花蔓が答えるは

襖の隙間から覗く朝日が眩しくて、●はごそごそと目を覚ました。義勇と●は、一夜を共に過ごし、お互い裸のまま布団の中で朝を迎えた。


「義勇……朝です」

義勇は遠方での鬼狩りの為、朝から任地へ向かうと言っていたのに起きる気配はない。●が隣で眠る義勇を起こす為、むにっと頬を摘むと、目蓋がピクリと反応し、ゆっくりと目が開いた。

「義勇…?」
「…………」

義勇はぼんやり●を見ると、そのまま●を引き寄せて抱きしめ、再び目蓋を閉じた。

「今日は朝から移動するって…」
「……もう少し……」

●の胸の中に顔を埋めて規則正しい呼吸をする義勇の吐息が、胸に当たってくすぐったい。●はもぞもぞと義勇の腕から抜け出し、布団から出て、着物を手に取る。射し込む朝日に照らされる●の背中は傷一つなく絹のように綺麗で、義勇は布団の中からその背を一直線に見ていた。

●は、藤の花の家紋の家の娘で、
頻繁に家に訪れるようになった義勇とは流れるように身体の関係となった。普段から無口で
、喋るのも好きじゃないと言う義勇は、愛を囁く事は無かったけれど、●は自分たちは恋仲なのだと思っていた。義勇の●を抱く手は、いつもとても優しかったから。


義勇は名残惜しそうに布団から起き上がり、隊服を着込むと、最後に羽織を羽織った。

「もう終わりだな」
「…えっ?」
「毎回同じでは、●も飽きただろう」
「飽き…?え?」

『終わり』『飽きた』と言われて、●の心臓は大きく脈打った。何も返す言葉が出て来ず、ただ義勇を見つめる。

そんな●を一瞥し、義勇は腰に刀を差して静かに部屋を出て行った。義勇の足音が遠ざかる部屋で、●は1人茫然と立ち尽くしていた。


私達の関係が、終わった……の?
しかも、こんな一方的に…、簡単に。私は毎回同じ愛しい人と一夜を過ごす事に、飽きるなんて思った事はないのに。義勇にとっての私は、毎回同じなつまらない女であって、恋仲だと思っていたのは私だけ、だったの………?
●の瞳からは、はらはらと涙が溢れ出た。


●が、共に家で働く同僚にそのことを相談すると、聞き耳を立てられていたのか、その事は数日で屋敷中に広まった。

「別れたらしい」
「振られたとな」
「水柱様とこの家の女では釣り合わないわよ」

日中●が仕事をこなしていると、コソコソとそんな声が聞こえる。義勇と別れて悲しい気持ちの時に、屋敷中から追い討ちをかけられている気分になり、早々に仕事を済ませると、●は自室に篭ってしまった。

一人で畳まれた布団の上に座っていると、義勇の事ばかり思い出して涙が溢れてくる。

もう、会えないのかな……。
本当にもう終わりなのかな……。

●が暗い考えを巡らせていると、自室の前の廊下で誰かの足音が止まった。

「●。いるかァ?」
「はっ、はい」

思ってもみなかった人物の声に驚き、●は急いで涙を拭った。

「入るぞ」
「はい…」

●が返事をすると、襖を開けて現れたのは、風柱の不死川実弥。実弥は風柱になる前から、たまにこの家に泊まりに来ていて、●とはよく話す仲だ。

「実弥さん……ご無事で」

実弥は、瞳を潤ませたまま頭を下げる●の前に座り、その顔を覗き込んだ。

「屋敷の奴らが話していること、本当らしいなァ」
「あ……すみません、疲れているのに…お騒がせして…」

実弥は●の瞳から流れ出そうになる涙を指の腹で優しく拭った。

「だから俺は富岡なんてやめとけって言っただろォが」
「………実弥さん……」
「悪いが俺は元から富岡が嫌いだ」
「……えっ…」

実弥は●を優しく抱き締めた。●は突然の事に驚き、反射的に身体を硬らせた。

「さ、実弥さん……?」
「俺は…●が富岡を好きなら。笑っていられるならそれでいいと……。それなのにお前ェは泣いてんじゃねェかァ」
「私が…至らなかったのです。それに元々、富岡さんと私は恋仲などでは…」

全て自惚れていた私の勝手な思い込みだった。屋敷の皆んなが言うように、私とでは釣り合わない…。

実弥は身体を離し、●の涙で潤んだ瞳を見つめた。

「なんだそりゃァ…アイツはお前をなんとも思ってなかったって事かァァ?」
「…………」

コクリ、と頷く●を見て、実弥の額には青筋が浮かぶ。

「許せねェ」
「いえ、義勇は悪くないのです。全て私の勝手な思い込みで…。今思えば、好きだと言われた事も…1度も無かった」

●は瞳を潤ませたまま力なく微笑んだ。言葉で言われなくても、それでも…●は義勇が好きだった。そして義勇も同じだと、思っていた。思いたかった。

実弥は義勇への怒りが込み上げるも、●の肩に手を乗せ真剣な表情で向き合った。

「俺は富岡がお前を遊びのように抱いていたなら…絶対に許せねェ」
「実弥さん……」
「俺はずっと前から、●の事が好きだった」

●は実弥の言葉に驚きながらも、一度も義勇にそんな言葉を言われたことが無くて、本当にただの夜を過ごす女だったんだと思い知らされた。
●にとって一番欲しい言葉をくれたのは、義勇ではなく実弥だった。


