「「誕生日おめでとう!!」」

「...............へ?」




審神者となってこの本丸に就いてからしばらく。
今日も今日とて普段通りに過ごしていた。
ちょっと変わったことと言えば、今日は遠征部隊も早く帰ってくるから珍しく夕刻には全員揃うし、皆でご飯を食べようと一期が提案してきたことくらいで。
別段不審がることもなく、弟達が揃ってご機嫌かな?くらいに思ったし、私も、いいね!そうしよう!と答え、それを楽しみに今日の仕事を頑張ってこなした。
執務室で一人作業をしていると、いつの間に時間が経っていたのか、夕陽はもうすっかり傾いていた。作業に集中しすぎていたせいか、全く気づかなかった。
そういえば、お昼頃までは確かに聞こえていた、いつもの短刀達のわいわいした声がほとんど聞こえず、やけに今日の本丸は静かだ。そういえば中庭にも誰もいないし、近侍の膝丸も近くにいなさそうだ。もう夕飯時だし皆先に広間に集まってるのかもしれない。もしかして待たせてる?とも思ったが、それなら誰かしら呼びに来るだろう。というか、近侍の膝丸が声かけてくれればいいんじゃないか。
まぁ考えていても仕方ないし、とりあえず広間へ行くか、と執務室を後にした。

広間の前へと着いてみたが、気持ち悪いくらいに静かで違和感を覚えた。なに、皆いないの?と恐る恐る襖を開ければ、突然鳴った破裂音に心臓が止まるかと思うほど驚いた。
目の前には皆がずらっと並んでいる。破裂音の正体は、どこから用意したのか、パーティーでよくあるクラッカーで、皆より少し遅れてパンッと鳴らしたのは、三日月と髭切だった。
そして、タイミングが見事にバラバラな冒頭へ戻るわけだが。


「な...なに...?」
「主、今日誕生日だろ?」

状況が全く読み込めずにいた私に声をかけてきたのは、初期刀としてずっと一緒にいる清光。清光に言われて思い出したかのように、あ、と呟けば、忘れてたのかよー!と愛染くんから声が上がった。うん、その通り。すっかり忘れてた。

「どうだ、驚いたか?」

そう言って嬉しそうに笑うびっくりジジイこと鶴丸が、このサプライズの言い出しっぺなようだ。
すっかり忘れていたし、めちゃくちゃ驚いたけど、こうして皆がお祝いしてくれたのが嬉しくて、少し涙腺が緩む。
五虎退くんがそんな私を見ておろおろしながら可愛らしいお花をくれたり、乱くんが自らの方が似合いそうなフリフリな服をくれたり、有機野菜を持ってきた光忠にちょっと遠慮したり、嬉しそうにお茶を差し出してきた鶯丸に苦笑したりと、いつもよりも皆が私の周りに群がるようにわいわいしたり甘えたりしてくるのが嬉しくて、審神者最高かよと思った。主は幸せです。
あそぼあそぼと寄ってきた今剣ちゃん達と遊んだり、お酒を持って私の方へ来た既に飲んでる次郎ちゃんにお酌されて一緒に飲んだり、次郎ちゃんと一緒に太郎さんへ絡みに行ってちょっと怒られたり、段々とほろ酔い気分になってきて、本当に幸せな気分だ。
そして浮かれながら、目に付いた源氏兄弟の元へと向かった。

「ひーざまるー!」
「...っ、主...突然抱きつくのはやめろ。少し飲み過ぎではないか?」
「そんなことないよー意識ちゃんとあるし歩けるもんー。」
「楽しそうだね、主。ええと...何のお祝いだったっかな?」
「...主の誕生日だ、兄者。」
「ああ、そうだったね。おめでとう、主。」
「ありがとう髭切!」

相変わらずど忘れがすごいが、笑った顔がとても癒し。髭切がこの本丸へと来てくれたのは割りと最近だけど、こうして膝丸と一緒にいて、おめでとうって言ってくれることが嬉しい。
膝丸と初めて出逢ったとき、『ここに兄者は来ていないか?』と言われて、『ご、ごめんなさい、いないんです、ごめんなさい』と謝ったあの日からしばらく。膝丸と待ち続けて、やっと来てくれた髭切に感極まって泣いてしまったのは記憶に新しい。まぁ例の如く、膝丸の名前をど忘れしていたけど(今度は膝丸が泣く番だったけど)。
やっぱり、皆と出逢えるのが、ここに来てくれるのがすごく嬉しいな、と思った瞬間だった。

生誕祝いの宴は盛り上がり、夜も更け、そろそろ短刀ちゃん達の寝る時間になっていた。
私自身も久しぶりに飲みすぎたせいかだいぶ酔いが回っている。意識はあるものの少しだけ足元が覚束無くなってきていたので、皆にお礼を言って、余韻を噛み締めつつ自室へと戻ろうとした。広間を出る時に長谷部が心配してかけてくれた声に、大丈夫大丈夫と言って一人廊下を歩いていたが、久しぶりに酔った頭は平衡感覚を失っていたようで前のめりに体が傾いた。
あ、やばい。と思ったのと体が止まったのはほぼ同時で、お腹辺りで支えられている腕を見て首だけ振り返れば、少しだけ呆れたような顔をしている膝丸がいた。

