かわいいひと
「ちょっと五条さん! ブラはネットに入れてって言ったじゃん!」
「洗ってもらっといてエラソーだなー、」
「これもう何度も言ってますけど、そもそも頼んでないが??」

今日も今日とて朝起きたら五条さんがうちのキッチンに立っていた。高専の先輩かつ現代最強の呪術師に、何故か休日を把握されていて、何故か勝手に家に入られていて、何故か衣食住の世話を焼かれている。
確か、初めの、ほんとに初めの頃はちゃんと断りを入れてから来ていたような気がする。いつの間にか我が物顔で寛ぐようになっていて、文句を言いつつも便利だからとほっといたらすっかり居つかれてしまった。
私は忙しいと生活が疎かになるタイプなので正直助かってはいる。なんでやってくれているのかは分からないが。

だいたいのことはやれば出来ると豪語していた通りに五条さんは家事もそつなくこなし、脱ぎ散らした衣服や買い貯めたお手軽食糧に溢れていた私の家はどんどん綺麗になっていった。
しかし、流石の最強でも女性ものの衣類については分からなかったらしい。洗濯ネットを使わずに洗濯物をぽいぽい放り込んで回した結果、買ったばかりのタオルにブラのホックを引っ掻けてぼろぼろにしてしまった前科があるので、しぶしぶながら下着をネットに入れるように教えた。五条さんを止めることなんてただの後輩の私には出来ない。よって被害を最小限に、私の精神的疲労のみにとどめることが精一杯だった。付き合ってもない男に下着を見せて洗い方まで教えるってほんと何?

「いーじゃん、早苗の彼氏なんだし。」
「それだよ!」
「ん?」
「五条さんいつ私の彼氏になったんです?」
「いつだったかな〜〜、」
「こないだ七海ご飯に誘ったら断られたんだけど!」
「まあ彼氏がいるのに他の男と二人でご飯は無いよね〜。」

七海に断られたのが先週。「五条さんに申し訳が立たないので。」と早口の片言で言われて初めて事態を把握した。あの時の七海は「めんどくさい」という顔を隠しもしなかった。そりゃあそこそこ仲のいい(と、私は思っている、)同期の女がこの性格最悪の先輩と付き合い始めたらさぞかしめんどくさかろう。恐らく五条さんにちょっかいを出されたのだと予想できた。せっかく人とご飯を食べるチャンスだったのに。

しかし。

確かに五条さんがうちに出入りするようになったのは最近のことだが、私たちの間には何も無いのだ。愛を囁き合うことも無いし、勿論肉体関係だって無い。少なくとも私が寝る時にはこの人は家に居ないので同じ布団に収まることも無い。

「まーいいじゃん、朝ごはん出来たよ。」
「……ありがとうございます、」

ご飯に罪は無いので大人しく食卓につく。バターロールに、オムレツと厚切りのベーコン、野菜多めのコンソメスープ。小さなヨーグルト。栄養バランスばっちりの健康的な朝食だ。私ひとりだったらせいぜい泥水のような味のインスタントコーヒーを胃に流し込むことくらいしか出来ない。

ほんと、なんでも出来る人。
その気になればこんなことしなくたって、どんな美女でも落とせるだろうに、なんで私になんか構ってんだろ。

「美味しい、」
「でしょー?」

向かいに座って自らもにこにことオムレツを咀嚼する五条さん。他人の食べる姿って食欲を誘うと思う。目隠しもサングラスもしていない目元は、彼のうつくしいひとみを遮るものがない。見つめられていたことに気づいた彼が、私の目をまっすぐ見据えてふわりと笑う。普段の意地悪そうな顔を見慣れていたから、そのギャップに、このところ考えていたことが口からぽろぽろと零れていた。

「ねえ五条さん、」
「ん?」
「私たち、付き合ってるの?」
「そうだよ?」
「……五条さん、私のこと好きなの?」
「好きじゃなかったらこーんなに尽くしてなくない? 最強で超多忙の五条さんだよ?」

確かに。
最強で超多忙の五条さんが、高専で後輩だっただけの万年二級術師の私の私生活を気にかけて、わざわざ自宅まで足を運んで料理やら洗濯やら掃除やら、いわゆる押し掛け女房みたいなことをしてるって、

それって、結構、私のこと、好きなんじゃない?

そう認識した途端に五条さんがとてもかわいいひとに思えてきた。我ながらチョロいと思う。
出番を終えたフォークをそっとお皿に置く。

「…………、じゃあ、ブラはちゃんとネットに入れて洗ってください。型崩れしちゃうから。」
「ダメになったら新しいの買ってあげるよ。」
「面白がってえっちなの買ってきそうだからやだ。」

聞こえないフリしてる。そういう子どもっぽいところは、学生の頃からまるで変わっていない。
ヨーグルトの容器を手に取ると、ドライフルーツが数粒乗っていた。


「そういえば早苗明日オフでしょ、お買い物デートしよ?」
「いいですよ。」
「えっ、」
「……ダメなの?」
「だ、ダメじゃない。」

そう言いながら腰を上げた五条さんは、食卓から身を乗り出して私の唇の端にちゅ、とかわいらしく口づけた。
すごすごと席に戻る姿に笑みがこぼれる。

「五条さん、ここに着替え置いてもいいですよ。」
「えっなんで急にデレてきたの、僕結構強引なことしてるよ?」
「強引なことしてる自覚あったんだ……、まあ、五条さんのかわいさに絆されたってことで。」

ごちそうさまでした、と手を合わせると五条さんの顔がいっそうほころんだ。「かわいい」は誉め言葉として受け取ってもらえたらしい。

「これからもご飯、一緒に食べてくれます?」
「勿論。いっぱい食べさせるからね。」



かわいいひと
products
top