マリッジブルー
休みの日に指輪を買いに出かけた。
それは、いつだったか、私が休みで、七海が仕事の日。
七海が帰ってくるのを待って夜ご飯を一緒に食べて。
食べ終わった頃に、昼間の疲れの残る顔で、でも真剣に、結婚しませんか、って言われて。
理解するのにちょっと時間がかかって、急だね、って笑って。
すみません、つい、本当はもっとちゃんとした形でしようと思っていたんです、ってばつの悪そうな顔をして。
その顔がかわいらしくて、嬉しくて、何度も頷いた。ちょっと涙ぐんだ。
そして、次の休みが重なった時に指輪を買いに行こうって約束をした。
七海はどんなものが好みかな。
呪術師らしく黒ずくめの私と違って、七海は仕事着までお洒落だから、きっとセンスのいいものを選ぶんだろうな。
そんなに時間もかけずに、シンプルな結婚指輪を選んだ。私は装飾品にお金をかけるのは得意じゃなかったし、どうせ仕事で傷だらけにしてしまうだろうから。おおよその呪術師のひと月ぶんの給料にも満たないような、何てこと無いもの。
七海だったら、ベタに給料3ヶ月ぶんのものを選ぶのだろうか。そういうお約束は意外ときっちりこなす人だから。上からの評価も高い1級呪術師の給料3ヶ月ぶんって、どれだけの値段になるんだろう。
指輪なんてつけたことなかったから、店員さんに測ってもらって初めて自分の指のサイズを知った。旦那様のサイズはご存知ですか、と問われて言葉に詰まる。
七海の指のサイズを、私は知らない。高専時代から、七海のサラリーマン時代を挟んで長い時間を彼と過ごしてきたけれど、きっと、まだ知らないことが沢山あった。でもその空白を埋める術はもう無い。
固まってしまった私に優しく微笑んだ店員のお姉さんが、後でサイズ交換やお直しも出来ますよ、とフォローしてくれたけど、答えが分からないんだから直しようもない。
結局レディースのものを1つだけ買った。結婚指輪ってペアでしか売ってくれないものと思っていたけれど、今時は奥さんの分だけ購入するカップルもままいるらしい。当日受け取りが出来るお店を選んだから、ケースに収めてもらった小さなそれを可愛らしいショッパーに入れて、帰路につく。
そして、気づけば冷えきった部屋に辿り着いていて、上着も脱がずにダイニングに直行する。椅子に座って、入れてもらったばかりのショッパーからケースを取り出す。開けて、中心にちょこんと収まった指輪を眺める。
結婚指輪として売られているからまあそれなりの値段はしたものの、改めて眺めてみてもちっとも魅力的に思えない。
本当なら、七海と一緒にお店に行って、時間をかけて、どんなものがいいかな、って話し合いながら選んで。きっと世界で一番素敵な指輪になっていたんだろう。
七海がプロポーズしてくれた場所で、ひとりで選んだつまらない指輪をひとりではめる。
結婚指輪って、お互いの永遠の愛を誓うものらしい。けれど、七海はもう一緒に指輪を選んでくれないし、私の左手を優しく取ってもくれない。
だから、私はひとりで勝手に誓う。
「健やかなる時も、病める時も、」
「ずっと、ずっと、死ぬまで、」
「貴方を愛しています。」
マリッジブルー
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