じめじめとした空気は、寝不足の体には重く感じる。
窓から覗いている空はどんよりとしていて仄暗く、雨でも降り出しそうな分厚い雲が広がっている。
これは雨宿りで客足が増すか、もしくは引きが早いか…随分慣れてきたポアロでのバイトをしながらそんなことを考えていると、梓さんのいらっしゃいませと呼ぶ声が聞こえ反射的に顔を上げて口を開こうとすれば、つい先日再会したばかりの彼女が蘭さんとコナンくんの後ろから顔を出した。
重い気分が少し薄れ、笑顔で挨拶をすればほんの少しぎこちなさを残した笑顔で挨拶を返してくれる。

付き合っていた頃の『零』呼びではなく、別れてからは出逢った頃の『降谷くん』呼びに変わってしまっていた。それが淋しくもあり違和感はあったが、今では『安室さん』と呼ばれている。申し訳なさもありながら、またこの違和感に慣れていくのだろうか。
そうさせているのは、紛れもなく自分なのだが。

「―――お疲れですか?」

注文のケーキを出しにテーブルへ行った時、ふいに彼女からそう言われた。突然の事に、顔に出ていただろうかと蘭さんやコナンくんの様子を伺っても気付いていなかったようだ。…彼女だから、か。そう思うと自然と笑みが溢れた。

「少し疲れていましたが、貴方の顔を見て元気が出ましたよ。」

固まったような表情の後、ぶわっと赤く染まる頬。蘭さんやコナンくん、梓さんも驚いた顔をしているが、これくらいは許して欲しい。
隣のテーブルの食器を片付けながら、ふ、と小さく息を吐いた。

「…君がいるから、僕は幸せだな。」

消え入りそうな声が口から溢れた。もう、二度と彼女は手放さない。失いたくない。
その為に、今はやるべきことを。君をもう一度、この手でしっかりと抱き締める為にも。

仄暗かった外がほんの少し明るさを増している。
分厚い雲間からは、一筋、光が射していた。




道標の光




fin.







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