朝から重くどんよりとした空。

いつもの私なら、テンションがあまり上がらないこの天気に少し文句を言いながら家を出るんだろう。

でも、今日は違った。親に不審がられるくらいに早く起きて準備も出来たしいつもよりも少し早く家を出た。
空はすごく重いけど、私はすごく晴れ晴れとした気分だったから。

なんて言ったって今日は、大切な日なんだから。






「おはよー!」

いつも通りの部活の朝練。新学年にも少し慣れてきた頃。
いつもより早いこの部室にいたのは、我が部の三強メンバーだけだった。

「おはよう。今日は早いんだね、名前。」
「おはよー幸村。今日は特別だからね!」
「む…?何かあるのか?」
「え、真田忘れたの?」
「弦一郎、今日はブン太の誕生日だ。」
「あぁ…そうだったな。
しかし、それと苗字が早く来たのとなんの関係があるのだ?」
「乙女心の問題だよー真田にはわかんないだろうね!!」
「む…、乙女、だと…?」
「え、なに、真田喧嘩売ってる?」
「どうしてそうなるんだ」
「まぁ2人とも。それくらいにしなよ。」

私と真田が言い合いをしてるところで幸村に止められる。
乙女で悪いかこのやろー。私だって多少の乙女心はありますよそりゃ。
だって、大好きな人の誕生日なんだもん。
嬉しくて幸せでテンション上がって早く目が覚めちゃって、なんて思うこともあるんですよ。一応ね。

そうこうしていると柳生とジャッカルが来た。だいたいいつも通りのメンバー。
多分もうすぐブン太が来る。それまでに軽く話を決めておかなければ。

「それじゃあ、今日の放課後は…… 」
「ああ。」
「了解しました。」

「はよーっす」
「おはよーさん」

部室のドアが開くと同時に聞こえた声。ブン太と仁王だ。

「おはよー!」
「名前、はよ。なんか今日テンション高くね?」
「え、そう?」

私わかりやすいんだろうか…ダメだダメだ。
会えて嬉しいなんてもうすごい乙女モード発動してる。

「朝から何イチャついとんじゃ。俺も構んしゃい。」
「ぎゃっ」

ブン太にときめいていると突然仁王に抱きつかれたというか体重をかけられたというか。とりあえず重い。でかい猫乗っかってきたみたいになってるんだけど。
するとさり気なく、皆から見えないような角度で耳元で仁王の声がした。

『今日するんじゃろう?』

私にだけ聞こえるかのような微かな声。
けれどそれが何を示しているかはわかる。
私は肯定するように仁王の目を見た。

「おい仁王、いつまでくっついてんだよ。離れろぃ。」
「仕方ないのぅ。」


少しだけ不機嫌そうな声を出したブン太を見る。

ブン太と私の関係は、友達以上恋人未満。そんな感じだと思う。
付き合おうってなったわけではないけれど、私はブン太のことがずっと好きだし、ブン太も私のことを少しでも大事に思ってくれてるんじゃないかなって、思う。
それはただの願望かもしれないけれど。友達としか思われてないかもしれないけれど。
でも、他の女の子たちよりも、誰よりも近くにいると思う。
今のも、嫉妬だったらいいのになっていう、それも私の願望、かな。


「赤也がまだ来ていないが。」
「全く、たるんどる!」
「雨も降ってきたみたいだし、ミーティングしようか。」
「そうだな。」

「なぁ、名前」
「ん?なにブン太」
「今日何の日か、わかってる…よな?」

ぎくり。
絶対に聞かれると思った。でも今は、今は答えられない。
作戦のために。

「えーっと……あ、数学の小テスト?」
「は?」

ブン太は固まったように目を見開いて、そしてまた少しだけ不機嫌そうな顔をした。
心が痛い。ごめんねブン太。




そして朝練が終わり解散。
遅刻魔赤也はやはり来なかった。
これは真田の鉄拳が飛ぶな、なんて話しながら教室へ向かう。
ブン太と同じクラスだったらよかったのにって何度も思う。
去年同じクラスだったから余計かもしれないけれど。

校舎に入った瞬間ブン太は女子に囲まれた。
ブン太を囲んでる女子たちは皆可愛らしくラッピングされたプレゼントを持っている。
嬉しそうにお菓子やプレゼントを受け取るブン太を見て、今度は私が不機嫌になる番だった。
そんな私を見て仁王がからかうように笑うからその細い背中を叩いてやった。

女子に囲まれてるブン太を見るのはやっぱりいい気分ではなくて。醜い嫉妬の感情が溢れてくる。彼女でもないのに。なんて思うと虚しくなる。
ブン太を横目に仁王とも別れて自分の教室へ向かいながらそんなことを考えていると、同じクラスの柳がふっ、と笑った。

「………なによ。」
「お前はわかりやすいな。」
「ほっといて。」

柳には全部見透かされてるんだろう。なんて野郎だ。





1日の授業が終わり、放課後。
ついにやってきた。これからが本番。

ブン太はきっと女子に囲まれて中々部室へ行けないだろう。
そのブン太を迎えに行くのが、私とジャッカルの役目。
ブン太の教室へ行くと案の定、女子に囲まれていた。

「おい、ブン太。」
「ブン太部活行くよー」
「あ、ジャッカル!名前!」

大量のプレゼントを抱えたブン太が、女子達に軽く謝りながら抜け出してこっちへ来る。
嬉しそうにプレゼント貰っちゃって。嬉しそうで何よりだけどちょっと複雑な乙女心とはまさにこのことだよ、なんて思いながら横に並んで歩き部室へ向かう。

