そんな日がくること望んでる

長期の地方出張を終えた翌日、報告諸々のため高専に顔を出した。ほとんどの術師と同じく私も卒業後そのまま高専所属になったから、やることは学生時代の延長だ。ちょっと面倒な任務が増えて、結構面倒な事務仕事も増えただけ。
硝子さんに会ってから、地方のお土産を夜蛾先生にも渡そうと思って学長室に入ると、そこには先客がいた。

軟らかな色の仕立ての良いスーツを着て、覗き込めば顔が映りそうなほど磨かれた革靴を履き、髪をきっちりと撫でつけた男性。実直さを絵に描いたようなその姿は、記憶に鮮やかに残る彼の人をすぐに思い出させた。勿論昔から女性らしい顔立ちではなかったけれど、学生時代はどちらかというとすらっとして美人の部類だった同期は、今ではがっしりとした大人の男になっていた。

「……お久しぶりです。」
「……ほんとに戻ってきたんだ、七海。」

先日出張先にふらりと現れた五条には聞いていたものの、なんだか信じられなくて考えないようにしていたのだった。

私の知らないどこかで幸せに生きていてほしかったのに、何故だか帰ってきてしまった。
私が骨を埋めるこの地獄に、帰ってきてくれた。

「労働もクソだと思い知ったので、せめて自分に向いていることをやろうと思いまして。」
「……七海は意外と不器用だもんね。」

「もっと向いていることがあるよ」なんて白々しく言ったあの日の私への意趣返しだろうか。あの教室のやり取りを七海も覚えていてくれたんだと思うと胸が熱くなる。

七海も丁度話し終えたところだったらしく、夜蛾先生にお土産を渡すという目的を終えた私と共に退室した。
「よければこれから食事でもいかがですか。」
と誘われて、よく硝子さんたちと女子会する個室の居酒屋に移動した。七海が店を選ぼうとしてくれてたけど、私の知らない彼のテリトリーに連れていかれるのがなんだか嫌だったから。

乾杯してからはまあ、他愛もない話をした。呪術界から出たことのない私には新鮮な話ばかりだった。
「証券マンやってたんでしょ? どうだった? 」
なんて質問には苦い顔をされたりして、高専時代を思い出す軽やかな会話のキャッチボールが私の口を滑らせた。

「彼女とかいるんでしょ? それとももう別れた?」

なんこつの唐揚げを摘まみながら気づく。
あっ、これは駄目なやつだった。いたと言われてもいると言われても私がつらくなるだけだ。
自分の取り皿に取ったよだれ鶏を見つめたまま、七海が答える。
「……何人かとはお付き合いしましたよ。どれも長続きしませんでしたが。」
「そう、」
「アナタはどうなんですか?」
苗字は刑部のままでしたよね、と続ける。
「……別に。出会いも無いし、そんな気になれなくて。」
山芋グラタン頼んでいい?と話をぶった切る。
どうぞ、ついでに飲み物も頼みますか。とメニューを寄越してくる。

出会いが無いのはうそ。家が必死にお見合い話をもってくる。
そんな気になれないのはほんとう。だってこの人がずっと心の中にいたから。

七海はきれいでまぶしい。
まっすぐな人だから、腐ったこの世界に耐えられなくて出ていった。
自分に嘘のつけない人だから、知人が、他人が、傷つくことに無関心ではいられずに戻ってきた。
あんな冗談めいた理由なんてなくても分かる、本当に呪術師らしくない人。


「ねえ、後悔した?」

店員さんを呼んで追加注文して、店員さんが個室の扉を閉めたのを確認してからメニューを置いて。気づいたらそう口にしていた。
出ていったこと。戻ってきたこと。
自分でもどれを指しているのか分からない。
なんでもいいから、あなたがすごく後悔する日がくることを望んでるの。
ぐちゃぐちゃで醜くて、私ってホントに最低。
綺麗な七海の側にいちゃいけない人間だ。

「……後悔とは少し違いますが、心残りはありました。」
「へぇ?」

「アナタが死ぬのを見たくなかった。それなのに、のうのうと暮らす私の知らないところでアナタが死ぬのも嫌だ。」

それを聞いて、私の心のうちのぐちゃぐちゃを見透かされたのかと思った。
なんだ、
私たち、同じだったんじゃない。

あの日言えなかった言葉が飛び出す。

「ねぇ、ここで私と一緒に死んでよ。」

七海はそれを聞いて顔をしかめた。
「……もう少し穏やかな言い方は出来ませんか。周りに聞こえたらヤバい人だと思われますよ。」
「……じゃあ、七海が教えてくれる?」
「……アナタを愛しています。」
「なら私も、きっとそう。」






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