それから何日も伊之助と●は一つ屋根の下で過ごした。その間、伊之助が●に手を出す事は一度も無かった。伊之助の怪我はかなり良くなり、包帯ももう必要ない。
●は久しぶりに街へ出て、薬を売りに行く事にした。

「よいしょ、じゃあ行ってくるね」

●は大きく重たい薬箱を背負い、草履を履いた。

「俺も行くぜ!」
「えっ?」

伊之助も●の隣で草履を履き、刀を2本腰に挿してから猪のマスクを被った。

「たまには軽く運動もいいかもね!じゃあ一緒に行こう」

伊之助は●の前をずんずん歩いている、と思ったら突然●の方を振り返った。

「かせ」
「えっ、えぇ?」

伊之助は●の背負っていた重い薬箱を取り上げると自ら背負い、走り出した。

「ワハハハハ!軽い軽い!」
「ちょっと伊之助!かえしてよ早いよ!」

●は急いで伊之助を追いかける。
数日前まで床に伏せて居たとは思えない体力だ。
●の制止も聞かず、伊之助はイノシシの如く山を下って行った。




街の外れまで来て、先に着いていた伊之助にやっと追いついた。●は膝に手をつき、肩で息をする。

「大丈夫か?」
「はあ…はあ……はやい……イノシシ」
「伊之助だ!」

「はあ…はあ…薬箱ありがとう……」
「オウ。じゃ、お前の用が終わるまで探検してくるぜ!」
「うん……いってらっしゃい」

●は走り出す伊之助を見送ってから、いつもの場所に店を開いた。

「久しぶりだね、●ちゃん。しばらくどうしてたの?」
「喉が痛むんだけど、薬あるかな」
「●さんの薬は本当によく効くわ。この前と同じのをいただけるかしら」

顔見知りの街の人が次々と薬を買いに来る。作り溜めていた薬はあっという間に売れて、明るいうちに家に帰ることが出来そうだ。

「伊之助はどこかな」

●は軽くなった薬箱を背負って街中をぐるりと歩いて探してみる。けれど伊之助の姿は見つけられない。久方ぶりに歩き回った●の足には草履が擦れて傷が出来ていた。

もう日が暮れてしまう。


「どうしよう……」

●が脚の傷を庇いながら街外れまで来ると、木の幹にもたれて座っている伊之助の姿が見えた。

「伊之助!ここにいたの」

●はそう言って安心したように微笑んだ。●が駆け寄っても、伊之助は微動だにしない。イノシシの顔をした彼は起きているのか眠っているのかすら分からない。

●はまだ傷が痛むのかなと治りかけた傷口をツーッとなぞった。

「オワ!!何しやがる」
「ごめん、痛かった?」
「痛くねぇよ!こしょぐったいんだよ!」
「いま……寝てたの?」
「寝てねーよ。考え事だよ考え事!!」
「なら帰ろ。暗くなっちゃう」

伊之助はゆらりと立ち上がったかと思えば、●の前に背中を向け、しゃがみ込んだ。

「乗れ。おぶってやる!」
「えぇ?」

草履の傷を知ってか知らずか、有無を言わさず「早く乗れ!!」と大声で叫ぶ伊之助に周りの目が気になって、●は恐る恐る伊之助の背中に身を任せた。身体が地面からふわりと浮いた。

「ひっ」
「軽い軽い!猪突猛進!!」

落ちないように●の両足を腕でガッチリ固定して、伊之助は山を駆け登る。●はあまりの早さに恐怖して涙目になりながら伊之助の首を力一杯抱きしめる。

「伊之助!怖い!それに傷口が開いちゃうよ」
「ワハハハハ!」

伊之助の笑い声が夕暮れの山に響き渡った。


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次は不完全燃焼じゃない『#』です。
2019.12.28

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