「●、出掛けるぞォ」
「え?」

実弥は●の手を引き、外へ連れ出した。手を引かれるまま町外れまで来ると、辺り一面綺麗な菜の花が黄色の花を咲かせていた。

「わぁ……」

●が泣き止んだばかりの瞳で一面真っ黄色なその光景に見惚れていると、実弥が口を開いた。

「●の屋敷へ来る途中に見つけてなァ。見事だろォ」
「実弥さんは花が好きなんですか?」
「●に見せたかったんだよ」

実弥は照れ臭そうに、●の頭を撫でた。

「嬉しいです」

●の涙はすっかり止まって、笑顔が戻っていた。その笑顔を見て、実弥も満足そうに笑った。

「…●は、ずっとそうやって笑ってりゃいいんだよォ」
「ふふ、実弥さん、顔真っ赤です」
「うるせぇ」

実弥は赤い顔のまま、●の頭をぽんぽんと撫でた。




その日から実弥は、毎日のように●の家に訪れるようになった。昼間は睡眠時間を削って●と過ごし、夜は任地へと向かう。2週間ほどそんな生活が続いていたが、実弥は少しも疲れを見せない。●と共にいる時間は楽しくて、朝方疲れて帰って来ても●が笑って出迎えてくれれば、不思議と疲れは消え失せた。

遠方の任務で2〜3日中に戻ると言っていた義勇は2週間経っても一向に屋敷に現れなかった。カラス伝いの訃報も届かない事から、きっと生きている。ただ義勇にとって訪れる理由が無くなっただけだ、と●は諦めたように目を閉じた。

いつまでも、引きずっていられない。
私を真剣に想ってくれている人に、私も真剣に向き合いたい。

●は、縁側から屋敷の庭で素振りをする実弥に声をかけた。

「実弥さん。少しお話が…」

実弥は素振りをやめ、●のいる縁側に腰掛けた。

「なんだァ」
「実弥さん……私は…まだ少し忘れられない思いがあります…それでも」
「…………」
「それでも、私は実弥さんを好きに…なってもいいですか?」

それを聞いた実弥は、●の後頭部に手を回して引き寄せ、口付けた。柔らかい唇が触れる。実弥の長い前髪が鼻をくすぐる。

「ん…」

突然の口付けに体制を崩しかけたが、実弥は軽々とそれを支えた。
唇が離れ立ち上がると、実弥は●の肩と脚を優しく抱き抱えた。驚いた●の腕は実弥の首元に自然と巻きついた。
実弥はそのまま布団の敷かれる自室へ入っていく。


「実弥さん。少し休まないとダメです」
「寝てる時間なんて無ェ」
「今のままの生活では…いつか倒れてしまいます」
「………」

実弥は部屋へ入ると、●を布団の上に座らせ、黙って部屋の襖を全て閉めた。光が遮られた部屋は途端に薄暗くなる。実弥は●を抱きしめた。一回り大きな実弥に抱きしめられて、体温がじんわり伝わって来る。

「●…お前が好きだ」

実弥は●の顎を軽く持ち上げ、そのまま口付けた。まだ忘れられない思いがあるけど、忙しくても、いつも優しく寄り添ってくれた実弥にすっかり心惹かれていた●は、嫌がる事もなく実弥の口付けを受け入れた。

「少し休まないと…」
「そんなもんは後だ」

触れるだけの口付けは段々と深くなっていき、●の口から次第に妖艶な声が漏れる。その声に耐え切れなくなった実弥は●を布団に押し倒し、さらに激しく奥まで口付ける。舌を絡ませ、吸い上げると同時に、首元の肌を味わうように撫で、●の着物を下げ取っていく。


光の遮られた部屋の中で、汗ばんだ身体が重なり合い、2人の熱い吐息が漏れる。実弥は無我夢中で●を求めた。ずっと思いを寄せていた女が、今目の前で自分だけを情欲的な表情で見つめている。