「全く、どこが大丈夫なんだ?」
「えへ。ありがとう膝丸。」

大好きな膝丸が来てくれたことが、ただ単に嬉しくて、笑みが零れた。すると、体がふわっと浮いた感覚に襲われ、気が付けば膝丸の腕に抱え上げられていた私は、膝丸に連れられて自室の方へと向かっていた。

「ね、大丈夫だよ?膝丸。降ろしていいよ、重いでしょ?」
「君の大丈夫は信用ならんのでな。それに、重くなどない。」

そうは言っても、酔っているとはいえやっぱり多少の羞恥心は残っているようで、抱えられてる状況が恥ずかしくて俯くと、大好きな匂いが微かに鼻を掠めた。膝丸の匂いだ。キュン、と胸が締め付けられる感覚。乙女かよ。
でもこんなチャンスあんまりないし、酔いに任せてしれっと甘えてしまえと膝丸の首元へと擦り寄れば、少しだけ膝丸の肩が揺れた気がした。

自室へ着き、ゆっくり降ろされた私を置いて膝丸はテキパキと布団を敷き出した。そこまでやってくれるのか。

「本当にありがとうね、膝丸。」
「いや、構わない。」

そう言った膝丸は私をそっと布団へと導いてくれて、寝かせてくれた。至れり尽くせりだ。
私がちゃんと布団へ入ったことを確認した膝丸は安心したような顔をして、おやすみ、主。と呟いて部屋を出て行こうとした。私も膝丸に、おやすみ、と告げるはずだった。
けれど、言葉の代わりに出たのは私の手で、膝丸の服を掴んで、引き止めていた。膝丸は少し驚いた顔をした。

「...どうかしたか?」
「...えーっと、なんか...もう行っちゃうのかなって、思って。」

人恋しいというやつなのか。
さっきまですぐ傍にあった膝丸の匂いと体温が恋しいと感じていたことは、恥ずかしすぎてさすがに言えない。

「......わかった。主が眠るまで傍にいる。」
「ありがとう、膝丸。」

布団の横で座ってそう言った膝丸にお礼を言えば、とても優しい顔をして笑った。
どうしたのかと首を傾げれば、そっと膝丸の手が、私の頭へと触れた。

「いや...君がそうして俺の名前を何度も呼んでくれることが、嬉しくてな。」
「膝丸...?」

そう言って少し寂しそうな、でも嬉しそうな顔で笑うから。
胸がむず痒く疼き、堪らなくなった私はそっと体を起こし、膝丸の首元へと腕を伸ばし、抱きついた。

「膝丸...膝丸。」
「主...?」

何度も名前を呼ぶ私に動揺しながらも、そっと抱き返して頭を撫でてくれる膝丸の手は優しくて、また涙腺が緩む。

「膝丸......大好きだよ。」
「...っ...、」

溢れてしまった感情。
息を呑んだ膝丸の腕に少しだけ力が込められ、先程よりも膝丸の体温を感じた。

「俺も...主のことを、好いている。」

少し膝丸から離れるように顔を上げれば、薄緑から覗く金が揺れていた。
それは...その感情は、

「それは...主として...?」

私は審神者で、彼は付喪神。
そうとわかっていても、いつの間にか、その関係以上に彼を想っていたのは私自身だと言うのに。
こんなことを聞いてしまう私はずるいのかもしれない。

「違う。主としても慕っているが、俺は...主としてではなく、君を想っている。
主と出逢ってから、今まで知らなかった感情が溢れてくる。
...この感情を、"愛している"、と言うのだろうな。」

そう言って膝丸は切なげに笑う。堰を切ったように私の目から溢れてくる涙に、膝丸の指がそっと触れる。そのまま流れるように頬へと触れた手は壊れ物を扱うように優しくて、次から次へと涙が溢れる。

「君が、この世に生まれてきてくれて、俺の主となってくれて...出逢えてよかった。」
「...ひざ、まる...」
「俺の傍に...いてくれるか?」

涙でぐしゃぐしゃな私の顔を愛おしそうに見つめて、そう呟いた膝丸。その姿が儚くて綺麗で、薄緑へと手を伸ばし、少しだけ潤んで見える金を見つめ、私は静かに頷いた。
それが合図とでも言うように。近付いて来た彼の顔。そっと瞼を閉じれば唇に熱が触れた。
彼は確かにここにいる。鼻を掠めるこの匂いも、私に触れるこの体温も、彼がここにちゃんと存在しているという証のようで。それがとても、愛しく思えた。

唇が離れて目が合えば、むずむずとした羞恥に襲われたけど、照れ臭そうに目を逸らした膝丸が可愛くて、また抱きついた。
そんな私にぽんぽん、と優しく背中を叩いてくれる。それがなんだか心地よくて、忘れていた酔いが戻ってきたかのように睡魔が襲ってきた。
主?と呼ぶ膝丸の声を聞きながら、彼の体温を感じたまま、私は幸せに包まれながら眠りに落ちていった。




幸せに包まれて



目が覚めたときに、寝ても尚全く離れようとしない私を抱えたまま布団へ入ったが、そのせいでなかなか寝付けなかった彼が横にいることを、夢の中にいる私はまだ知らない。





fin.



\KたんHappy Birthday/