一 つむぎ星にて

錆兎と義勇と出会ったのは初夏のある日。

早くに両親を亡くした●は、地主の親戚に引き取られ、半ば追い出されるような形で広大な畑のそばの小さな小屋で、その管理を任されていた。とても1人で管理できる大きさの畑ではなかったけれど、季節ごとに野菜や薬草が採れるし、大変ではあるが衣食住に困らない生活を送れている為、文句はなかった。

今日も採れた野菜や薬草を、頼まれていた家々に持って行き、銭を貰う。その銭は全て親戚に渡す事になっている。


「鱗滝さん。こんにちは」

戸の向こうから声が聞こえ鱗滝が戸を引くと、野菜などがどっさり入った籠を背負った●が1人立っていた。

「ああ、いつもすまないな」
「いえ…。あの、鱗滝さんお怪我されているんですか?傷の薬草が沢山必要だなんて…」

鱗滝は●が畑の管理を任されるようになってから何かと手伝ってくれたりする馴染みの1人だった。

「いや、それはワシが使うのではない。子供たちのためにな」
「そうでしたか。どうかお大事にしてください」

●は玄関先で、鱗滝と話しながら持って来た色々な種類の野菜と薬草を籠から出して渡していく。


「鱗滝さん!ただいま戻りました」
「うむ。早かったな」

すぐ背後の入り口から聞こえた声に驚いて振り向くと、髪が乱れ着物もぼろぼろになった珍しい毛色の少年と同じく黒髪の少年が立っていた。

2人の少年はじっと●を見た。

「あ、あのはじめまして、野菜を売っている●といいます」
「俺は錆兎。こっちは義勇だ」

錆兎と名乗る少年がよろしく、と少し口角を上げた。●は2人にぺこりとお辞儀した。

鱗滝さんは……孤児を引き取って育てているんだっけ。本当にいい人だ。
腰掛けて土のついた草履を脱ぐ2人を少し羨ましそうに見つめていると、顔をあげた錆兎とばっちり目が合った。
●はハッとして慌てはじめた。

「あっじゃじゃあ、お邪魔しました!」
「●も一緒に飯を食べないか」
「え………」

鱗滝からの突然の誘いに、●は固まった。

「鱗滝さんの飯は美味いぞ」
「うん……美味い」

錆兎と義勇は一足先に囲炉裏を囲んで座り、2人で●を手招きする。

「お邪魔します……」

●は遠慮がちにその輪に混ざると、鱗滝から温かい食事を手渡された。日の落ちかけた初夏に手のひらから伝わる熱。自分が育てた野菜が沢山入っている。

「いただきます」

3人が見守る中、●はそれを一口、口に含んだ。


「おいしい……!」
「だろう!」
「錆兎と義勇も冷めないうちに食べろ」
「ハイ!」
「いただきます!」


誰かと囲む囲炉裏と料理。自分ではない誰かの立てる小さな生活音と、今日の出来事を話し合う時間……
こんな風に誰かと食事をしたのはいつぶりだろう。両親が亡くなってから、あの小屋でずっと1人だったから……。またこんな風に誰かと食事出来るなんて思っても見なかった。笑い声が絶えないこの空間に自分も入れたこと、自分ではない誰かが作ってくれた温かいごはん。それが今自分の手の中にあること。

