あまり身長の高くない私。
もっと背が高くなりたくて、跳んでみたり背伸びしてみたりしたけれど、そう簡単に伸びるものではないらしい。
けれど、これはこれできっといいところもあるだろうと、ポジティブに考えている。まぁつまり、暢気なのだ。
「……マジか。」
こんなことってあるのか。風に飛ばされた数学のプリントが木に引っかかるなんて。
提出日に持ってくるのを忘れて出すのが遅れてしまったプリントを、職員室に持って行こうとしただけなのに。
渡り廊下を通っているときに突風が吹き、しっかりと持ってなかったプリントが綺麗に飛ばされてしまったのだ。
さっきまで木の枝の所で、風に吹かれてはたはたとしていたプリントも、風が止んだので落ちて来てくれると踏んで木の下で見上げていたが、一向に落ちて来ない。…引っかかってしまったのだろうか。
そんなに高い場所に引っかかったわけでもないが、取ろうにもこれは背伸び程度では届かないし、ジャンプしてみたけど微妙に届かない。
せっかくやったプリントを諦めるわけにもいかないが、何よりこのままでは授業に遅刻してしまう。
この歳になって木登りすることになるとは思わなかったが登るしかない。
腕まくりをして、いざ木に登ろうとした、その時。
後ろから突然現れた大きな影が、私のプリントをひょいっと取ったのだ。
「えっ」
見上げると、それはよく見知った顔。
むしろ私が恋焦がれている相手、千歳くんだった。
突然好きな人が現れたことに驚きと動揺で私の脳内はフリーズした。
「ん。」
「……………へっ?」
「プリント。これやなかね?」
「あ、そう、そうやねん。ありがとう千歳くん。」
「今日はたいが風の強かけん、気ぃつけなっせ。」
「う、うん。気をつけます。助かった。」
動揺を必死で抑えようとしている私に反し、千歳くんはいつもの調子でのんびりとしている。
背が高くてテニスが上手くて優しくてかっこいいのに、方言がたまらなく可愛いというギャップとか、何を考えているのかわからないミステリアスな感じとか、とにかく千歳くんが好き。
なんて本人を前に思い出してしまったらどんどん顔が熱くなっていき、焦って私は少し俯いた。
「ん…?」
ぽん、と私の頭に乗せられたその大きな手は紛れもなく千歳くんのもので、今、何故頭を撫でられているのか全くわからない。
「ち、千歳くん…?」
「小さかー」
「えっ?」
そ、そりゃ確かに千歳くんに比べたらかなり小さいとは思うけど。
「あ、あの…」
キーンコーンカーンコーン…
私の言葉を遮るように鳴ったチャイムの音。
「お。予鈴たい。」
「はっ!し、しまった…!!」
プリントを出しに行かねばなのに…!!
もういっそ後にしてしまおうか等と考えていると、千歳くんが教室とは違う方向に向かおうとしているのが見えた。
「あ、あれ?千歳くんどこいくん?」
「んー、気の向くままに。」
「授業始まるで?」
「お前さん真面目かー」
「そう?」
「なぁ、一緒にサボらんね?」
「…え?」
今まで授業サボったことなんてなかったし、サボろうって思ってもなかったけど、千歳くんのふわっとした笑顔とその差し出された大きな手。この誘いがなんとも魅力的で、私はその手を取った。
ふらふらと歩く千歳くんに手を握られたまま校内を歩いた。授業中だから当たり前だけど静かで、千歳くんといるからかすごくのんびりとしている。会話は多くはないけれど、たわいもない話をしながらのぷち散歩はすごく楽しい。
繋がれた大きな手から伝わる体温に、胸がぎゅっと締め付けられる感覚とぽかぽかした優しい感覚が合わさって、なんだか心地よかった。
あまり使われていない校舎の裏側。
小さな庭があって、ほどよい日差しと木陰が差していて、すごくいい場所。今までこんなところがあるなんて知らなかった。
「こんな場所あったんやね。」
「お気に入りの場所ばい。」
そう言って千歳くんは、木にもたれ掛かるようにして座り込んだ。私もそれに習って隣に座る。
強かった風も少し止んで、ほんとに居心地がいい。
たまにはサボるのもいいかもしれない、なんて思ってしまったのはきっと千歳くんのせいだろう、なんて。
そんなことを思いながら、目を閉じて、隣にいる千歳くんの気配と自然を体で感じた。
ふと目を開けて、隣を向くと、千歳くんとばっちり目が合った。
驚いて固まった私とは裏腹に千歳くんは私の方を見ていた。
「ち、千歳くん…?」
「むぞかねー。」
「むぞ…?」
「あー、かわいかーって意味ばい。」
「…えっ」
「…実はさっき、苗字さんがこんプリント取ろうとしちょる時も、ぴょんぴょんしちょってむぞかーって思っとったばい。」
「えっ、あの、その…」
恥ずかしすぎる…!!
あたふたする私を見て、千歳くんはふわっと笑った。
恥ずかしすぎて死にそうだけど、千歳くんのこの笑顔が見れるなら得したかもしれない、なんて思う私は相当単純かもしれない。
「そういえば、誘っちょって言うんもあればってん、苗字さんサボってよかったとね?」
「うん。たまにはええやろー。楽しかったし!」
「んならよかばい。」
「千歳くんは、なんで誘ってくれたん?」
「そら、あれたい。苗字さんと一緒におりたかったけん誘ったばい。」
「え…っ」
千歳くんが、私と一緒に…?
心臓が煩いくらいに高鳴って、顔が熱くなってくる。
深い意味はないのかもしれない、けど、そんなことを言われたら期待してしまう。
「あの…どういう、意味…?」
力を振り絞って口を開くと、声が震えた。顔はきっと赤いだろう。なんだか泣きそうになってきた。
千歳くんを見ると、なんだか少し困ったような、それでも優しい、そんな目をしていた。
「そげん顔、せんで。」
「どういう……っ…!」
気がつけば、千歳くんの腕の中にいた。
「ち、とせ…く…」
「…好きたい。」
「……っ…!」
「苗字さんこつ、好きたい。
俺と、付き合うてくれんね?」
耳元で囁くように、それでもしっかりと告げられた言葉に、全身に熱が走るような感覚がした。
けど、煩いほどに鳴っている心臓の音は、私だけのものじゃないようで。
大きな背中に精一杯手を伸ばして抱きしめ返すと、更に強く抱きしめ返してくれる千歳くんが、愛しいと思った。
「返事ば、聞かせてくれんと?」
「………私も、千歳くんのこと、好き。」
震える声を抑えるように、伝わるように答えると、千歳くんが安堵したように息を吐いた。
「千歳くん…?」
「…かっこ悪か話ばってん、たいが緊張しとったばい。
…安心したと。」
そう言って千歳くんは、もう一度ぎゅっと抱きしめ、頭を撫でてくれた。
「ほんなこつ、むぞらしかー。」
「そ、そう…?」
「そげんちんまいところも、好いとぉ。」
「っ…わ、私は、千歳くんの大きいとこも…好き。」
「ハハ、嬉しかー。」
そう言って少しだけ離れた千歳くんは、またふわりと笑って、
私にキスをした。
小さくて大きな恋。
初めて自分の小ささに感謝した日。
fin.