すると突然ジャッカルが「あ。」なんて言い出すから振り向くと、少し申し訳なせそうな顔していた。

「やべ。忘れ物した。」
「え」
「なにやってんだよジャッカルー」
「わりぃ、先行っといてくれ」
「ちょ、」

待って待って作戦と違う?!なんで?!
なんでジャッカルいなくなるの?ほんとに忘れ物したの?え?
ジャッカルの後ろ姿を呆然と眺める私。
取り残された私とブン太。
何事もなく部室へ行くしかないし、作戦的には差し障りはないのだけど、正直、ほんの少し気まずい。

校舎を出て部室までの間、降ってる雨を凌ぐために傘をさす。手が塞がっているブン太は、そこまで大きくない私の傘に入り込んだ。
距離が近い。心臓が煩い。気まずいって思っていても、やはり気持ちは正直だ。

「……プレゼント、すごいね。」
「ん?あぁ…まーな。」
「濡れない?大丈夫?」
「あー、多分?」

重い雰囲気。雨が降ってるこの空みたいに、重い。
私のせい、なんだろうな。

「なぁ、」

ブン太がこっちを向く。真剣な顔をして。
ブン太がこの後なんて言うのか、柳じゃないけど、私にはなんとなくわかっていた。

「今日何の日か、わかんねぇの?」


わかってる。わからないはずがない。

だって今日は、大切な日。



「ブン太、」

部室の前。立ち止まる私。それに習って止まるブン太。

「ごめん、」
「え?」


私はブン太に向かい合うように立ち、

傘に隠れて、

キスをした。



「…名前…?」
「おめでとう」

驚いているブン太に囁くようにそう告げて、私は部室の扉を開いた。

「あ、おい…っ…!」


パーンッ

鳴り響く破裂音。
私を追いかけてブン太が部室に入った瞬間、
皆が持っていたクラッカーが鳴ったのだ。


「「「誕生日おめでとう!!!」」」


「………はっ………?!」

驚いて固まるブン太。状況が読み込めていないようだ。
サプライズは大成功だ。

忘れ物したと言って抜けたジャッカルもそこにいた。
やっぱり裏切られた…ジャッカルのバカ。


しかし。
正直私はそれどころではない。

なんでキスなんてしてしまったのか自分でもわからなくて、逃げるように部室に入ってしまったけど、猛烈に恥ずかしくなって熱を持った顔を隠すかのようにしゃがみ込んでいた。
なんて大胆なことをしてしまったんだ。


「あれ、名前先輩何してるんすか?」
「……………なんでもない。」

朝いなかった赤也に指摘されたがもうほんとに顔上げれないほど恥ずかしくて死にそう。

せっかくの、ブン太の誕生日パーティーなのに。


「…んだよ、びっくりさせんなよぃ。」
「照れなさんな」
「うるせー仁王!」
「ふふ、おめでとうブン太。」
「ありがと、幸村君。」

皆が口々にお祝いの言葉をかけている。
私も、もっとちゃんと言いたかった。いや言えばいいんだけど。
本当に、何やってるんだか。
…大丈夫、いつも通り、いつも通りよ私。
必死に自分に言い聞かせる。

と、そのとき。


「言い逃げかよ、名前さん?」


至近距離で聞こえた声に驚いてびくっと肩が動く。
瞬間、包み込まれた温もりに、思考が止まった。
なんで。なんで。


「ちゃんと、聞きてーんだけど。」


耳元で響く、いつもより少しトーンが低い、ほんの少し掠れた声。
ゆっくりと顔を上げると、少しだけ潤んだ瞳で私を見るブン太が映る。

「お、おめでとう」
「ん。それで?」
「え…?」
「なんでキスされたか聞いてねーんだけど?」
「…っ…!」


周りで赤也がキスぅ?!って騒いでる声が聞こえる。
バラされた…皆いるのに…羞恥でまた熱を帯びる顔。
また俯こうとしたがブン太に顔を固定された。


「答えねーと、キスするぜぃ?」
「…えっ?!」


ブン太の少し意地悪そうな顔が映る。ずるい。
絶対わかってて言ってる。私の気持ちもきっと、バレてる。


「………………………………き、」
「ん?」
「ブン太が……好き。」


一瞬見えた嬉しそうな顔。
受け止めるように重ねられた唇。



今日は特別で、幸せな日。





幸せ記念日。









「人前で、せ、接吻など、破廉恥な!!」
「弦一郎、接吻はないだろう。しかしいいデータが取れたな。」
「ようやくくっついたのぅ。」
「ホントだぜ。世話の焼ける。」
「でもよかったじゃないですか。」
「丸井先輩やるー!」
「ふふ、部室で、しかも皆の前でキスするなんて、いい度胸だね、丸井。」
「やべ…」
「やめて!そんな顔でこっち見んな!恥ずいわ!!」



パーティー中からかわれ続けたのは言うまでもない。





fin.