春休みが明け、新学年になってから数日が経った。
通学路、いつもの道。公園に並んで咲いている桜は、この前の大雨のせいですっかり散ってしまって、葉桜へと変わっている。
そんな歩き慣れたこの通学路も、3年目になった。
いつものように歩いているが、頭の中はいつもと違っていた。桜を眺めて、もう葉桜になったのかーなんて、そんな考えに及ばないほどに頭は焦っていて、ずっとそわそわとしている。


今日、4月20日は、学校の人気者、丸井ブン太の誕生日だ。
1年、2年と同じクラスで、そこそこ仲が良かったのだが、3年になってクラスが分かれてしまい、あまり話さなくなった。
と言っても、会ったら丸井はいつもと変わらずに話かけてくれるのに、私ときたら。
クラスが分かれてしまったのが思いのほかショックだったようで、ただのクラスメイト、男友達くらいにしか思ってなかったのに、その寂しさから、自分の中の恋心に気がついてしまったのは、まだ記憶に新しい。それ以来、想いが加速してどんな風に接したらいいのかがわからなくなったのだ。それでつい素っ気ない態度を取ってしまう。

そんな状態のまま、丸井の誕生日を迎えてしまった。
プレゼントを用意したものの、こんな状態で、どう渡したらいいのかが全くわからない。
クラスが違う、部活が一緒なわけでもない。それに今日は、人気者の奴のことだからずっと人に囲まれているだろう。どうしたらいいのだろうか。
悶々と考えているうちに、見慣れた校門が見えてきた。
プレゼントをしまい込んだ鞄を見つめて、ひとつ溜息を吐いた。


テニスコートの周りの人だかりを横目に教室へと向かった。予想通り、いつもよりも今日はすごい。
教室へ入れば、女子の少なさに苦笑しつつ、友人に挨拶をして自分の席へ着く。
テニスコート行かなくてよかったの?なんてにやにやしながら聞いてくる彼女は、私の気持ちを知っている数少ない友人。
先程目にした人だかりの話をし、文句のひとつでも言えば、恋だね〜なんてまた茶化してくる彼女にデコピンをかました。


そわそわが止まないまま、ただただ授業はいつものように過ぎていくけど、今日はいつも以上に先生の話なんて耳に入ってこない。元々真面目に聞くタイプでもないけれど。


あっという間に昼休みになっていて、教室がまた賑やかになる。うちのクラスの丸井ファンの女子たちの、もうプレゼント渡したか話がやたらと耳につく。
いつもはお弁当勢の私だけど、今日はうっかりお弁当も忘れてきてしまったので、お弁当持ちの友人を置いて購買へ向かった。

「苗字、」

名前を呼ばれて振り向けば、同じクラスの、丸井と同じテニス部の柳くんがいた。手に持っているお弁当を見るに、どこかへ行く途中なんだろう。

「柳くんどこ行くの?」
「ああ、今日は部員達とミーティングがてら昼を取る約束をしていてな。」
「そうなんだ。」

ということはきっと、丸井もそうだということになる。
なんて考えていたら、ふと、柳くんがふっと笑ったので首をかしげた。

「お前がブン太のことを考えていた確率、87%」
「え」
「ちなみに、ミーティングと言っても、ブン太の誕生日祝いも兼ねている。」
「そう、なんだ。」

恐ろしい。恐ろしいわ柳蓮二。
また、ふっと笑った柳くんは、私の肩に手を置いて、ではな、なんて通りすぎて行った。と、思ったら、こちらを振り向いて、

「ブン太をよろしくな。」
「…え?」

そしてまた歩き出した柳くんの背中を、呆然と見ていた。
なんだったんだろう。よろしくってなんだ。

とんとん、と肩を叩かれ、反射的に振り向く。
今日はよく呼ばれる日だな、なんて思ったのもつかの間、私の頬に指がぶすりと刺さる。こんな初歩的なひっかけにかかるなんて…!と思い、その指の主を見上げると、私の思考は止まった。
丸井だ。

