いまでも覚えていますか?





あれから、随分月日が過ぎて、私達の関係も変わってしまった。けれど。

私は今でも、あの時のことを覚えてるよ。




皆で出掛けてはぐれたり迷子になったりした時、最初に見つけてくれるのはいつも降谷くんだった。どうして私のいる場所が分かるのかずっと不思議だった。今思えば、私の行動パターンとかを推理していたのかもしれない。いつも、走ってきて、私の無事を確認して、優しく叱って、頭を撫でてくれる。

その頃には、もう、恋心は芽生え始めていたのかもしれない。
あの日は今までとどこか少し違っていた。私も、降谷くんも。

はぐれたきっかけは、ひょんなことからだったと思う。
気付いたら皆の姿が見えなくなって、またやってしまった、と内心焦ったけど、迷子が下手に動くなと再三言われてきた私は、通行の邪魔にならない場所でぽつりと立ち竦む。降谷くんにもだけど、じんぺーに怒られそうだと思った。
この頃は携帯を持っていなかったから連絡手段もなく、私が迷子になることは度々あった。元々が方向音痴なのもあるけれど。

することもなくぼんやりとしていた私の前に影が落とされ、ぱっとそちらへ目を向ければ、知らない人。皆ではなかった。
チャラそうなお兄さんに馴れ馴れしく話し掛けられ、面倒だな、と思いながら話も聞かずにシカトを決め込んでいたところ、突然お兄さんに肩を抱かれた。


「ちょっと…!」
「なぁいいだろ?ちょっとお兄さんといい所行こうぜ?」
「離し―――」
「おい」


離して、と言いながら男の手首を掴んで技を掛けようとした時、聞き覚えのある声がした。
お兄さんの背中越しに見えた表情は、怒りを纏っている。降谷くんの右手がお兄さんの肩をがっしりと掴んでいる。…ちょっと怖いぞ降谷くん。

でもほら、やっぱり1番に来てくれた。


「降谷くん…」


降谷くんの凄みに負けたお兄さんはそそくさと退散していく。お兄さんに怖い思いをさせてしまった。確かにあの顔は怖い。お兄さんの自業自得ではあるけれど。


「無事か?」
「うん、ありがとう。」
「お前な…技掛けようとするくらいならもう少し早めにしろよ。」
「…はーい。」


出た。お小言。降谷くんは一つ溜め息を吐いた。
顔を背けた降谷くんの顔色を窺うように覗き込むと、降谷くんはなんとも言えない表情をしていた。怒ってるのかと思った。呆れてるのかとも思った。なのに、そのなんとも言えない表情に、私の心は酷くザワつく。


「ふるや、くん…?」
「心配した。」
「…ごめん。」
「突然いなくなるし、変な男に絡まれてるし。」
「すみません…。」
「姿が見えなくなると、不安になるだろ。」
「…うん…。」
「俺から、離れないでくれ。」
「う………え?」


降谷くんの言葉に頷いていた私は、突然放り込まれた爆弾のような発言に、俯き頷きかけていたのを止め、降谷くんの顔を見上げようとした。その時、私の体は傾き、華奢なようで意外と逞しい胸に、強く抱き締められる。小さく名前を呼ぶ声は、どこか震えている気がした。


「ふる、や、くん…?」

「―――好きだ」


降谷くんの掠れた声が耳にかかる。降谷くんの香りが鼻腔を掠める。とくとくと降谷くんの少し速い鼓動が伝わって、私の心臓も比例するように騒ぎ出す。背中に回った強い腕も、首にかかる熱っぽい息も。全てが私の心臓を掻き立てる。


降谷くんは、私に、好きだと言った。

私も、降谷くんが好きだった。


それは多分、今でも。







覚えていますか?

貴方が私に好きだと言ってくれた時のことを。



私は、いまでも、

覚えています。




愛おしそうに揺れる瞳を。

私を包み込む、温もりを。

私の名を呼ぶ、優しい声を。





貴方は、いまでも覚えていますか?














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