授業後に質問があるからと
自室へやってきた少女。

「先生、」

目の前にいる彼女は、
ただ、授業を教えているというだけの、

ただの、生徒。



「先生は、人狼なんですか?」



この時までは―――






「どうして、そう思ったんだい?」

極力悟られないように、冷静さを保って彼女に答える。
彼女は真剣な眼差しのまま、ただ僕を見つめている。


「満月の夜、先生を絶対に見かけないし、スネイプ先生がよくルーピン先生の所に来ているのを見て…もしかしたら、って思って。」

この少女は、ただそれだけでそこまでの考えに至ったのか。
感がいいのかなんなのか。


「あ、あの!」

ほんの少しの間停止してしまっていたのか、その様子に少し慌てたように、彼女は口を開いた。

「私、誰かに告げ口しようとか、そういうつもりじゃなくて。
その…もしそうでも、誰にも、誓って誰にも話したりはしません!
ただ、先生のことが知りたかっただけで…」


驚いて、ほんの少し目を見開いた。
自分のことを知りたいと言ってきた彼女。
恐らく好意なのだろうが、どういった意味の好意なのかはわからない。
ただ不思議と、真剣に見つめ、問いてくる彼女に、
素直に話してみたくなったのだ。


「そう、君の言う通りだよ。

僕は―――人狼だ。」









彼女――――名前・苗字は、その後も変わらず、いや、それ以上に僕の所に来るようになった。
ほぼ毎日、こっそりと一人で自室にやってくる彼女に、呆れ半分、嬉しさ半分だった。
何故嬉しいと思ったかは、自分でもわからないが。

授業のことや、世間話など、なんてことのない話をした。
人狼だと知ってもなお、親しく接してくる彼女に、少しずつ心を開いていっている自分がいた。


「ねぇ、リーマスは、」
「こーら。先生と生徒なんだから、名前で呼ばない。」
「………はーい。……ルーピン先生、」
「なんだい?」
「先生は、私のことを―――どう思ってますか?」
「え?」

自分でも驚くくらいに、間抜けな声だったと思う。
それくらい唐突で驚いた。


「………やっぱり、なんでもないです!
今日は帰りますね。ありがとうございました!」


そう言って、名前はまるで嵐のように部屋から出ていった。

彼女をどう思っているか――――?

いい生徒だと思う。
成績優秀、とまではいかないが、勉強熱心だ。
自分が人狼だと知ってもなお、偏見を持たず、ありのままで接してくれる。

それで――――――それで?


それでなんだと言うのだ。


微かに感じたこの感情の答えに、
気づかないフリをした。


それから数日、彼女が自室に通うことはなくなった。


それでも、授業の時は今まで通りだし、すれ違っても変わらぬ笑顔で挨拶をしてくる。


ただ、部屋に来なくなったというだけで。


そんなある日。

授業が全て終わったら脱狼薬を取りに来い、とセブルスに言われていたので、地下に向かって歩いていると、自分がこれから向かおうとしている先から走ってくる、見覚えのある少女――――名前だ。


驚いて立ち止まり彼女を見ると、
目にいっぱい、溢れそうなほどの涙を浮かべていた。

何故?

その姿を見て、胸騒ぎがした。


「リ……っ……ルーピン、先生…」
「…どうしたんだい?こんなところで。」
「いえ、あの…なんでもないんです!
その…失礼します!」


そう言って、また彼女は走り去っていった。
涙を拭いながら。


追いかけようか、と、ふと頭を過ぎった。
だが、自分が追いかけてどうするのだと思い、踏み止まった。

追いかけて、何が出来る?

僕には―――何も出来ないだろう。


少し気持ちを落ち着かせてセブルスの部屋の前へ行き、ノックをした。
ほんの少しの物音が聞こえ、ゆっくりと扉が開くと、不機嫌そうな表情が現れた。

「やぁ、セブルス。」
「………入りたまえ。」

いつにも増して不機嫌極まりない表情をしている。
先程の――――名前のことと、何か関係があるのだろうか?


「薬はこれだ。用が終わったら早々に帰りたまえ。
我輩は忙しいのでな。」
「ありがとう。
……さっき、名前・苗字が来ていた…よね?
すぐそこですれ違ったんだ。」
「それが何かな?
勝手に押しかけられただけだが。」
「…………彼女、泣いてたみたいだけど…何かあった?」


先程から気になっていた胸の内を、遠まわしに口にする。
ふっと、鼻で笑ったかのようにセブルスは微かに口元を歪ませた。


「身の程を知らないお嬢さんが、その薬の作り方を知りたいと言ってきたから、貴様には到底無理だと言っただけだ。」
「…その、薬…?」


セブルスの視線が、ほんの一瞬こちらに向けられた。

この、手に持っている―――『脱狼薬』に。


「――――っ…!!
…ありがとう、セブルス。」


セブルスの不機嫌そうな声を背に、部屋を飛び出した。

彼女の―――名前の姿を探して







どこだ。どこにいる?
寮には戻っていないようだった。
他に行く場所…?


