていないことだ。
元来飽き性の五条にここまで奉仕させておいて、見返りがないのは気にくわない。つまり、早苗の気持ちが欲しい。
そこで、外堀を埋めることにした。
「ななみぃ、オマエ人のカノジョと気軽にメシ行くのやめてくんない?」
「は? ……は?」
かわいいこ
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