「……ちょっと、大地聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
休み時間、クラスメイトでバレー部主将の澤村大地に愚痴る私。ここ最近大地に相談するのが日課になっていて、ちょっとしたお悩み相談所となっている。
何についてかっていうと、
「スガに素直に言ったらいいんじゃないか?」
そう、同じクラスでバレー部の菅原孝支。
今ここにいないのをいいことに相談していた。
私は、スガが好きなのだ。
「そう簡単に言うけどね…なかなか上手くいかないもんなんだよ。」
「それは名前が素直じゃないからだろ?」
「う…」
図星。なんだかんだ付き合いの長い大地にはバレバレ。さすが皆のお父さん。
「どいつもこいつもへなちょこだな。」
「そ、そういう大地は、どーなのよ!」
「……俺?」
「あ、いや、えっと…」
つい勢いで言い返したものの、大地にこんなこと言ってしまってあのどす黒い笑顔で見られたら私死んじゃう。しまった。こ、ここは謝って…
「だ、大地…ご、ごめ…」
「2人で何話してるべ?」
「「えっ」」
突然聞こえた私達以外の声。それはつい先程までの話の中心だった人物のもので、私は恐る恐る振り返る。
キョトンとした顔でこっちを見てるスガ。
か、かわいい…。いやそうじゃなくて。
動揺を必死に抑えようとしてる私に比べて大地は、ようスガ。なんて普通に答えている。
「あ、えーと、」
「次の数学小テストあったかなって話してたんだよ。」
「そ、そうそう!」
「え、あったっけ?」
「この前先生言ってなかったか?」
「うわ、やべー忘れてた!」
「おいおい」
大地のナイスフォローでなんとか誤魔化せた。さすが。
素直じゃない、か。それはごもっともで。
目の前の席に座ったスガの背中を見つめて、こっそりと溜め息をついた。
1日の授業が終わり、いつも通りの部活。
1、2年は元気にわいわいとしている。
田中西谷コンビの潔子崇拝は相変わらずで、潔子のスルーも相変わらず。
新入生も含めて一層賑やかな部活。
私はいつものように潔子と分担して作業をする。
そういえば、スガがまだ来ていない。珍しい。
どうしたんだろうと気になるも、仕事をしないわけにはいかない。一旦スガのことは忘れようと、邪念を祓うように頭を振っていると、突然肩に何かが触れる感覚。
「ひっ」
「…何してんだ?」
振り返るとそこには大地がいて、変なものでも見たかのような顔をしていた。その顔失礼だぞ。
「大地か…びっくりした…」
「そんなにびっくりしなくてもいいだろ」
「びっくりするよ!!…で、何?」
「スガ遅れるって。」
「…あ、そう」
「呼び出されてたみたいだけど?」
「え?」
「女子に。」
「………そ、か。」
スガが女子に呼び出されるのなんて珍しくない。
奴はモテる。そんなことはわかってる。
でも心のもやもやは増える一方で、それを必死に抑えようとする私は、なんだかすごく、惨めだ。
「いいのか?」
「…いいも何も、スガが決めることだし、いいんじゃない?」
「あ、おい…」
「ドリンク作ってくるね」
逃げるように体育館を出る。
大地に悪いことしたかな。大地のせいじゃないのに。
でも、今は。
自分の気持ちを抑えるのに手一杯だった。
「素直じゃないのは俺も……ね。」
「部長、また日向と影山が…!」
「……はいはい」
手元で鳴る水の音と、遠くから運動部の声が聞こえる。
作業をしていても、私の脳内はスガが占めていて、どうなったんだろうとかそんなことばかり考えていた。
私が素直にならないうちに、スガが誰かのものになってしまうかもしれない。
まぁ、私が素直になったところで、何も変わらないかもしれないけれど。
私の考えを遮るかのように、いつの間にかボトルから溢れかえった水が、私の手を濡らしている。
驚いて手から滑り落ちたボトルから水が跳ね、私のジャージとスカートを濡らす。
「うわっ!あーやらかした…」