●の目から、ぽろりぽろりと涙が出てきた。それを見た3人ともが驚いて、箸を止める。

「どうした?」
「ごめんなさい…、誰かとの食事が久しぶりで懐かしくて嬉しくて…色々思ってたらいつの間にか涙が」

●は急いで着物の裾で涙を拭い、何事もなかったかのように微笑んで見せた。

「びっくりした……嬉し泣きか」
「嬉しい涙は好きなだけ流せばいい。嬉しいんだから」

ハハハ、と笑う2人につられて●も笑った。

「俺もはじめて鱗滝さんの飯を食べた時は美味くて嬉しくて泣いたな」
「うん……たぶん俺もだ」
「義勇は俺より泣いてたぞ」
「うっ……」
「ハハハ」

●は兄弟のように仲良しな2人を見て笑い、心もお腹もいっぱいになった。

「じゃあ、また薬草が出来たら持ってきます。ご馳走さまでした」

●は鱗滝に頭を下げて、小屋を後にした。
もうすぐ完全に日が落ちてしまう。●は足速に帰路につく。
その間も先程のことを思い出すと自然と顔に笑みが溢れた。

楽しかったなぁ
美味しかったなぁ〜


「●」

名前を呼ばれてハッと振り返ると、そこには錆兎と義勇が居た。●は急いで緩んでいる口元を隠した。

「送るぞ」
「え、でも……もう暗くなるよ」
「だから送るんだろう。行くぞ」
「あ、ありがとう」

錆兎と義勇と共に、森を抜けて畑に出た。広い畑を横切ると見える小屋が●の住処。

2人の背格好は髪色を除けばまるで同じだ。喋り方は義勇さんの方がすこし優しい感じかな。錆兎さんはハキハキとして気持ちが良い。見習いたい。

少し前をいく2人を見ながらそんな事を思っていると、突然義勇が●の方を振り返った。

「…大丈夫?」
「あ…はい、大丈夫です」

「………」

●は2人の腰にある本物らしき刀に目をやった。

「……お二人は剣士になるのですか?」

「そうだ。鬼殺隊になる」
「鬼殺隊…?」
「鬼を斬る剣士だ。世の為、大切な人の為に」
「うん。いつか鱗滝さんのように強くなりたいな」

凄い。もうそんな先の事を……

私は、どうなるんだろう。
婆になるまでこの大きな畑の世話を続けて…いつか骨を埋めるのかな。

●は想像して、はぁとため息をついた。

「ずっと1人なのかな」
「ん?」

ぼそっと呟いた独り言に義勇が反応し、再び振り向いた。

「あっ、ごめんなさい。独り言で」



家に着く頃、辺りは目を凝らさないと見えないほど暗くなってきた。

2人が私に合わせて歩いてくれたせいだ。

「ありがとうございました。錆兎さん、義勇さん。こんなに暗くなってしまってごめんなさい」

●は小屋の前でぺこりとお辞儀をした。


「●、またいつでも鱗滝さんちに遊びに来いよ」
「え?」

●は驚いた顔で2人を見た。

「うん、待ってる」
「食事は大勢の方がいいだろ」
「でも」

修行も大変そうだし疲れているのに
迷惑じゃないだろうか…

「思い出して笑むほど楽しかったのは●だけじゃないってことだ」

そう言って少し照れる錆兎を見て、隣にいる義勇は微笑んだ。

あっ…さっき1人で笑ってたの2人に見られてたの!?

恥ずかしさのあまり●の顔がボッと熱くなった。

「それと、錆兎でいい」
「え…」
「俺も義勇でいいよ」
「え…っと……」
「さあ早く家に入れ、鬼が出るぞ」

少し照れたままの錆兎にそう促され、●は小屋の戸を開けた。

「ありがとう。錆兎…義勇……」
「じゃあ、またな」

2人は●が家の中に入るのを見届けて、鱗滝の小屋へ帰って行った。
●は1人で寂しい小屋に帰って来たけれど、心は全然寂しくない。楽しい食事でお腹はいっぱい、それに友達が一気に2人も出来たのだから。




その日から、野菜や薬草を届けに行く日は殆ど鱗滝の小屋で一食ご馳走になり、錆兎と義勇に送ってもらう…という新しい習慣が生まれた。

会うのは2週間に一度程ではあるが、その時間のお陰で1人でも以前より頑張れるし、もっと沢山美味しい野菜や薬草を育てて2人を支えようと思えた。


初めて会った日から行く月かが経ち、薬草と共にいらぬ雑草もどんどん成長する夏が来た。
●は朝から晩まで、ずっと畑仕事をしていた。そうでもしないとこの広い畑を管理するのは難しい。

「暑い……」

吹き出す汗に耐えきれなくなり、●は近くの川で汗を流す事にした。流れは早いが、水嵩は腰くらいで浅く狭い川だからいつもこの川で野菜を洗ったり、身体を流したりする。


●は早速着物を太腿までめくり上げ、足先からちゃぷんと川に入る。

「つ、めた〜〜っ。気持ちい〜〜」

足先からキーンと冷えてきて、徐々に汗も収まっていく。
●は周りをキョロキョロ見渡して人がいないのを確認すると、帯と着物を脱いで肌着1枚になり、そのままザブンと川の中に入った。

「きもち〜い」

ちょっとだらしないけど、汗でベタベタの肌着も身体も一緒に川で洗い流せて一石二鳥だ。
●は目を閉じて頭の先までゆっくりと水の中に沈んでいく。
水の中はとても静かで心地いい。水流が余分な物全て流し落としてくれるようだ。


しばらく泳いで汗も引いたし、そろそろ出ようかと大きな岩に座って休憩していると、山の方から草を掻き分けるガサガサという音がした。●が急いで振り向くと、
そこには久しぶりに見る、錆兎の姿があった。

「………●…?」
「さ、錆兎……」

とんでもないところを見られた恥ずかしさに●の顔は真っ赤に染まる。
錆兎は●の濡れた肌着のみの格好に思わず目を逸らした。肌着は非常に薄く、濡れると肌にピタリと張り付いて透ける。身体の線から色、膨らみまでほぼ隠しきれていないのだ。
●は焦り急いで岩から降りようとするが、ズルっと川に滑り落ちた。水が集まる流れが1番強いところに落ちてしまい、●は川の中へ引き込まれてしまった。

足はつく筈なのに、急流のせいで水面から顔を出せず、そのまま流されていく。息が苦しくなってきたそのとき、●は上からぐいっと手を引っ張られ、そのままふわりと抱き抱えられた。青白い顔の●は口の中の水を吐き出し、ハァハァと呼吸を整える。

「あ、ありがとう…ございま」
「大丈夫か?」
「はい……すみません」

●は、濡れて透けた肌着1枚で錆兎に抱き抱えられていた。力強い腕が背中を支えてくれている。お互いの腹がくっつく場所から錆兎の着物がじんわり濡れていく。錆兎は心配そうに●の顔を覗く。自分の格好と、それを至近距離で錆兎に見られている恥ずかしさに耐えきれなくなった●の顔は再び真っ赤に染まる。


「きゃああっ」


バッチーン


●は錆兎の頬を思いっきり引っ叩いた。




***
2021.10.28大幅編集
2019.12.18



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