恋をしてはいけない人に

恋をした。




私には好きな人がいる。
親くらい離れた年齢、教師。私はその学校の生徒。
普通に考えたら、これはいけない恋。
恋してはならない人に恋をしてしまったのだ。
しかしこういう感情は抑えられるものではなく、どんどん気持ちが溢れていく。
先生に少しでも好かれたくて積極的に挨拶をしたり、雑務のお手伝いをしたり。
たとえ報われないとしても、何もしないなんてできないのだ。
しかし先生は何も変わらずに対応してくる。
それが余計に虚しい。
授業も耳に入らず、窓の外に視線をやって、こっそり溜め息を吐いた。



「何シケた面してやがる。」
「は…?跡部?」

いつの間にか授業が終わり休み時間、教室ががやがやとしだした時、同じクラスで生徒会長の跡部が声をかけてきたのだ。

「俺様が悩みでも聞いてやろうか?アーン?」
「いや、結構です。」
「はっ!じゃあそのシケた面やめるんだな。
…じゃなきゃ調子狂うだろうが。」
「…もしかして心配してくれてるの?」
「言ってろ。」

そこそこ仲がよく、といっても軽く話す程度なのだが、他に跡部と仲のいい女子っていうのを見たことがないので、もしかしたら珍しいのかもしれない。
なんだかんだで優しくて心配してくれる彼には、少し助けられている。

「ありがと」

その声が聞こえたか否か、跡部が少し笑った気がした。




次は音楽の授業。榊先生―――私が恋している先生の授業。
他のどの授業よりも楽しみで、ドキドキして、先生の姿が見れるだけでも幸せな気分なのだ。

友人は用事があると言って先に行ってしまったので、1人で教室移動をしようと廊下へ出た。

数人の女子が廊下で屯っていて、通りづらいなと思いながらも横を通り抜けようとした瞬間、突然腕を掴まれた。

「えっ」
「アンタ苗字名前?」
「は…はい…?」
「ちょっとこっち来て。」

見ず知らずの女子達に何故か連行される私。
なんで。早く音楽室行きたいんだけど。
どこに連れて行かれるのだか、と思っていると、なんとも定番な裏庭に連れて来られた。
待て待て。つまりこれはあれか、私が彼女達の気に障るようなことをしたってことか。
しかし全く身に覚えがなく、恐る恐る顔を上げると、彼女達は般若のような顔をしていて、女子こえーって心の中で叫んだ。

「アンタ自分が何したかわかってんの?」
「い…いえ…」
「アンタ馬鹿なの?」
「いや馬鹿と言われましてもなんのことかさっぱり…」
「私達の跡部様に近付かないでって言ってんの。」
「……は?跡部?」
「気安く呼び捨てにするんじゃないわよ!」
「……っ!」

突然頬に痛みが走り、一瞬何がなんだかわからなかったが、目の前の女子に平手打ちされたんだということがわかった。
というか跡部様って…近付くも何も、私は何もしていない。

「っ、あの、誤解だと思うんですけど、私何もしてな…」
「うるさいのよ!」

今度は違う女子に叩かれる。
何故私は見ず知らずの女子達に叩かれねばならないのだろう。跡部のせいなら恨むぞ。…冗談だけど。
か弱く、やめてください、なんて言える性格をしてない私はそう何度も何度も叩かれて我慢出来るはずもなく、怒りで声を上げそうになった。

「あんたらねぇ…」

「そこで何をしている」


突然響いた、女子の声ではない、低く響くテノール。
それは私の、大好きな人の声―――


「榊、先生…?」
「もうすぐ授業が始まる。早く教室へ行きなさい。」
「「は、はい…!」」

彼女達が尻尾を巻いたようにそそくさと校舎へ走り去り、私1人取り残された。
気がつくと目の前へ先生が歩いてきていて、心臓がぎゅっと締め付けられる感覚がした。

「あ、あの…」
「苗字、お前は医務室へ行きなさい。」
「え、で、でも…!」
「その顔で授業に出るのか?」

そう言った先生の綺麗な指がそっと私の頬に触れた。
心臓が煩い。

「医務室へ行き、頬を冷やし、腫れが引いてから授業へ参加しなさい。」
「でも、先生の授業が…」
「今日は発表もないので、気にする必要はない。」
「でも…」

先生の授業には出来るだけ参加したい。
数少ない授業だし、先生のピアノを弾いている姿を見るのが好きなのだ。

「…そんなに心配なのであれば、放課後、音楽室へ来なさい。」
「え…?」
「今日の授業のこと説明をしよう。それなら構わないか?」

そう言ってくれる先生の言葉が嬉しくて、少し泣きそうになりながら何度も頷いた。
榊先生名物(?)の「いってよし」を聞けてテンションが上がった私は、大人しく医務室へ行き、頬の腫れが引くのを待った。




