幼馴染みのツナ君の前に現れた、兄弟子だというディーノというイタリア人。
マフィアのボスだという割りには、そうは見えないお人好しな人。
でも、部下を誰よりも大切にしていて、強くてカッコよくて、何故か部下がいないとへなちょこな、究極のボス体質な人。


私はそんな彼に、恋をした。





「名前ちゃん…?」
「え?」
「どうしたの?ぼーっとして。」
「あ…う、ううん、なんでもないよツナ君!」


幼馴染みのツナ君とは家が近所で学校も同じなので、時々一緒に登下校することがある。
放課後、ツナ君と帰るタイミングが合ったので、今日はこうして一緒に帰っている。

最近の私はどうもおかしい。
気がつくとずっと、彼のことを―――ディーノさんのことを考えてしまっている。
今もそうだ。ツナ君といるから余計なのかもしれないけれど、彼のことが頭から離れない。


「あの、さ、」
「ん?」
「…ディーノ、さん、どうしてる…かな。」
「え、ディーノさん?」

ツナ君は突然出てきた名前に驚いたようで目をパチクリしている。

「どう…かな…最近は来てないけど。」
「…そっか。」
「名前ちゃんってさ、その、ディーノさんのこと…」

少し言いづらそうに口を開くツナ君。
ツナ君にはこの気持ちはバレてしまっているようだ。

「うん…好き、なの。」
「そっか。」
「うん。」


一人で抱え込んでいたこの感情は、口にした途端、自分の中にすんなり入り込んできて、やっぱり好きなんだということを再認識する。
数回しか会ったことのない、しかも年上のイタリア人。そんな彼に恋をするなんて、思いもしなかった。

「ありがとう、ツナ君。」
「え、オレは何もしてないけど…」
「ううん。聞いてくれて、ありがと!」
「…うん。」

そう言って少し照れたように笑うツナ君。
本当にツナ君は優しい。自慢の幼馴染みだ。


「よう、ツナ、名前。」

後ろから突然聞こえた声。聞き覚えのありすぎるこの声は、今の今までずっと考えていた彼の声で。

「ディーノさん!」
「っ…!」

振り返った瞬間目に入った、私の想い人。
涙腺が緩みそうになるのを堪えて、普通に振舞う。

「久しぶりだな。学校帰りか?」
「はい。ディーノさんは?」
「オレか?オレはちょっと野暮用でな。ついでにツナのとこに行こうとしたら二人が見えたから声かけたんだ。」
「そうなんですか。」
「…ん?名前、どうかしたか?」
「…いや、なんでもないですよ。
お久しぶりです、ディーノさん。」

平常心を装って笑みを作る。するとディーノさんも笑みを返してきて、その笑顔に胸が苦しくなる。
本当に、重症かもしれない、と、内心苦笑いをした。




私も一緒にツナの家へ行くことになり、部屋へ入る。先に家へ帰っていたリボーンちゃんが机の上に座っていた。


「こっちへ来てたのかディーノ。」
「ああ、あんま長くはいれねーんだがな。」
「そうか。名前、膝を貸せ。オレは眠い。」
「あ、うん。」
「んだよ、せっかく来たのに寝るのかよ。」


呆れたような顔をしたディーノさん。
私が座ると、リボーンちゃんは私の膝の上に寝転び眠りだした。彼も本当に変わった赤ちゃんだなと常々思う。こんな幼いのに殺し屋でツナ君の家庭教師らしい。前はディーノさんの家庭教師もしていたという話も聞いた。だからディーノさんはツナ君の兄弟子なんだと。


「ったくしょうがねーな、リボーンのやつ。」
「名前ちゃんごめんね!リボーンが迷惑かけて!」
「ううん、迷惑じゃないし、大丈夫だよ。」
「あ、オレ飲み物取ってくるね!」
「え?あ、うん。」

そう言ってツナ君は下へ降りていった。
部屋にはディーノさんと私と、膝で眠っているリボーンちゃんしかいない。
ディーノさんの部下の人達は部屋の外にいるみたいだ。
2人きりではないけれど、なんだかこの状況にそわそわする。


「名前は、」
「えっ」


突然声をかけられて動揺したが、平常心。平常心。と心の中で唱えながらディーノさんの方へ向く。


「ツナのことが好きなのか?」
「……………えっ?」


予想も出来なかった質問に思考が止まる。
私がツナ君を好き?いや、好きと言えば好きだが、それは幼馴染みとしてであって。

「あの……」
「あ、悪ぃ、さっき声かけようとしたときちらっと聞いちまってよ、その…好きって言ってるのを。」
「私が…?」

ツナ君に好きなんて言った覚えはないのだが…
記憶を遡ると、確かにツナ君と話してる時に好きという言葉を発したことを思い出した。
しかしそれはディーノさんの話をしている時であって、ツナ君を好きだと言う風には言ってない。
もしかしたら、好きだと言っているところだけ聞き取ってしまったのだろうか。