「名前?」
「えっ」
流れ続ける水を止めて、タオルで濡れた部分を拭いていると、聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、思考が停止した。
今の今まで考えていた人物がすぐそこに来ていたのだ。
「スガ…」
「どうした?」
「あ、いや…やらかしてしまって」
「何やってるべ」
「あはは…」
貴方のことを考えてたらこんなことになりました、なんて言えるはずもなく。
スガは近くに来て倒れたボトルを拾ってくれた。
「あ、ありがとう」
「名前びしょ濡れじゃん。」
「はは、ほんと、上だけでもジャージ着ててよかったわ。」
「名前がこんな失敗すんの珍しいな」
「そ、そう…?」
この雰囲気を誤魔化すように、びしょ濡れになっていたジャージを脱いだ。
スカートはそこまで濡れてなかったし一安心。
それよりも、この無言。
スガとまともに目が合わせられない。
今までどうやって話してたっけ?頭がこんがらがってきた。
「…スガも、遅れるの、珍しいね。」
「ん?あー、そっかな。」
「呼び出されてたんだって?さすがスガ、モテるねー」
「そんなんじゃ、ないよ」
違う、そんなことが言いたいんじゃない。
けれど口から出てしまった言葉はもうどうしようもなくて。
溢れてくるのは、素直じゃなくて、可愛くない私。
「―――名前、」
「…っ…!」
突然、頬に触れたぬくもり。気がつけばスガの手が両頬に触れていて、スガの方に顔を向かせられる。
いつ溢れていたのか、私の目から涙が伝い、スガの手を濡らす。
「なんで、泣いてるべ」
「わ、わかんない…ごめ、違うの…ごめ……っ」
視界に映る銀。日の光に照らされてキラキラとしているその銀が、すぐ目の前にある。
唇に触れているこのぬくもりは、紛れもなく、スガのものだ。
名残惜しそうにゆっくりと離れる唇。
視線が交わる。
―――知ってる。この目は、大好きな目。
バレーしてるときの、真剣な目と同じ。
「もう、諦めたくないから。」
「…スガ…?」
「諦めたくない、バレーも、名前も。」
「え……」
「俺、名前のことが好きだ。」
時間が止まってしまったような感覚。
今、スガはなんて言った…?
スガが私を、好き?
顔に熱が集まって、視界がぼやける。
また溢れた涙を、スガの指を濡らす。
私の涙で濡れた指が、髪を撫でるように触れ、私は温もりに包み込まれた。
強く抱きしめられて胸が苦しい。
「名前は、大地のことが好きかもしれないけど、でも俺は、名前を諦めたくない。」
「………え、」
自分の耳を疑った。
何故今、大地の名前が出てきたのか。
私は思わずスガの顔を見る。
「な、なんで大地…?」
「え、だって、……え?」
「わ、私が、好きなのは…スガだよ?」
「えっ」
本当に驚いたような顔をするスガ。
なんで、なんで大地のことが好きだってことになっていたんだ。
あれか、よく一緒にいるからとかそういうこと?
でもそれは、スガもそんなに変わらないと思うんだけど…
「俺の勘違い…?」
「う、うん…」
「…………………はぁ」
「す、スガ…?!」
のしかかるように抱きついてきたスガを支える。
さっきから心臓がもちそうにないほどドキドキしていて、少しでも余裕が欲しいんだけどそんな隙を与えてくれないスガ。なんてこった。
離さないとでも言うように強くぎゅっと抱きしめられると、また涙が出そうになる。
「…よかった。大地じゃ勝ち目ないかもとかちょっと思ってた。」
「へ、へなちょこ…」
「うん…名前のことになると、俺すげー弱いかも。」
「う…」
耳元を微かに掠めるスガの吐息がくすぐったい。
スガから聞こえる少し速い鼓動が、愛しい。
「ねぇ、もう一回言って?」
「な、何を…?」
「俺のこと、好き?」
へなちょこラバー
(素直になれない僕ら。)
勇気を振り絞って出した二文字は、
その憎らしい唇によって飲み込まれた。
fin.