「…名前、」
「……っ……!!」


何が起きたのか、わからない。

気がつけば、目の前にいるこの男、


―――跡部景吾の唇が触れていた。





突然のことに驚いて、逃げ出してしまったが、
なんでこんなことになったんだろう―――








「……あ。」
「……!!」
「アーン?何やってんだ名前。」


放課後の掃除当番で、ゴミ捨てに行っているとき。
近道近道、と思って通った校舎裏で、
テニス部部長、跡部景吾を見かけた。
目の前には見知らぬ女子。
年下の子だろうか?
校舎裏で2人きり、これはきっと、告白というやつだろうか。
発見して思わず発してしまった声のせいで、
2人に気がつかれてしまったのだ。
私ってばほんと、空気読めないな。


「あ…えっと、お邪魔しました。
どうぞ続けてください。」

そう言ってそそくさと立ち去ろうとした。

が、


「おい待て。」


と、何故か命令口調で呼び止められたのだ。
……命令口調なのはいつものことだけど。

というか、なんで私呼び止められたわけ?
こんな、告白シーンで呼び止められるとか、嫌がらせですか。
すごい修羅場になるじゃん。
何考えてんのこの俺様は。


「なんでしょうか跡部部長。
あ、部活のことですか?
遅れるなら伝えておきますので、どうぞお気遣いなく。」

嫌味たっぷりに、笑顔でそう答えるが、
いつもの、何を考えてるかわからない、
あの整った表情のままこちらを振り向かれた。


「話はもう終わった。行くぞ。」
「…は?」


そう言った跡部は、何故か私からゴミ袋を奪って歩き出したのだ。
振り向けば、しゃがみ込んで泣き崩れる女の子。
前にはゴミ袋片手に先を歩いていく俺様野郎。
私は呆然と立ち尽くした。


「おい、名前!早くしろ。」
「…はぁああ?!」


やむを得ず跡部を追いかけた私。
本当に、こいつは何を考えているんだ。


「……あの子、よかったの?」
「話はもう終わってんだからいいに決まってるだろ。」
「だからって、あーもーどういう神経してんだか…。」
「うるせーよ。…変に肩入れする方が、相手に悪いだろうが。」
「………。」


意外な言葉を聞いて、思わず見つめてしまった。

なんだ。なんだかんだ言って、やっぱいい奴。
その考えが、相手に伝わってるのかわからない。
それがよかったのかもわからない。
それでも、跡部は相手のことを考えてるんだ。

なんて思ってたら、僅かに笑みが溢れた。


「あ!それよりゴミ!私が持つから!
跡部にゴミ持たせるとか私ファンに殺されるって!」
「あーん?もう遅ぇよ。」


そう言って、跡部は普通にゴミ捨て場にゴミ袋を置いた。
跡部がゴミ捨てって…なんか変な光景。
普段は絶対他の人がゴミ捨ててんのに。
初めて見たかも。


「…ぷっ」
「何笑ってんだ。」
「だって、跡部がゴミ捨てって…!珍しいもの見たなーって思って。」
「ハッ!言ってろ。」
「ごめんごめん」


いつも通り。そう、いつも通り。
テニス部のマネをしてるのもあってか、
他の女子よりも、そこそこ仲がいい。
さっきのことで、ちょっと気まずくなるかとも思ったけど、
そんなこと気にするような奴じゃなくて。
こんな風に話せる関係が、心地いいなー、なんて。

そう、思ってた。








「名前、」
「ん?」


部活中、ドリンクの準備をしていると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、つい先程までコートにいた忍足がいた。


「タオルくれへん?」
「あーはいはい。」


タオルを渡すと、忍足は眼鏡を外して顔の汗を拭った。
なんとなくその姿を見つめた。


「ん?どないしたん?」
「いや、忍足ってさ、眼鏡ない方がいいんじゃないかなって。ふと。」
「そうか?」
「うん。眼鏡いらなくない?」
「アホ。眼鏡は重要やで?」
「そうかなぁ…。」


ない方がカッコいいと思うんだが。
なんてことは直接は言ってやらないけど。
すると、少し何かを考えたような顔をした忍足が、少し近づいてきた。


「え、な、なに?」
「ほんなら、名前の前でだけ、特別に外したろか?」
「…は…?!」


なんで眼鏡外しながら近づいてきてんのこの人。
後ろには壁。
近づいてくる忍足。


「ちょ、え…?!」



なんなのこの状況―――?!








「おい、忍足!」


こちらに向かって聞こえた、聞き覚えのある声。
紛れもない、跡部の声。


「なんやねん跡部。ええとこやのに。」
「勝手に手出してんじゃねーよ。
さっさとコート戻れ。」
「はいはい。お堅いなぁ。
ほな名前、続きはまた今度な?」
「…いやいや続きとかいらないから!ほんと!」


不敵に笑みを浮かべてコートに戻っていく忍足。
ほんと、なんなんだ!私なんてからかって楽しいのか!


「あ、跡部。ありがと。助かっ………跡部……?」


見ると、跡部が少し怖い顔をしてた。
え、なんか怒ってる…?なんで…?


