お気に入りのカフェでゆったりと過ごす時間というのは、日々の疲れが溶けていくような、言わば癒しの時間というもので。
のんびりと、大好きなミルクティーを飲みながら、本を読んだり、外の景色をぼんやり眺めたり、マスターや店員さんとお話したり。
「初めまして―――」
仕事が立て込んで、しばらくぶりにやってきたこのカフェで突如目の前に現れたのは、私の癒しの空間に刺激を与える存在だった。
「いらっしゃいませ、名前さん。」
「…こんにちは。」
彼と何度目ましてかわからないくらい、あの出会いからしばらくが経過したある日。
彼―――安室透さんは、この行きつけのカフェ、ポアロの新しく入ったアルバイトさん。なんでも、ポアロの上に住んでいる有名な探偵、毛利小五郎さんの弟子らしいという、変わった人。
褐色のいい肌に、透明感のある金髪。女顔負けな整った顔に大きな瞳。ほどよく鍛えられていそうなスタイルのいい体型。所謂、彼はイケメンである。
私は、この人が少し苦手だ。
人当たりの良さそうな性格だけど、本心を出していないような感じとか、完璧な笑顔すらも偽物のように感じてしまう。それが何故かはわからないけれど。嫌いとかそういうのではなく、ただ単に、苦手なのだ。直感的にそう感じていた。
しかし、癒しの空間に突如現れた刺激物に困惑していたが、やはり好きな場所なので何度も足を運んでしまう。
いつもの窓際の席で、いつものようにミルクティーと、苦手な彼が作るサンドイッチを頼む。
作る本人は苦手なのだが、サンドイッチが絶品で、初めて勧められて食べた時は思わず思考が止まるほどの美味しさだった。それからは私の頼む定番メニューとなっている。
「あれ、その本ってこの前発売したやつですか?」
「え?あぁ、そうですよ。この作家さんのお話が好きで。」
「奇遇ですね、僕もその作家さんの本よく読んでますよ。」
「そうなんですか?」
「話の構成とか、散りばめられた伏線とかが上手くて、つい真剣に読んじゃいますね。」
「わかります、気付いたらすぐ時間経っちゃうし。」
初めてかもしれない。こんなにも安室さんと話したのは。
多少会話をしたことはあったけれど、こんなにたくさん話すことは今までなかった。もちろん、苦手意識からのものが原因だろうが。あと、彼はよく、彼目当てのお客さんに捕まっている時がある。ちなみに、彼を苦手だと思っている原因のひとつでもあるのだが。
今日はたまたま、彼目当てのお客さんもいなくて、久しぶりにゆっくりと静かな空間だった。
ずっと気になっていた本も買えて機嫌がいいし、だから彼との会話もいつもより弾むのかもしれない、と頭の片隅でぼんやりと考えていた。
「名前さん、」
「ん?」
「前から思っていたんですけど、もしかしなくても僕のこと苦手ですよね?」
「…えっ」
こんなこと言うのもあれかなとは思ったんですけど、と、彼はまた何を考えているのかわからないような顔で少し笑った。
予想外のことを突然言われた私からは言葉が何も出てこなくて、ただアホみたいな顔で固まる。絞り出すように出した声は、なんで?という質問返しだった。
「見ていればわかりますよ。かなりわかりやすい人のようですし。」
「わかりやすいって…逆に安室さんは、わかりにくいですよね。」
「そうですか?」
「何を考えているのかわからなくて、本心を隠しているような、作り物みたい、な…って、なに言ってんだろ私。」
思わず思っていたことをペラペラと話し出してしまった自分自身に戸惑い、乾いた笑いで誤魔化そうとしたけれど、安室さんは少し驚いたような顔をした。
怒らせてしまった…?と不安に思い、ごめんなさい、と口に出そうとした瞬間、彼は笑ったのだった。先程の笑顔とは違う、今まで見た事のないような顔で。
「そんなに苦手だと思うところを素直に言われたのは初めてです。」
「いや、あの…ごめんなさい。」
「いえ、僕自身も、苦手なので。」
「え?」
どういうこと?自分が苦手ってこと?安室さんのいう言葉の意味がわからず首を傾げていると、安室さんが微笑むように笑った。それはまた、初めてみたような顔で。
作り物のようではなくて、それでも、綺麗に彼が微笑むから。
体の奥の方がぎゅっと締め付けられるような感覚に襲われる。鳥肌が、立った。なんなんだ、彼は。
「誰が僕のことを苦手に思おうと、あまり興味がないのですが、名前さんに苦手に思われるのは嫌なので、もっと本当の僕を知ってもらいたいなと思っています。」
「は?…え?」
彼は私の顔を覗き込むように、真剣な顔でそう口にしたあと、戸惑う私の姿を見てまた笑った。ずるいと思った。
心拍数が上がっている気がする。体の中から熱が込み上げてくる感覚。顔が熱い。そんな自分の反応に動揺して、ナンパですか!?としどろもどろで言葉を発した私を、きょとんとした顔で安室さんが見る。そして、また笑った。
今日はよく笑うんだな、なんて、頭の隅っこでどこか冷静に思う自分がいたことに驚く。
「いえ、ナンパというより、」
また近付いた、彼の整った顔。
吐息が触れるほどの近さに、全身が麻痺する。
「口説いている、の方が正しいかと。」
そう言った彼は、とてつもなく、ずるい顔をしていた。
苦手だと思っていたずるすぎる彼に落とされる日は、そう遠くはないかもしれない、と、全く治まる気配のない胸を押さえながら思った。
ずるいから好きです
fin.
7万打&10周年企画
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