気がつくと、自室の近くまでやってきていた。
まさか、と思った。
しかし、足は自室に向かって進んでいく。



自室より少し手前。
廊下の隅で、ローブにくるまり、蹲るようにしゃがみ込んだ人影。
見知った姿を見つけ、安堵した。
その人影に…名前に向かって歩いていく。
足音に気付いたのか、彼女はゆっくりと顔を上げた。


「ルーピン、先生…?」
「……ここは寒いだろう。おいで。
ホットミルクでも入れよう。」

差し出した手を見つめた名前は、少し微笑み、ゆっくりと手を取った。




名前が自室に来るのは、少し久しぶりだ。

彼女をソファに促し、毛布を渡して、ホットミルクを入れる。
しばらくすると、温まってきたようで、少し顔色もよくなってきた。


「どうして、あんなところで座っていたんだい?」
「どうして…なんでしょう…?
気づいたらあそこにいて。」

力なく、柔らかく笑う彼女を、ただ見つめていた。


「じゃあどうして……この薬を、作ろうとしたんだい?」


先程セブルスから受け取った薬を手に尋ねると、
名前は驚いたような顔をした。

「スネイプ先生に、聞いたんですか…?」
「少しだけ…ね。薬を作りたいって言ってきたって。」
「そう、ですか。」


そう言ってまた、彼女は微かに、辛そうに笑った。

「………私、」


少しの間の後、名前はゆっくりと口を開いた。


「先生の力に、なりたかったんです。」


そう告げる彼女の目は、あの時と同じ、真剣な目だった。


「…先生のこと、もっと知りたくて、人狼のこと…調べたんです。
その内に、どんどん力になりたいと思うようになって…。
スネイプ先生が脱狼薬を作ってるのは知っていたけど、私にも出来ないだろうかって、そう…思ったんです。」


名前はまたうっすらとその大きな目に涙を浮かべながら、ぽつりぽつりと話してくれた。
ここ数日、彼女がここを訪れなかったのはきっと、人狼について調べるために図書室にこもっていたからだろう。
その答えに、胸が満たされるような、締め付けられるような、そんな感情に襲われた。


「でも、貴様には無理だ。って言われてしまって…。
情けない話ですよね。確かに、魔法薬学の成績そんなによくないし。
そう言われるのは、当然と言えば当然なんですけど、」
「どうして、」
「え…?」
「どうして、僕のために、そこまでしてくれようと思ったんだい?
ただの―――教師だろう?」


自分で発した言葉に、嫌気が差した。

"ただの教師"

知らないフリを続けていたこの感情は、

"ただの生徒"という概念から、

とっくに外れていたというのに。


「…私、先生のことを、ただの教師だなんて思ってません。」


息が詰まる感覚。
彼女のこの真剣な目で見つめられると、どうしようもない感情が蠢く。


「ルーピン先生は、私にとって…特別な…………っ…!」


無意識のうちに、 名前を抱きしめていた。

言葉を遮られた上に突然抱きしめられた彼女は、固まっていたようだが、状況を理解したのか、震える手を僕の背中に回した。

「…っ…先、生…?」
「全く…君には敵わないよ。」
「え?」
「僕は君の教師で、そして―――人狼だ。
近づいてはいけない。これ以上は、って。
そんな考えをことごとく、君は台無しにしてくる。
気がつけば、君のことばかり考えていたんだ。」
「………っ…!!」


抱きしめる腕を緩めて、彼女の顔を見た。
額をくっつけて見つめると、涙を浮かべながら顔を赤くして僕を見つめ返す。

愛しさが、溢れた。


「僕で……いいのかい?
君を、傷つけてしまうかもしれない。
幸せにしてあげることができないかもしれないよ?」

「私、は…先生が、いいんです…!
先生じゃないと、ダメなの…!
先生が辛いときは、私が側にいる。
貴方の、力になりたい…!」


大きな目から溢れた涙に、唇を寄せた。


「…リ…っ、…せんせ…い、」
「もう言い直さなくていい。
前言ったこと、撤回するよ。
リーマスでいい。…2人の時は、ね?
だから、僕の名を…呼んで?名前。」
「リー、マス……っ」


僕の名前を呼ぶ唇に、唇を重ねた。



「君を――――愛してる。」



そう告げると、彼女は目を見開き、また涙を零した。

はにかむように、笑って――――――





Midnight Oath




溢れる愛しさに身を任せて、君に何度も口付けよう。

何度も、愛を囁こう。

この幸せが、続くようにと。




fin.