「明日から景趣を変えようと思います。」
皆が朝餉を済ませてそろそろ今日の準備をするかという雰囲気の中、ここの本丸の審神者である私はこう告げた。
元々四季がないこの場所だけれど、やっぱり雰囲気だけでもとここ最近は雪景色を満喫していたが、そろそろ春の時期だろうと、桜景色へと変える準備は済ませている。あとは実行するだけだ。
これが最後の雪というわけではないけれど、しばらくの間雪を見ることはないので、皆にこうして告げた。
雪景色はとてもよかった。綺麗だし。それに、雪遊びをする短刀達がかわいいったらありゃしない。その姿をしばらく見ることもなくなるので、目に焼き付けてから春を迎えたいという思いである。春は春で桜に喜んでくれるだろうが。
私がそう告げてから、それじゃああそびましょう!と楽しそうに提案してきた今剣に乗せられ、遠征組以外の皆で雪遊びをすることになった。
雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり。そして気がつけば何故かかくれんぼが始まっていた。雪関係ないな。楽しいけど。
鬼役になってしまった五虎退がおろおろしながらゆっくりと数を数え始め、皆は中庭から何処かへと隠れに行ってしまう。あ、私も隠れなければ。
雪で真っ白な庭を抜け屋内へ入り、どこに隠れようかと考えながら少し小走りしていると、角から来る影に気付く間もなく私はその影にぶつかり、前に倒れ込んだ。
ゆっくりと起き上がり目を開けるが、鼻をぶつけた痛みで目が少しチカチカする。視界がはっきりしてきた目に移り込んだのは、外の雪のような、白。
「こりゃあ驚いたな。」
その声を聞き、私がぶつかった影の正体に気が付いた。
目の前の影―――鶴丸は、私が角から突然現れぶつかって倒れ込んできたことに驚き、楽しそうに笑っていた。
冷静になった頭で現状を把握すると、私はこの鶴丸の上に乗っている状態。つまり、廊下で彼を押し倒していることになる。
鶴丸、綺麗な髪してるなーとか、肌も白いなーとか、瞳の黄金色が綺麗だな、とか、脳内は現実逃避をし始めていたが、突然やってきた羞恥に顔が熱を持ち始め、私は急いで退こうとした。が、髪がガクンと引っ張られる感覚に私はまた目の前の白へと倒れ込んだ。何事だとまた顔を上げれば、私の髪の毛が、鶴丸の胸元の鎖に絡まっているではないか。
「えっ、うそ、」
「絡まったか?」
「み、みたい…」
髪を解こうと手を伸ばした頃、庭でゆっくりと数を数えていた五虎退の声が止んだ。はっ、としたその時、鶴丸が起き上がり、髪が引っ張られないように私の脇を抱え一緒に立ち上がった。
「行くぞ」
「え、なに?」
「鬼から逃げるんだろう?」
そう言ってまた楽しそうに笑った鶴丸は私を持ち上げて走り出した。何がなんだか分からずに困惑したまま、楽しんでいる鶴丸に連れて来られた物置部屋。確かにここなら隠れられそうだが。
扉を閉め、見つかりにくそうな奥まで行き私をゆっくり降ろした。
「あ、ありがとう。」
「いや、こっちこそすまなかったな。髪が絡まってしまって。」
「いやいや、私が鶴丸にぶつかったんだし、ごめんね、怪我とかしなかった?」
「このくらいじゃ怪我はしないさ。」
「よかった…すぐ解くから。」
急いで取ろうと鶴丸の鎖へと手を伸ばし、外そうと試みるが、上手いこといかない。私はこんなに不器用だっただろうか。いや、思いの外近い距離に緊張しているからだ。
綺麗な顔が私のすぐ傍にあって、緊張しない方がおかしいだろう。段々と焦ってきた私の手は余計に上手く動かない…いっそ髪をここだけ切ってしまおうか、なんて考えていたら、私の手に鶴丸の手が重なった。
「おいおい、せっかく綺麗な髪なんだ。そんな風にしたら痛むだろう。」
「え、」
驚いて顔を上げると、先程よりも近いところに鶴丸の顔があって、触れてしまいそうなその距離に思考が止まる。
そんな私を余所に、鶴丸は綺麗な指先で私の髪を丁寧な手つきで鎖から解いていく。触れられている髪の毛の先まで緊張しているような感覚がした。
どれくらい経ったのかわからないが、いや、そんなに経っていないのかもしれないが、私にとってはすごく長く感じた時間が終わり、私の髪は鶴丸から離れていった。
「よし!どうだ、なかなか器用だろう?」
「あ、ありがとう。」
「しかし、君には本当によく驚かされるな。見ていて飽きない。」
「え?」
「そんな反応をされると、どうしてしまおうかと思ってしまってな。」
あれは参った。と言って笑った鶴丸に、反応…?と首を傾げていると、少し離れていたいつもの距離感から、先程までの至近距離に戻る。再び触れてしまいそうなほどに近付いた綺麗な顔に、ドギマギしてしまう。
「ちょ、え、ち、近いってば…!」
「はっはは、すまんすまん。その反応のことだと伝えようと思ってな。」
その反応って、私が緊張して強ばってしまう反応のことか。え、どうしてしまおうってなに、その変な表情をいじり倒してやろうとかそういうこと?と、悶々としていると、私の頭に鶴丸の手がそっと触れた。
「なんだか勘違いしていそうだが、愛らしいなと思っただけだぞ?」
「…へっ!?あ、あい…!?」
動揺と驚きで私が声を上げてしまった瞬間、物置のドアが開かれ、あるじさま…!と嬉しそうな顔をした五虎退が現れた。
