「はぁ?車が大破したぁ?え、降谷くんバカなの?」
仕事終わりに寄った警察庁。
私はここ、警察庁ではなく、警視庁公安部に属している。作業班ではなく、どちらかというと管理側なので、ほとんど現場に出ることはないが。
上司のお使いでやってきたのは、警備局警備企画課。その中に属する通称ゼロに配属されている同期の降谷零にたまたま出くわした私は、降谷くんの愛車、RX−7が大破したという話を聞いて呆れた。なにがどうなったら車が大破するのか。むしろよく無事だったな。
「バカってなんだよ。仕方ないだろ。」
「はいはい。事件となったら無茶するんだもんねぇ、昔から。」
「…なんだよ。」
「べっつにー?」
正義感が強くて、熱くなるタイプ。普段の爽やかでクールな彼がそうやって熱くなるところは、学生時代から変わっていない。時々無茶をするけど、本当に優しい人。だから愛車が大破だなんてことに陥ったんだろうけれど。
運動はそんなに得意ではなくて人並みかちょっと上、勉強しか出来ない私とは違って、文武両道成績優秀トップクラスで公安に配属された彼とはスペックが違いすぎる。勉強や頭の回転だけなら話は別だが、それ以外は彼に敵わない。そんな彼をライバル視していた時期もあるけれど、それは気が付けば淡い恋心に変わっていた。
その感情を持ってからもう何年になるかはわからないが。
「まぁ熱くなるのもわかるけど、ほどほどにね。
体には気をつけて。じゃあね。」
「なんだよ、もう帰るのか?」
「そうよーもう遅いし。用事は済んだしね。」
「そうか…気をつけて帰れよ。」
「はいよー降谷くんもね。」
「あぁ。」
彼に手を振って別れを告げる。忙しくてあまりここに帰ってはないようだから、会えたのはなかなかに奇跡。ちょっとでも顔を見れてよかった、と、少し緩む顔を抑えて家路につく。
―――おかしい。
先程から聞こえる足音は、いつまでも私に着いてきている。近すぎず遠すぎず、離れないでいる。気味が悪い。
コンビニかどこかに入ってしまえばいいのだが、すぐ近くにコンビニはない。灯りの少ない自分の帰宅路を恨む。
このまま家を特定されたり、何かしかけられたりしても困る。
さっきちらっとガラス越しに見たところ、30代くらいだろうか…怪しげな雰囲気の男性。
私自身ほとんど現場に出るタイプではないし、恨みを持たれるようなことはほぼないはず。なのに何故。
そんなことばかり頭を駆け巡るが、対策が浮かばない。
とにかく近くのコンビニまで行けば―――
「――…っ!」
突然速まる足音、近付いてくる感覚。私自身も足を速めれば、更に速まる音。迫ってくる。まずい。
走りながら、いつでも連絡が出来るようにと先程から握っていた携帯を開く。誰かに、と電話帳の一番上を見れば、先程まで会っていた人物の偽名。
こっちに掛けていいものかと一瞬悩んだものの、焦りと恐怖が勝り、指が動く。
数コールが鳴った後出た、いつもとは違う口調の彼の声に少しの安堵をしつつ、助けを求める。
「ふる、あ、安室さん、助けて…!」
「…今どこにいる?」
場所を口早に説明するが、いつまでも聞こえる足音と気配に恐怖が募る。いっそ護身術で返り討ちにして捕まえてしまえばとも思ったのだが、ちらっと見えた銀色に輝いたものを見て逃げなければと思った。学生時代にもっと実技頑張っとけばよかったと今更思っても遅い。この状況だと分が悪い。
待ってろと言って、電話を繋げたままでいてくれる降谷くんと、やっと見えてきたコンビニの光に安堵し、そこまで気合で走る。こんなに走ったのは何年ぶりだろうか。
コンビニへ入ると、ストーカー犯はさすがに入りにくいのか、外でこちらを伺っている。
走って入ってきた私に驚いていた店員さんに、少し申し訳ない気持ちもあるが、コンビニが24時間でよかったと心底思った。
それにしても、なんのつもりで追いかけてくるか知らないが、銃刀法違反だぞ、なんて思いつつも、恐怖に負けて逮捕出来ない私は警察官としてどうなんだと少し自己嫌悪する。
電話を繋いだままの降谷くんに、コンビニについたことを伝えれば、彼も少し安心したような声でわかったと言う。
大丈夫だ、すぐ行く、と言ってくれる彼に、電話をしてよかった。
15分ほどした時、降谷くんがコンビニに入ってきたのを見て駆け寄る。彼は私を見て、安心したように溜め息をついた。