「よっ、苗字。」
「ま、丸井、」
「柳となーに話してたんだよぃ」
「いや、特に…」
「ふーん」

心の準備も何もしてなかった私の心臓は煩いくらいに鳴っていて、どうしよう、どうしようということしか頭の中を巡っていない。

「ま、丸井、これからミーティングなんでしょ?」
「ん?あぁ、なんで知ってんだよ、って、柳に聞いたのか。」
「まぁ、ね。」
「つーかその前に、お前俺になんか言う事あるんじゃねーの?」
「へっ?」

い、言う事?!私の肩に手を置いたまま、正面を向かされ、丸井がじっと私を見てくる。やめて、やめてくれ。そんな目で見ないで。

「…え、と」
「なぁ、もしかして、今日何の日かわかってないわけ?」
「え!?」
「なにそんな驚いてんだよぃ。」
「え、覚えてるよ、うん。覚えてる。誕生日、でしょ?」
「んだよ、覚えてんなら言う事1つしかねーだろぃ?」
「あ、お、おめでと…」
「ん。あんがと。」

満足したようににかっと笑った丸井の笑顔に、私の心臓は破裂しそうになっている。ずるい。ずるいわ。

「あのさ、」
「えっ?」
「最近ずっと思ってたんだけどよ、お前最近様子おかしくね?」

ぎくり、とでも音がなりそうな反応をする私に、今度は丸井が疑うような目で私を見た。

「なんか隠してる?お前がそんなだと、すげー調子狂うんだけど。」
「な、にも、ないよ。ないない。」
「嘘つけ。」
「ほんとだって…!」
「ちょっとお前、こっち来い。」
「え…っ!?」

腕を引っ張られ連れていかれたのは、人気があまりない、屋上へ向かう途中の階段。なんでこんなとこ連れて来られたのか。私の頭は既にパニックを起こしている。

「な、なに、丸井。ミーティング行かなくていいわけ?」
「行くけどよ…お前が気になってそれどころじゃねー。」
「…はっ?」
「俺は、お前とちゃんと話してーんだよ。ただでさえクラス変わっちまって、話す機会減ってんのによ。お前俺から逃げるし。素っ気ないし。苗字、俺のこと嫌なわけ?」
「そんなわけ!…そんなわけ、ないじゃん。」
「じゃあ、なんでだよ。」

丸井が、真剣な目で見てくるから。心臓が煩いくらい鳴って苦しくて、頭がパニックになってるから。目の奥が熱くて、今にも泣いてしまいそうで。

「ま、るいが、」
「…俺が?」
「丸井が、違うクラスになって、寂しいと思った、から。」
「なら会いに来て話せばいいだろぃ?」
「ちが、ちがう、ちがうの。」
「なにが。」

切なくて。苦しくて。せき止めていた涙が目から溢れて、一瞬驚いたような顔をした丸井の顔が、涙でぼやけて見えた。

「さみしいって、思ってから、丸井のこと、友達みたいに、思えなくなって、丸井に会うと、苦しくなる、から」
「………。」
「丸井のこと、好きって、気付いたから、だから……っ!」


引き寄せられた体は前に傾いて、丸井の胸に顔がぶつかる。頭を抱えるように抑えられた手が愛しくてたまらない。驚きすぎて、涙は引っ込んでしまった。


「お前さ、バカなの?」
「な、によ…」
「俺は、苗字のこと友達だなんて思ったことねーけど。」
「………え、え?」

え、なに、私1人だけ友達とか思ってたわけ?痛いヤツ?
ショックすぎるんだけど。いやそうじゃなくて。
その前に私はなんでいつまでも抱きしめられているのか、なんて思って離れようとしたら、余計に丸井の手に力がこもって動けなくなった。

「なに逃げようとしてんだよ。」
「だ、だって、」
「最後まで聞けよ。」
「…はい。」
「友達なんて思ったことなくて、俺は、前からずっと、お前のこと好きだった。」
「……過去形?」
「ちげーって、だから…!」

顔を上げると、少し照れた顔の丸井がいて、意味が理解できた途端恥ずかしさが移ったみたいに顔が熱くなった。


「お前が、好きだ。」



春、爛漫。




fin.






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