血が滲む。


鉄の味が口内に広がり思わず眉を寄せた。


幸せそうに目の前の化け物は笑う。


“愛している”と言う化け物に俺はこのような異形の者でもそんな心があるのかと鼻で笑った。


何もかも壊された。


この美しく、愛に狂った吸血鬼によって。


私の幸せ、私の家族、私の希望。


こんなにも私は奴へ憎悪を抱いているにも関わらず、奴は滑稽にも私に愛を囁く。


奴は私のお陰で色を取り戻せたと言った。


様々な感情を知ることが出来たと言った。


赤い舌と鋭く尖った牙が見え隠れする。


それが堪らなく恐ろしくて憎らしかった。


奴は絶対的な捕食者で私は捕食されるのを待つことしか出来ない被食者だ。


欲望のままに貪られ、牙を突きつけられる。


あんなにも綺麗だった世界が色を無くしていく。


こんな筈ではなかったのに。


ズボンのポケットの中で、母に護身用にと貰い受けた銀のナイフを強く握る。


奴はこんなナイフでは傷一つ付かないことは知っていた。


だからだろうか、奴は私からそれを奪おうとはしなかった。


大切な人を奪われてから初めて奴の瞳を見る。


私と同じ金色の瞳だ。


私よりも妖しく光っている。


私は奴と同じ色の瞳を呪った。


奴はあの瞳でどれだけの人を惑わし、殺めてきたのだろう。


私が奴を見たのがそんなに嬉しかったのか、奴は甘く微笑み、私の瞳を舐める。


「…ァァ」


鋭く壮絶な痛みが走った。


「愛してるよ」


聞き飽きた言葉。


奴に言われたくない言葉。


…私が愛している者はもう居ないのに。


「頼むから死んでくれ」


忌々しい奴を睨み付ける。


もういい加減に皆に会いたいんだ。


ポケットからナイフを取り出す。


奴はそれを見ても愛おしそうに見つめるだけだ。


…1番良い方法を思いついた。


奴を絶望させて、私が幸せになる方法を。


銀のナイフがキラリと光を反射させる。


「どうか死んでくれ」


私は薄く笑って、己の心臓に突き刺した。


私の大嫌いな赤で染まっていく。


掠れゆく視界の中で奴は目を見開き呆然としていた。


ざまあみろ。


やっと皆の元へ行けるのだ。


この悪夢から解放される。


また1人でモノクロの世界に囚われればいい。


愛しいあの子が困ったように笑った気がした。