「あの、それはちが…」
「ツナはいい奴だし、幸せにしてくれると思うぜ?」

そう言ってディーノさんが笑うから、胸が苦しくて涙が出そうになる。堪えようとしても溢れてきてしまった涙が、リボーンちゃんへと落ちてしまった。

「…っ、」
「名前…?」
「ごめ、ごめんなさい…」


私の様子にディーノさんは心配そうに顔を覗き込もうとしてきたが、反射的に顔をそらした。

私の涙で起きてしまったのだろうリボーンちゃんは、起き上がるのと同時に何故かディーノさんを突き飛ばした。

「ってぇ…なんだよリボーン!」
「名前、」

起き上がったリボーンちゃんが私の頬に手を触れ覗き込んでくる。私は止まらない涙を拭って、逃げるように立ち上がり、部屋を出た。
階段を降りたところでツナ君に会い、ツナ君はびっくりしたように目を見開いた。

「ど、どうしたの?」
「ごめ、なんでもない…今日はもう、帰るね。」
「ちょ、名前ちゃん?!」

そう言って家を出た。
家に帰る気も起きず、ディーノさんの部下の人達の間を抜けて、どこに行くでもなく走った。





名前が部屋を出ていったあと、ツナが部屋へ戻ると、何故かダメージを食らっているディーノと、起きてディーノの頭の上に乗っかっているリボーンがいた。

「あの、何かあったんですか?」
「ディーノが名前を泣かせたんだぞ。」
「ええ?」
「オレのせい…!…だよなぁ…はぁ」

そう言って項垂れるディーノは、相当へこんでいるようだ。

「何があったんですか…?」
「ディーノが名前に、ツナが好きなのかって聞いたんだぞ。」
「え、オレ?!」
「…リボーン聞いてやがったのか…。」
「まぁな。女心がわからねぇへなちょこだな、お前は。」
「んだよそれ…」
「あ、あのディーノさん、」
「ん…?」
「名前ちゃんが好きなのはオレじゃないです。」
「はっ?でもさっき…」

声をかける前に聞いたことを伝えるディーノ。
ツナはしまったな、という顔をした後、決心をして口を開いた。

「…あの時、ディーノさんの話をしてたんです。」
「オレの…?」
「はい。とにかく、名前ちゃんが好きなのはオレじゃないんです。」
「…っ」
「やっと気付いたか。」
「ツナ…リボーン…」
「さっさと行ってやれ。じゃねーとオレがもらうぞ。」

不敵に笑うリボーン。ディーノは立ち上がってドアへ向かう。

「ディーノさん…?」
「…誰にもやらねぇよ。」

そう言って、名前の後を追った。





「あーあ…何やってんだろ私。」

なんとなく来てしまった公園。
ベンチに腰掛けてぼーっとする。
やはり考えてしまうのはディーノさんのことばかりで、本当に馬鹿だな、と自分でも思う。
急に泣き出して逃げ出して、びっくりしただろうな。

空を見上げると、今にも雨が降り出しそうでどんよりとしている。
今の自分みたいな空に、苦笑いをこぼした。


「あ。雨が…」

思ったそばから顔に落ちてきた雨。
泣いているかのように顔を濡らして、なんだか余計に切なくなってきて、雨なのか涙なのかわからない雫が顔を濡らした。
どんどん降ってくる雨。ただ濡れていくだけの自分。
雨宿りした方がいいだろうと思いつつも動かない体。
よほどさっきのが、効いたのかもしれない。



「――――っ!」
「…えっ」

遠くから聞こえた呼ぶ声。
雨音でよく聞き取れないのに、何故か耳に入ってきて、顔を上げた。

「―――名前!!」
「でぃ、の…さん…?」


声の主はディーノさんだったようで、私を見つけたディーノさんがこちらへ走ってくる。
あれ、部下の人いないのに、へなちょこディーノさんじゃない、なんて呑気に考えていると、目の前まで来たディーノさんに思いきり抱きしめられた。


「っ…ディーノ、さん…っ?」
「バカ、風邪引くだろうが!」
「ご、ごめんなさ…」
「いや…オレの方が、悪かった…」
「ディーノさん…?」
「…とにかく、雨宿りしようぜ。
今部下にタオル持って来させてるからな。」
「は、はい…」