授業が終わり教室へ戻ると、友人が心配そうに声をかけてきたので、大丈夫と笑顔を浮かべた。
跡部にも声をかけられたので、同じように答えたが、跡部にはなんでも見透かされているような気がした。でもあのことを知られたくなかったので、適当に誤魔化しておいた。



放課後。
私は逸る気持ちを抑えて1人、音楽室へ向かった。

「失礼します…」
「ああ、入りたまえ。」
「は、はい。」

放課後の、誰もいない音楽室。いるのは私と先生だけ。
こんなにドキドキしているのは私だけだろうけれども、胸が高鳴ってしかたない。

「授業の前に…」
「はい…?」
「お前は、跡部と交際しているのか?」
「……へっ?」

突然の質問に動揺を隠せない。
なんでそんな話になったんだ。

「先程の彼女達は、跡部のファンの者達であろう。」
「あー…」
「跡部は自分に関することはきっちりと解決する男だ。
問題はないと思うが…これからも交際を続けるのであれば、それなりの覚悟がいるだろう。」
「え、いや、あの…」

どんどん進んでいく話についていけず戸惑う。
なんだか私と跡部が付き合ってる話で進んでるけど、全くもってそんなことはないし、第一私が好きなのは…

「あ、あの、待ってください!」
「どうした」
「その、先生の誤解です。
私と跡部…君は、付き合っていません。」
「…そうか。」
「はい、それに私が好きなのはせ…」

あれ。私、何を口走りそうになってるんだ…?
今無意識に、思わず、本人を目の前に言ってしまいそうになったんだが。
先生と目が合ってしまい、なんだか気まずい。
しかしここで止めてしまうのも不自然な気もする。
そしてなにより、ただ黙って私を見てくれている先生を見ていると、つい、告げてしまいたくなったんだ。

「せ、んせい…が、
榊先生が、好きです。」

一度口にしてしまうと、なんだかすっきりしたものの、どんどん心臓が高鳴って破裂してしまいそうになってきた。
ほんの少し驚いたような顔をした先生がゆっくりと口を開く。

「…気持ちはありがたいが、しかし、私は教師だ。」
「わかって、ます…」

そう。痛いくらいわかっている。
だから、告げるつもりはなかったのだ。

「わかって、るんですけど…」

止まらない。想いが溢れて、こぼれ落ちていく。

「好きで、大好きで、想いが止まらないんです。」

想いと一緒にこぼれ落ちる涙。
泣きたくなんてないのに。
めんどくさいと思われたくないのに。
それでも涙が止まらなくて、想いが止まらなくて。

俯く私の肩に先生の手が触れる。
驚いて顔を上げると、先生の指が私の涙を拭った。

「想いが止まらない…か。」
「せん、せ…?」
「大人気ないが、私も、気持ちを止めないでいたくなる。」
「え…?」
「私も、お前が好きだ。苗字。」
「…え…っ」

思いもよらない言葉に、頭がついていかなくて固まる私に、榊先生はただ言葉を続けた。

「お前の一生懸命な姿、素直さ、明るい笑顔に、いつの間にか惹かれていた。教師としては失格なのだが、私も教師である前に、一人の男なのだということを思い知った。」
「せ、せんせ…」
「なんだ」
「ほ、ホントですか…?」
「ああ…本当だ。」


そう言った先生の唇が私の唇に触れた。
顔が熱くて恥ずかしくて下を向くと、先生に抱き寄せられた。
心臓が痛いです。

「これからは、私がお前を守ると誓おう。」
「は…はい」
「愛している、名前。」
「わ、私も、です…!」
「それでは……授業を始めよう。」


これから始まる甘い授業の予感に、胸の高鳴りが治まらない。



放課後、秘密の授業。


それは、私と先生の、秘密の関係の始まり。






fin.






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