「おっと。見つかってしまったな。」
「あ、あの…おじゃま、でしたか...?」
「そ、そんなことないよ!五虎退ってば見つけるの上手だなー!」
可愛い五虎退に癒されようと、物置部屋を2人で一緒に出ていく。
あのまま鶴丸といると、なんだか変な気分になりそうだったのだ。今まで感じていなかったこの感情に、動揺している。
私は、ドクドクと鳴り続ける心臓を必死に抑えようとした。
―――春が来た。
景趣を変えてから数日が経った。
雪で大はしゃぎしていた皆が、今度は嬉しそうに桜を見ている。やっぱり四季はいいもんだなと改めて思った。
変わってしまったのは景色だけじゃないかもしれないが。
あの日以来、鶴丸への感情がおかしいのだ。
あの時だけかと思っていた胸の高鳴りは、今でも鶴丸を見る度に起こる。胸が締め付けられるような感覚。私はこの感情を知っていた。過去に経験したことのある感情だったからだ。
しかし、神様にこんな感情を抱いてしまうなんて思いもしなかった。抱いてはいけない感情なのだとわかっていたし、審神者界隈で、神隠しの噂も聞いたことがある。そんなの、悲しいじゃないか。
いくら刀剣男士達が見目麗しいとしても、彼らは付喪神で私は審神者なのだ。信頼はしていても、愛だの恋だのは少なくとも私には起こりえないだろうと、どこかで思っていたのだ。他人事のように、思っていた。
しかし、この前からのこれは…自覚してしまったものは仕方がないのだろうが。でも一方的なものなら、そんな悲しいことは起こらないだろう。気持ちを伝えることはきっとない。私の一方通行ならば、なかったことにしてしまえばいいんだ。そう思った。
そんなある日。朝目が覚めると、ほんの少し肌寒さを感じた。
布団を抜け出し襖をそっと開けると、桜が咲いているというのに、はらはらと空から真っ白な雪が舞っていた。珍しい。こんなこともあるのか。
「名残雪…かな?」
独り言のようにぽつりとそう呟く。
すると、僅かな足音が聞こえ振り返ると、目に飛び込んできた真っ白が、おや。と言った。
「今日は早起きなんだな。」
こりゃ驚いた。と楽しげに笑う鶴丸に、おはようと言えばおはようと返された。
平常心を保とうとしているが、なんて綺麗な顔で笑うんだと内心かなり動揺している。
「寒くて目が覚めちゃってね。」
「あぁ、確かに今朝は冷え込むな。」
冷え込むって。刀剣男士でもそんな言い方するんだと思うと可笑しくて笑うと、鶴丸もまた楽しそうに笑った。
「雪は暫く見納めだと言っていたが…君が何かしたのか?」
「ううん、なにもしてない。だから驚いてたの。」
「そうか。こんなこともあるんだな。」
「まさか名残雪が降るとはねぇ。」
「名残雪?」
「そう。別名、忘れ雪だったかな?冬が終わって春になってから降る雪のこと。」
そうか、と鶴丸は呟いて、雪を眺めた。その横顔がなんだか儚くて、目の前の雪のようだと思った。
「鶴丸…?」
「忘れないでほしい、ということなんだろうか。」
「…そうかもね。私を忘れないで、って、ことかも。」
「君は、」
「ん?」
鶴丸がこちらを向く。黄金色の瞳が私を捕らえた。
捕えられて動けなくなってしまったかのように、鶴丸から視線を逸らすことが出来ない。
「俺を忘れたいと思うか?」
息を飲んだ。心臓の音が鳴り響くように聞こえる。
そっと吹いた風によって庭を舞う桜と雪が鶴丸の後ろを彩る。絵に描いたようなその綺麗な光景は、決して絵ではなくて、儚くて切なげな表情を浮かべている彼は、実際にここにいる。
彼を―――この感情を、忘れてしまおうと思っている私を、まるで全て見透かしているかのように、目の前にいる。
「…なん、で…?」
「……君の様子が、最近おかしかったからな。あの日から。
いつも通りなようで、どこか俺を避けているようだった。」
「…ご、め…」
謝ろうとした私の言葉を遮るように、私は白に包み込まれた。
いつの間に溢れていたのかわからない涙が、鶴丸の服を濡らす。
「…忘れないでくれ。」
苦しげに告げられた言葉に、また涙が溢れる。
忘れられるはずがないのに、私は、無理に押し込もうとしていた。
彼を好きだと思ってしまった感情を、なかったことにしようとしていた。
「俺は、君が好きなんだ。」
私を包み込んでいる鶴丸の腕に力が籠る。私を包み込む温もりが、じわりと体に染み込んでいくようで、雪のようだと思った彼は、こんなにも温かいんだ。
私を好きだと言ってくれる彼が、温もりが、愛しい。
「…忘れ、たく…ないよ」
「……あぁ。」
「忘れなきゃいけないんだと、思ってたの。気付いたのは最近だし、忘れられるって、思ったの。でも、駄目みたい。」
「他の誰かに忘れられるなら、いい。誰かに墓を暴かれることもなくなるだろう。でも、主には、君だけには、忘れてほしくないんだ。」
鶴丸の過去を聞いたときのことを、思い出した。
あまりの切なさに号泣して、あまりにも私が泣くから、その時も鶴丸は驚いた、と笑っていた。そして、抱き締めて頭を撫でてくれたのだ。
「…鶴丸…私ね、」
名前を呼べば、少しだけ離れた距離。触れてしまいそうな距離にいる鶴丸は、やっぱり綺麗だ。
「鶴丸が、好きだよ。」
鶴丸との距離が縮まる。
唇に触れた熱が熱くて、溶けてしまいそうだと思った。
なごりゆき。
雪のように真っ白な彼の後ろには、
誉桜が舞っていた。
fin.