「俺の女になれ」


なんて言われたのは昨日の話。
同じクラスの跡部君は、この氷帝学園の生徒会長でありテニス部の部長である、俺様なことで有名なお坊ちゃまだ。
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群と、女の子達から大人気の彼が、何故か私に告白らしきものをしてきたのだ。
ものすごく仲がいいとかそんなことはない。ただのクラスメイト。だからあまりの驚きにただ一言「すみませんでした」という何に対して謝っているのかわからない言葉を告げて走って逃げた。

そして次の日の今日、いつも通り登校したのだが、なんせ同じクラスだから必ず顔を合わせることになる。複雑な心境だったのだが、跡部君が昨日のことを気にしていないように普通に話しかけてくれたので少しほっとした。
席が隣だから、気まずい状態だと居心地が悪いのだ。
なかったことにはできないのかもしれないけれど、正直、私と跡部くんが、なんて想像全くできない。
そもそも次元が違うと思う。
それに、あれはただからかわれただけかもしれないし。


「おい、」
「…え、あ、はい!!!」

突然横から聞こえてきた声にはっとして反射的に返事をして、振り返ると、跡部くんが呆れたようにこちらを向いていた。
あれ、なんで声をかけられたんだろう?

「苗字さん、声が大きいのはよくわかりましたから、この問を答えてくれませんか?」
「え…?!」

別の声に名前を呼ばれて振り返ると、先生が苦笑いしていた。悶々と考え過ぎてすっかり忘れかけていたが、今は授業中だった。黒板にはずらっと数式が並んでいる。
ぼーっとしてあまり話を聞いていなかった上にクラス中の視線を集めてしまい、すごく焦る。
そもそも数学は苦手なのだけど、動揺してしまってるから余計にさっぱりわからない。

「え、えっと…」

頭が真っ白になっていると、ふと隣からため息が聞こえた。

「先生、」
「どうしました?跡部さん。」
「苗字さんが体調が優れないようなので、医務室まで連れて行きます。」
「あら、そうだったの?わかりました。なら保健委員の方…」
「いえ、大丈夫です。俺が連れて行きます。」
「そう?なら、お願いするわね。」
「はい。」

訳が分からないまま跡部くんに肩を抱かれながら教室から連れ出される。
後ろから女子達がざわざわとしているのが聞こえた。
これ絶対後が怖いやつだ…
そんなことを思いながらも、自分が何故跡部くんに連れ出されたのかさっぱりわからなかった。
別に体調は悪くない。健康体だ。確かにぼーっとはしていたけれども。
そこでふと気づいて顔を上げた。こっちは医務室の方向ではない。

「どこ行くの?跡部くん」
「あーん?なんだお前、ほんとに体調悪いのか?」
「いや…悪くないけど…」
「なら医務室に行く必要ねぇだろ。」
「え、じゃあなんで…」
「ちょっと付き合え。」
「ええ?」





されるがままに連れてこられた生徒会室。
生徒会でもなんでもない私が入っていいのかって思うけど、この目の前にいる生徒会長様が連れて来たんだからいいんだろうか?
というか、先生に見つかりでもしたらいくら跡部くんでも怒られるんじゃないの…?

「生徒会長様が、授業サボっちゃっていいの?」
「ふっ…たまにはこういうのも悪くねぇかもな。」
「ふーん。跡部くんもこんなことするんだね。」
「言っとくが、初めてだぜ?」
「えっ」
「だから、責任取ってもらわねぇとな?」

そう言った跡部くんは私をふわふわのソファに座らせ、隣に座って至近距離に迫ってきた。

「えっ、え?」
「昨日のこと、考えてたのか?」
「…っ…!」

バレてる。そんなに私は分かりやすいだろうか。

「お前の考えてることなんて、丸分かりだぜ?」
「なに、それ…」

顔が、近い。何もかも見透かしていそうな綺麗なアイスブルーの瞳が、私を捕らえて離さない。
逃げ場がなくてキョドる私を見て、跡部くんは面白そうに笑った。

「まさか、すみませんでしたって返されるとは思わなかったがな。」
「いや、あの、それは…!」
「ほんと、面白いやつだな、お前は。」
「…うう…」

恥ずかしすぎる。この状況が。
すると跡部くんが私の頭に触れ、髪をなぞるように辿り、髪を掬い、唇を落とす。
その仕草が妙に色っぽくて、恥ずかしさが頂点に達した。
顔が火照って仕方ない。

「名前、」
「は、はい…!」

ふっと笑って、手を私の頬に添える。
私の顔が熱いからか、跡部くんの手が少しひんやりとして気持ちがいい。

「お前が、今は俺のことをなんとも思っていないとしても、必ずお前は、俺を好きになる。」
「な、ん…で…?」
「俺様が初めて本気で惚れた女だからな。」
「な…っ」

答えになってない。どこから湧いてくる自信なんだ。
そう思う気持ちと反比例して、私の顔はどんどん火照ってくる。

「俺と付き合え。満足させてやるぜ?」
「で、でも…」
「アーン?」
「からかわれてる、だけかもしれない、し、その…」
「お前、さっきの聞いてなかったのか?」
「え…っ」
「それとも、もう一回言わせたいのか?」

意地悪そうに笑った跡部くんは、私の顎を軽く掴んで、親指で唇をなぞるように触れる。

「俺は、名前が好きだ。」
「…っ…、」
「初めて本気で惚れたって言ったろうが。」
「だ、って…」
「信じられねぇか?」

信じられないとか、そういうことなのかもわからないし、この後何が起こるか、少しは想像出来たはずなのに、私は無意識に、頷いていた。
優しくふっと笑った跡部くんの顔が近付く。
顎を少し持ち上げられ、跡部くんの唇がそっと重なる。
何度か啄まれるように重なった唇がゆっくりと離れていく。
何故だかわからないけれど、目の奥が熱くなって、視界が滲んだ。

「何泣いてやがる。」
「わかん、な…っ」

また触れた唇。
瞼、頬、唇へと辿る跡部くんの唇があまりにも優しいから。
堪らずに跡部くんのシャツをそっと握ると、それが合図とでもいうように、体がそっと倒され、重なっていた唇が深くなっていく。
私は既に、跡部くんをなんとも思ってないことなんてない。
まだ芽生えたばかりかもしれないけれど、愛しそうな眼差しを向けてくる彼が、こんなにも愛しく思える。


私はこれから、彼にどんどん溺れていくんだろう。




初、恋。




彼の、初めて本気の恋愛とやらに、私も本気の恋の予感。





fin.



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