「無事でよかった。怖かっただろ。」
「う、うん…ごめんね、急に。」
「いや、それは構わない。むしろもっと頼ってくれていいんだけど。」
「え?」
そう言った彼は缶コーヒーを手に取りレジへ向かう。
店員さんに一言、お騒がせしてすみません、と挨拶をする降谷くんを眺めていると、レジが終わりこちらへ向かってきた降谷くんに、ほら、と今買ったばかりの缶コーヒーを手渡される。
反射的に受け取った私を見て優しく笑った彼は、私の手を取った。
「よし、行くぞ。」
「は、はい…!」
出入口を出れば、影で隠れていた先程のストーカー犯がこちらを向く。びくっと震える私の手を強く握り、降谷くんは私を庇うように前に出た。
「彼女になんの御用でしょうか?」
「お前は…?」
「彼女のボディーガード、とでも言っておきましょうか。
誰の許可を得て、そんな物を持って彼女を追いかけているんですか?」
「…そいつは、あいつに似てるから…あいつのように愛して殺してやるんだ…」
うわ言のように呟くストーカー犯。―――狂ってる。
誰かと私を重ねているようで、微かに聞こえる言葉に、落ち着いていた恐怖がまたこみ上げる。
彼は私にだけ聞こえるように、大丈夫、と呟いた。
その時、遠くから聞こえてきたのはサイレン。
ほぼ毎日のように聞いている、パトカーのサイレンだ。
降谷くんが呼んでくれたのだろう。
助かったと安堵したのも束の間、焦って逆上した犯人が、手に持っているナイフを向けこちらに向かってきた。
一瞬の出来事だった。
私の手から降谷くんの手が離れたと思った瞬間、あっという間に犯人は倒された。目の前の彼によって。
彼はこんなに強かっただろうか。学生時代も強かったが、ここまでではなかったと思う。
大丈夫だっただろ?と笑うこの同期は、頼もしいけど恐ろしいなと内心思った。
その後、やってきた警察官によって犯人は取り押さえられ、"安室透"の顔をした降谷くんが上手い具合に事情を説明してくれて、事情聴取はまた後日ということになった。公安ということもあって顔を知られていないことが幸いだ。…明日上司には怒られるかもしれないが。
家まで送ってくれている降谷くんの横で、私は溜め息をついた。
「大丈夫か?」
「大丈夫…ほんと、ごめんね。お騒がせしました。」
「いや、間に合ってよかったよ。」
「警察官がストーカーに合うって、お恥ずかしいというか。やっぱり護身術ちゃんと身につけた方が…」
「……。」
「ん?どうかした?」
黙りこくっている彼の方を向けば、難しい顔をしていて、どうしたんだと首を傾げる。もしかして、同期の警察官のくせにとか呆れられてしまったのだろうか。
「あの…」
「後悔した。」
「え?」
「車がなくて名前を送らなかったこと。」
「……は?」
何を考えているのかと思えば。
そもそも送ってくれるつもりだったのか彼は。
拍子抜けしてぽかんと彼を眺めていると、本当に後悔しているようで真剣に考え事をしている。
ぷっ、と吹き出して笑えば、何笑ってるんだと怒られたが、仕方ないじゃない。本当に好きだと思ったんだから。
「降谷くん忙しいんだし、今日たまたま会えてたまたまこういうことがあっただけだから、そんな後悔とかしなくていいんだよ?」
「でも、お前を危険な目に合わせたくない。」
そんなことを真顔でいうもんだから、勘違いしてしまいそうになる。勘違いしそうになることを昔からする彼は本当にずるいと思う。
「大丈夫、ピンチの時は助けてくれるでしょ?
ボディーガードさん?」
私が誤魔化すように笑いながらそう言えば、一瞬きょとんとした降谷くんは、当たり前だろ、と笑った。
でも、と続けた彼の顔が近付き、内緒話のように彼の口元に耳を寄せた私は、耳を寄せたことを少しだけ後悔した。
彼は私を殺す気なんだろうか、と本気で思ってしまうほどだ。
熱くなる顔を抑えながらじとっと彼を見れば、嬉しそうに笑った。
私の勘違いが、勘違いでなければいい。
それが本気だったらいいのに。
この憎たらしいほどにずるい彼に、やっぱり私は敵わないようだ。
『"ボディーガード"じゃなくて、
"恋人"として、がいいんだけどな。』
残念ながらべた惚れ
fin.
7万打&10周年企画
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