「跡部、どうかし…」
「ちょっとこっち来い。」
「え?…わっ…!」


そう言って強引に腕を引っ張られ、部室内に連れて行かれた。
なにこれ、説教でもされんの…?!




「あ、あの、跡部…?」
「お前、無防備すぎなんじゃねーの?」
「は?」
「忍足なんかに迫られてんじゃねーよ。」
「いやいやいや、好きで迫られたわけじゃないし。」
「当たり前だ。」


すごく言葉がトゲトゲしい。
なんでこんな怒ってんのこいつ。
意味わかんないんだが。


「跡部、なんで怒ってんの?」
「怒ってねーよ。」
「怒ってんじゃん。」


一向にこっちを向かない跡部の顔を覗きこむと、
今までに見たことのないほど、
切なそうな顔をしていた。


「あ、と…べ…?」


視線を捉えられて。
なんだか目が離せなくて。


「…名前、」
「……っ…!!」


何が起こったのか、わからなかった。
目の前には、見たことないくらい近くに、跡部の顔がある。
唇に触れた感触。


―――キス、されてる。


思考が止まって。何も考えられなくて。

唇が離れて、至近距離で見つめられた。



私は、

跡部の前から逃げ出した。


跡部の声を背に、走って逃げた。




なんで、跡部がキスしてきたのかなんてわかんない。
どういうつもりなんだ。
心臓がドキドキと煩い。
走ったからなのか。
それとも。

私は、痛いくらいに鳴る心臓を抑え込むようにしゃがみ込んだ。



「…どこまで逃げんだよ、お前は。」


後ろから聞こえた声。

なんで追いかけてきたんだ。この人。
そりゃ、逃げたのは悪いと思うけど。けど。


「…なんで、」
「アーン?」
「なんで、キス…したの…」


声が少し震える。
なんなんだろ。この感覚は。感情は。

近付いてくる足音がする。
反射的にまた逃げだそうとした足。

しかし、逃げられなかった。

跡部に、手を掴まれ、引き寄せられたから。



「嫌だったのかよ。」
「いや、とか、そういう問題じゃ…」
「好きだから以外に、理由があるのか?」
「…っ…」
「好きな女以外にキスなんてしねーよ。
どんなに、他の女に好きだと言われても、
俺にはお前以外有り得ねーんだよ。」


跡部のぬくもりとか、声とか、心臓の音とか、
全てが、私の心臓を余計に締め付けてくる。


「名前、」


少し緩められた腕、顔を少し上げると、
真剣な表情で、跡部が見つめていた。



「好きだ。」



好きかどうかなんて、考えたこともなかったのに。
この人は、私に、好きだと言う。


私は、気持ちに答えられるの…?

私は、

跡部をどう思ってるの―――?




「でも…私、…っ…!」


混乱しきって頭がパンクしそうで、それでもなんとか伝えようとした言葉は遮られた。
また重なる唇。何度も。何度も。
深く重なっていく。



「ん…っ…!」
「お前はどう思ってるんだよ?」
「わかん、ないよ…!」
「よく考えりゃわかるだろ。
…早く答えねーと襲うぞ。」
「は?!…ちょ、待って…!!」


襲われるなんてたまったもんじゃない。
混乱してる脳内をフル回転させる。

一緒にいると楽しくて、話すのが心地よくて、
テニス見るのも嬉しくて、

それで、それで…?


「……っ……!!」



気付いてしまった。
私はもしかしたら、
跡部のことが好きなのかもしれないということに。

この感情はまるで、恋のようだということに。


「あ、あの…」


恐る恐る口を開く。
何度も唇を掠めるように、触れるか触れないかの距離にいた跡部は、ほんの少しだけ私から離れた。
まるで、表情を見るためだと言わんばかりに。


「その…はっきり言えるほどかどうか、わかんない、けど、
多分……多分、跡部のこと…好き。」
「………。」


跡部の顔を見上げると、少し不服そうな表情をしていた。
……なんだ。不満か。不満なのか。


「お前…そういうことははっきり言えよ、アーン?」
「いや、だから、あの…!」
「ったく……とんだ奴に惚れちまったぜ。
まぁ、その方が落としがいがあるがな。」


そう言って不敵に笑う跡部は、なんだか憎らしくて、胸の奥がぎゅってなったのは、言わないでおこうと思った。


「とにかくだ。」


私に額をくっつけて、また至近距離で見つめてくる。
顔に熱が集まってくることなんてお構いなしに。



「俺と付き合え、名前。
すぐに、俺様に夢中にさせてやるぜ?あーん?」


跡部はまた、いつもの俺様な表情で、口調で、
私に告白をする。

いつもと同じはずなのに、
なんだか今はすごく、
胸が苦しいんだ。


私は跡部の目を見つめたあと、

微かに、しかししっかりと、頷いた。


そしてまた、目を閉じる。



頷いたすぐ後に触れた跡部の唇を、

受け止めながら。







憎らしいその唇が、


愛しい。










「すげーすげーっ!」
「ん?どないしたんやジロー。
さっきまでおらんかったのに。えらい元気やなぁ。」
「さっきあとべと名前がちゅーしてたCー!!」
「「「…………………は?!!」」」


こんな会話がコートでされていたとか、いないとか?




fin.






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