「ひーよしー!」
いつも練習中の俺に向かって大きく手を振って駆け寄ってくるのは、
マネージャーの先輩。
「日吉お疲れー!」
マネージャーの苗字先輩は、休憩になると真っ先に俺に駆け寄ってきてタオルとドリンクを渡してくる。
もう毎日のことだ。
レギュラーとか準レギュラーとか関係なく、他の先輩方も後回しで俺の元に来るもんだから、最初は一部の先輩から文句を言われたこともあったが、
苗字先輩が自主的にやっていることだし、本人も断言していたので誰も何も言わなくなったし、いつものことだという認識に変わった。
何故真っ先に俺のところに来るのかなんて、理解は出来なかったが、特別理由を聞いたこともなかった。
そしていつものように苗字先輩は満面の笑みで俺にタオルとドリンクを渡してきた。
「…ありがとうございます。」
「今日調子よかったねー
フォームも安定してきたしね!」
「はい」
「あ、ねぇねぇ、あの…」
「おい名前!!」
苗字先輩が何かを話そうとした瞬間、コートから出てきた跡部さんの声が響いた。
苗字先輩は渋々といった感じで跡部さんに返事をする。
「日吉、また後でね!!」
そう言ってまた俺に笑顔を向けて、他の人のタオルとドリンクを持って走っていった。
苗字先輩が俺に対して好意を寄せているんじゃないか、
と、頭の片隅で考えたこともあったが、だからと言って何も思わなかったし、自意識過剰だと言われればそれまでだから、特に気にしていなかった。
いつも通り、真っ先に俺に駆け寄ってくる苗字先輩が、当たり前で、日常的なことだと思っていた。
今日も、いつものように練習をして、休憩のためにコートを出る。
しかし、
苗字先輩が来なかった。
いつもと違う違和感に、俺はもどかしさを感じた。
ふと、視界に苗字先輩の姿が映り、無意識に目を向ける。
どうやら鳳と話しているようだった。
自分のタオルで汗を拭いながら、何気なくその場を見つめてしまう。
苗字先輩の楽しそうな笑顔を遠目で見ることを、あまりしたことがなかったので、余計に違和感を感じた。
いつも近くで見ているはずの姿がすぐ側になく、少し離れたところにいる。
次第に俺は機嫌が悪くなっていた。
「あれ?
まだ名前、日吉のとこに来てねーの?
珍しいな。」
という、向日さんの言葉で我に返り、
自分が無意識の内に苗字先輩のことばかりを考えていたことに気づいた。
そんな自分に、自嘲気味な笑いがこぼれる。
向日さんに軽く返事をして、苗字先輩の方へ歩き出した。
苗字先輩と話していた鳳が俺に気づきこちらを向くと、それに気付いた苗字先輩も俺の方へ向いた。
「あ、日吉お疲れ!」
「お疲れ様。」
「あぁ。…苗字先輩、ちょっといいですか。」
「え?うん!じゃあまた後でね鳳くん。」
「はい。」
先に歩き出した俺の後を小走りでついて来る苗字先輩。
俺の横に並んだ苗字先輩は、俺の顔を覗き込むように見つめてきた。
「…なんですか。」
「ううん、なんか機嫌悪いのかなーと思って。」
「………。」
機嫌が、悪いんだろうか。
だが、モヤモヤとしているのは確かで。
今は誰もいない部室に入り、苗字先輩の方に向き直る。
「どうかした?」
「…鳳と、何を話してたんですか?」
「え?鳳くん?」
苗字先輩は不思議そうな表情をして首を傾けた。
「練習のことで相談したいことがあるって言われたから相談に乗ってただけだけど…」
「…………そう、ですか。」
酷く安心したかのような自分の感情に驚く。
こんな感情を抱いたのは初めてだった。
「苗字先輩、」
「ん?なに?」
いつもと違う感覚。味わったことのない感情。
混乱しているのか、麻痺しているのかわからない。
でも、この感覚に身を任せて、聞いてみたくなった。
「なんで、いつもすぐに俺のところに来るんですか?」
苗字先輩は、驚いたように目を見開いた。
そして、少し俯いたあと、また顔をあげて、俺を見る。
「なんでだと思う?」
質問を質問で返してくる苗字先輩の表情が、少しだけ、切なく見えた。
「……俺のこと、好きなんですか?」
自意識過剰とも思えるような俺の問いかけに、苗字先輩は少しだけ、切なそうに笑った。
「…………うん。そう。
私、日吉のこと、好き。」
苗字先輩が俺の目を見て、しっかりとそう言った後、急にその場にしゃがみ込んだ。
「苗字先輩…?」
「あー…ついに言ってしまったー…
ごめんね、迷惑だったよね。」
「苗字先輩、」
「ほんとは言うつもりなかったんだけどなぁ…
でもバレバレだよね。」
「…名前。」
「……!!」
いきなり名前を呼んだ俺のほうに、驚いたかのように顔を上げた。
「ひ、よし…?」
「…そんな顔、しないでくださいよ。」
「え?」
自分で気づいていないのか、今にも泣きそうな顔をしている先輩。
「なんでそんな、泣きそうな顔してるんですか。」
「だ、だって…」
「…迷惑なんですよ」
「…っ…ごめ、」
「いつもいつも、しつこいくらい俺のところに来るくせに今日は来ないし、いつもへらへら笑ってるくせにそんな泣きそうな顔するし、」
「ひ、よし…?」
「調子狂うんですよ。」
突き放すように言ってしまった言葉に、更に泣きそうな顔をした先輩だが、今では固まったように俺を見ている。
素直になれない自分が、もどかしい。
「いつもみたいに俺の所に走ってきて、へらへら笑っててくれなきゃ、困ります。」
「あ、の…それってどういう…」
「自分で考えてください。」
いつまでも素直になれない俺を見て、名前先輩は少し考えるように俯いた。
「……あの、自惚れたような考えしか、浮かんでこないんだけど…」
「じゃあ、そういうことなんじゃないですか?」
「で、でも、そんな感じ全くしないし、自信ないし、ただの私の願望、だし、」
自信がないようにどんどん声が小さくなっていき俯く先輩。
少しだけ体を屈めて、俯いた名前先輩の顔を覗き込むように接近し、唇を重ねた。
「―――…っ!!」
顔を真っ赤にしてあたふたする先輩。
「好きです。」
そう言葉にした瞬間、
顔を隠すかのように俺に抱きついてきた先輩が、
愛しくてしょうがなくて、
抱きしめた。
やっと気付いた
知らない間に、こんなにも、
貴方のことを好きになっていた。
fin.
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