夜の国
寒さにふと目が覚めた。ゆるく身を起こせば、隣で寝ていた筈の恋人は居なくなっていて、ベランダに続く窓のカーテンが揺れていた。カーディガンを羽織って外に出ると、早苗が火のついた煙草を手に手すりに寄りかかっていた。七海に気づくと、ぎこちなく笑ってみせる。

「ごめんね、起こしちゃった?」
「……風邪をひきますよ。」
「これだけ吸ったら、寝るよ。」
「煙草、やめたんじゃなかったんですか。」
「なんだか、さみしくて。」
「……、」

先日、早苗の任務に同行した術師が亡くなったことは聴いている。彼女よりも若く、等級も低かった。

早苗はフィルターをそっと咥え、静かに吸ってゆっくりと息を吐いた。

「今度一緒にご飯行こうねって約束してたんだけど、駄目になっちゃった。」

感情の感じられない顔でそう呟く。
細い手から煙草を取り上げて、代わりに吸う。愛煙家だった頃の彼女は、見た目に似合わず随分と重いものを好んでいた。脳が軽く揺れる心地がする。

「……七海は、」
「…………、」
「……、煙草が似合うねぇ、」

思わずといった感じでこぼれ落ちた言葉を軌道修正して、へらりと笑う。
すっかり短くなった煙草を近くに置いてあった灰皿に押しつけ、ふたりしてぼんやりと外の景色を眺める。早苗は内に溜まったものを吐き出すように、ゆっくりと深呼吸をした。
彼女の方を向いて、冷えきった頬に手を添えると、冷たさに驚いた早苗がこちらを見上げた。
静かに口づける。舌を差し込むと、おずおずと絡められた。
苦い。
明らかに性的なことをしているのに、子どもをあやしているような、そんな気持ちになる。ぴちゃぴちゃと鳴る水音がいっそ場違いなくらいだった。
唇が離れて、ややあって、温まった舌が動き出した。

「……七海が戻ってきて、わたし、弱くなっちゃった、」
「……誰かがしんで、それが七海だったらどうしようって、怖くなる。七海じゃなくてよかったって、安心する。」

「……私も、そう思います。」
「私は、そう思ってもらえて、嬉しいですよ。」

この人の唯一であるということが。
この人を自分が変えたということが。

だらんと降ろされたままの小さな手に自分のものを重ねて、指を絡める。

「……七海、手、つめたいね。」
「アナタの方が冷たいですよ、早く寝ましょう。」
「……うん、」

ベッドに戻って、冷えた身体を抱え込む。
向かい合わせで抱き合っていたのが、収まりが悪いのかもぞもぞと動いて、最終的に、

「暖かいから、こっちがいい。」

と、七海に背を向けた形で落ち着いた。首の下に差し入れた腕を両手で抱えられる。
首に口づけて、軽く吸う。
小さく震えた彼女に、おやすみなさい、と囁いて目を閉じた。

朝はまだこない。



夜の国
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