屋根のあるところまで移動して、服を絞って水気を取る。
ディーノさんはこちらを見た後、少し気まずそうに目をそらした。

「ったく…シャツ透けてるじゃねーか。」
「えっ?うわ、ごめんなさい…!」


恥ずかしくなって背を向けると、ガサガサという音がして、何事かと思った瞬間、肩に何かがかけられる感触がして、ディーノさんの上着をかけられたんだとわかった。
思わず振り返ると、ディーノさんが少し照れくさそうな顔をしていた。


「あ、あの…これ…」
「中は濡れてねーし、マシだと思うぜ。」
「でも、ディーノさんが」
「オレは大丈夫。」

そう言ってはにかんで笑うから、また胸が締め付けれるように苦しくて、泣きそうになる。

「…あー…」
「……?」
「やっぱちょっと、さみぃかも。」
「え、あの、これ…っ…!」

上着を返そうとした私を、ディーノさんは上着ごと抱きしめた。

「でぃ、ディーノ、さん…」
「これで、大丈夫。このままでいて、いいか?」

すごく真剣な声音に、ただ頷くことしか出来なくて。
心臓は痛いくらいに高鳴っている。

「…さっきは、悪かった。」
「え……」
「オレも内心焦ってたのか、大人の余裕ってやつを見せたかったのか…そのせいで傷つけちまうなんてホント、バカだよな。」
「ディーノさん…?」
「好きだ」
「……っ……!」
「名前が、好きだ。」

想像もしてなかった言葉に、動揺を隠せない。
息が詰まりそうなほどドキドキして、嬉しくて、抱きしめてくれているディーノさんの背中に、腕を回した。


「嘘じゃ…ないですよね?」
「嘘なわけねぇだろ?」
「……私で、いいんですか。」
「お前がいい。」
「私、年下だし、一般人だし、ディーノさんに釣り合わないかもしれないですよ…?」
「それはこっちのセリフだろ。
名前は、オレでいいのか?」
「私は…」


そっと顔を上げると、真剣な顔のディーノさんが目に映る。本当に、綺麗な人。
真っ直ぐな瞳に捕らわれて目が離せない。
私はこの人が好きなんだなって、思い知らされる。



「私は、ディーノさんが好きです。」



自然に溢れた笑み。すっと出てきた素直な気持ち。
ディーノさんは嬉しそうに、それでも切なそうに笑った。
どうしたのかと思って見つめていると、ディーノさんの顔が近づき、唇が触れていた。


「…っ…でぃ、の…さん…?」
「好きだ」
「はい」


何度も触れる唇が愛しくて、胸が苦しくて、ディーノさんにしがみつく。
次第に深くなっていくキスに、思考が止まる。



唇が離れて、呼吸を整えていると、またディーノさんは抱きしめてくれた。
それに答えるように背中に腕を回すと、更にきつく抱きしめ返されて、彼が愛しくてしょうがなくなった。



「…はぁ……連れて帰りてぇな…」
「あ…」


溜め息をつきながらぽつりと呟かれた言葉。
あまり長くいられないと言っていたのを思い出した。
ディーノさんはまた、イタリアへと帰ってしまう。
そう思うと切なくて、また涙が溢れそうになる。
切なそうな顔をしたディーノさんが私の涙を拭って、またキスをした。


「―――って…」
「え?」
「私も…連れていって…」
「……っ…」


離れたくない。傍にいたい。
その気持ちが溢れて止まらない。


「…今すぐは、無理だ。」
「どうして…?」
「学校もあるだろ?親御さんだって、心配する。」
「でも…でも、傍にいたい…」
「………ダメだ。」


涙が溢れて止まらない。
ディーノさんの言いたいことはわかる。
私はまだまだ子供だ。
ワガママだということもわかってる。
でも、それでも、傍にいたい。


「だけど、」
「……え…?」
「必ず、迎に来る。」
「……っ、」
「それまで、待っててほしい。
もちろん、こっちへ来るときは必ず会いに来る。
連絡も出来るだけする。だから、
だから、オレを…待っててくれるか?」
「…………うん。絶対、絶対だよ…?」


そう言ってまた笑うと、ディーノさんが触れるだけの優しいキスをくれた。






いつの間にか空は晴れていて、少し離れたところにタオルを用意してくれている部下の人達がいて、見られていたと思うと恥ずかしいけれど、茶化しながらも祝福してくれる部下の人達が優しくて、そんな部下の人達に慕われているこの人は、本当に素敵な人なんだな、と思った。


今はまだ束の間だけれど、
今だけは、この手を離さずに繋いでいたい。
ぎゅっと握った手を見つめ、彼を見上げると、
優しくて愛しそうな笑顔で見つめられていて、
再び近付いてきた距離に胸を高鳴らせ、そっと目を閉じた。




唇に約束




その日が来るまでの、約束。





fin.