「はぁ!?部屋を再現する!?」
この日のS.H.I.E.L.D本部はいつも以上に喧騒に溢れていた。
そこに響いたのは女性の大きな声。
5.1フィートしかない私は、上司の顔を見上げて声を張った。
「本気で言ってるんですか?そんな、彼を刺激するようなことを?」
「目が覚めて、すぐ世界が変わったなんて気づいたらどうなると思う?混乱させたくない。」
眼帯をつけた男が低くそう言った。
英雄、キャプテン・アメリカを氷漬けから解放することに成功した我々S.H.I.E.L.Dの長官は、彼が住んでいたというアパートの一室を再現しようというのだ。
そしてあろうことに、彼の想い人ペギー・カーターに同僚であるナターシャが成り済ますという。
「彼は根っからのメッツファンです!頭も切れる。野球中継のラジオなんてすぐにバレるし、彼女に扮するって言ったって……」
「ナターシャの変装の腕は知っているだろう?」
同僚の変装はその筋で右に出るものはいない。
そんなことわかってる。
が、そういう問題じゃない。
「……私は、止めましたからね。何が起きても知りません。」
わかっている。
これが、彼にとっても私たちにとっても必要な任務であることくらい。
でも、それでも。
彼にとってあの部屋の出来事は大事な記憶だ。
同僚が返送する人物は忘れがたい筈だ。
『他人』の我々が易々と踏み入れていいことには、ならない。
「ああ、ハル。」
仕事に戻ろうと目の前の上司に背を向けると、思い出したかのように声をかけられた。
「彼の世話役はお前に任せるからな。」
「はぁ!?」
本日2度目の大声が出た。
***
突然部屋を飛び出した彼の姿に体が大きく跳ねた。
物凄いスピードで、一目散に自分の横を駆け抜けていった彼をたただ呆然と見てしまった。
そしてふと、我に返った時。
「ハル!追ってくれ!!!!」
背後から聞こえた声に思わず舌打ちを打ちそうになった。
だから、言ったんだ。
そう思いながら、走り出す。
追いつくとは思っていないが、彼が見知らぬ街を永遠走り続けるとも思ってなかった。
外はタイムズスクエア。
ニューヨークのど真ん中だ。
そもそも全速力で走れるほど人がいないなんてこと、あの街ではよっぽどのことがない限りありえない光景だ。
外に出て周りをきょろきょろすると、同じようにきょろきょろしている大きな体が。
「あの、」
声を掛けるとびくっと肩を揺らした。
「あ……えっと、」
自分の容姿は完全に東洋人だ。
今は違うとはいえ、70年前は戦う相手だった日本人に声をかけられたらそりゃあ驚きも、警戒もする。
「この街のことも、時代のこともきちんとお話します。もちろん私のことも…あなたのことも。だから、一旦戻って来てはくれませんか、Mr.Rogers」
できるだけ、落ち着いた雑踏でも浮かない声ではっきりと言った。
「……ああ、わかった。」
警戒は、まだ解いてくれない。
わかっていた。
わかっていたが、堪える。
あの、キャプテン・アメリカに拒絶されるのはきつい。
私だって彼が目覚めることを楽しみにしていたのだ。
だが、ここで挫けていては、この仕事はやってられない。
とりあえず頷いてもらえただけでよしとしよう。
***
先ほどの部屋に戻るとナターシャは変装をといていたし、ニックはニヤニヤしてこちらを見ている。
「きちんと連れて帰ってこれたな。」
「彼は犬じゃありませんし、私は忠告したはずです!」
まあ、こんなことを言ったところで彼のこの突拍子もない命令はこれからも止まることを知らない。
「さて、君には話さなければならないことが山程あるな。」
ニックが彼の方に視線を向けた。
「あなたは眠っていたんだ、キャプテン。ほぼ、70年もの間。」
そこからニックはこの70年の出来事をゆっくり話し始めた。
彼に起きた出来事。
この世界のこと。
我々S.H.I.E.L.Dのこと。
そして、彼の想い人のこと。
「今日からしばらく、あなたの身の回りのことの手伝いをしてくれる、ハル・マーシャルだ。彼女は母親が日本人でな。」
彼は未だ訝し気な顔で此方を見ている。
「……よろしく、お願いします。」
「ああ、よろしく。」
おずおずと頭を下げると、硬い声が返ってきた。
前途多難だ。
70年間眠り続けていた、普通なら90を過ぎている若者の、英雄の世話役。
英雄は心を開いてくれそうにはない。
溜息を吐きたくなる。
これが、私と彼の出会いだった。