「実弥…さんっ…」
「実弥、だ。……●……」
「あっ…」


しばらくして、情事を終えた2人が、一つの布団に横になった。

実弥が隣に横たわる●の髪を指でくるくると巻いて遊んでいると、●は眠くなってきたのか、うつろな瞳で実弥を見た。実弥はそんな●の額に優しく口付ける。

「●、俺はお前と恋仲だって思って良いのかァ?」
「………はい」

●が照れながら返事をすると、実弥は鍛えられた胸の中に●を抱きしめた。

「俺はお前を離さなねェぞ…」
「…実弥に、飽きられないように私頑張ります」
「飽きるかよォ。●は●のままで、頑張る必要なんてねェ」
「実弥……ありがとう」

●の欲しかった言葉を全て口にして与えてくれる実弥。●は身も心も満たされた気分になった。

暖かい実弥の胸に抱かれて、眠かった●の意識がぼんやりとしてきた頃、突然部屋の襖をトントンと叩く音がした。

「…………」

声かけはない。

ハッとした●の意識は一瞬で覚め、咄嗟に頭まで布団の中に潜り込んだ。

「なんだァ?誰だ?」
「………」

●は真っ暗な布団の中で、嫌な音で響く自分の心臓に手を当てた。

義勇だ……。家の者なら廊下から声をかけてくれる。義勇はいつも部屋の襖を叩くだけだから……。

「●、どうしたァ?」
「…………」

実弥は布団の中の●を覗いた。

「●…?」
「●。……いないのか?」
「……冨岡…かァ?」

廊下から聞こえる義勇の声に、実弥は苛立ったように起き上がり、隊服のズボンを履いてベルトを閉めた。そのまま襖の方に歩いて行く。

「実弥……開けないで」
「隠す理由なんて無ェ。…それとも、冨岡に知られたくねェのかァ?」
「あっ……ま、待ってっ…」

●は布団を胸に抱え震えながら懇願するが、実弥は構わず襖を乱暴に開けた。

「待っ……」

「よォォ…冨岡ァ」
「……不死川…?此処で何を」

義勇は上半身に何も着ていない実弥と、こちらに背を向けて布団で胸元を隠す●を見て、瞬時に状況を理解した。あの日自分が見惚れていた●の綺麗な背中が露わになって、自分では無い不死川に見せている事実に、義勇の中でふつふつと怒りが湧きあがる。

「…これはどう言う事だ」
「なんだァ……何か文句があるのかよォ」
「●」

義勇は怒気を含んだ目で布団で顔まで隠し震える●の背中を見た。

「●を責める気かァ。てめェと●は終わったんだろォ」
「なんの事だ」
「あァ?とぼけるんじゃねェ」

●が泣きそうな瞳で対峙する2人を振り向くと、こちらを見ていた義勇と目が合って、一筋涙が溢れでた。

「●……なぜだ」

義勇は一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに無表情に戻った。

「義勇さんは…あの日もうお終いだ、と…私に飽きたと…」
「言ってない」
「てめェ…」
「俺のやり方に飽きたと言った。●には飽きていないし…終わらせてもいない」
「えっ……?」

●は、義勇との関係が一方的に終わったと思っていたが、義勇には別れるつもりは無く、いつも同じ体位ばかりに持っていく自分に飽きた、と言う意味の言葉だった。

「不死川。俺と●は、恋仲だ」
「義勇……」

初めて言われた義勇の言葉は、素直にとても嬉しいものだった。昔の●なら飛び跳ねて喜ぶだろう。だけど、今は●の中でどうにも出来ない感情の渦が大きくぐるぐると巡るだけ。

「勝手な事言ってんじゃねェ冨岡ァ。俺はもう2度とお前に●を渡すつもりはねェ。お前が終わらせた後こいつがどれだけ泣いてたと思ってやがんだァ」
「終わらせてない。……だが、●に勘違いをさせた事は俺が悪かった。だから、不死川との過ちには目を瞑る」
「過ちだとォ…?てめェェ…ナメてやがるなァア」

不死川は青筋を浮かべて今にも義勇に掴みかかりそうな勢いだ。

「……●が、決めればいい。俺か不死川か」
「えっ…そんな……」
「俺は冨岡だけには●を譲る気はねェからなァ」
「譲る譲らないも、元より●は俺と恋仲だ」



●は交差する自分の感情の中で揺れていた。
義勇の事は今でも……。嫌いになどなれなかった。けれど、心の隙間を埋めてくれて、寄り添ってくれて、自分を好きだと言ってくれた実弥の事も、同じくらい好きになっていた。どちらか1人なんて到底選べるものでは無い。

「選べないよ……私は……」

●の瞳からはぽろぽろ涙が溢れてきた。

「●が選ばなければ…この話に決着はつかない」

義勇と不死川はお互いに●を譲る気は無いし、ましてや共有する気もない。

「…それなら……」


私のせいで2人が争うのは嫌だ。
穏便にことを済ませるには、こうするしか無い。

●は肩を震わせ、声を絞り出した。

「…2人と……別れる」
「…………」
「…………」

どうしても選べない●の口から出た言葉に、実弥は●に歩み寄った。

「悪りィが納得出来ねェ。●」

「…ごめん、なさい……どちらか選ぶなんて…私には…」







***
さ月様のリクエスト。
さ月様リクエストありがとうございました♪
お相手が『義勇と実弥』両名でしたので2人落ち(??)な感じにしたつもり……です。なんだか予想外に修羅場ってしまいました。すみません。
リクエストなので性的描写は匂わせ程度で軽くしましたが、さ月様が18歳以上で尚且つ書いてもいいよとGOサインを出して下されば、もっと濃厚にしようと思います。そして、さ月様がこの小説を読んで下さった上で、どちら落ちか選んで頂ければ、「続き」として落ちに持っていきます。(もちろんこれらは強制でなく、このままで良いと言ってくだされば、いじくらず続かず『完』とさせて頂きます)

読んで下さりありがとうございました♪

2020.04.08

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