「……あ」

昼休み、購買の帰りに丸井の姿を見つけた。
条件反射で隠れようとしたけれど、直前に目が合ってしまい、にこりと笑顔を作る。

「あー……偶然だね。丸井も購買?」
「いま逃げようとしただろぃ」

ぎくり。
嫌な汗が背中を伝う。

「……前も言ったけど。俺は、お前のこと困らせるつもりはねーんだって」

真剣な瞳に足が竦む。溜め息を吐かれ、びくりと肩が震えた。頭が真っ白になって、とにかくここから逃げ出したい、と全身が訴えてくる。

分かってる。丸井が優しいのも、私のこと考えてくれているのも。
でも仕方ないじゃんか。

その表情が、瞳が声が空気が、あの日の彼を思い出させるのだから。




――好きだ。

緊張で僅かに上ずった、けれど熱い声で囁かれたのは、一週間前。

普通の一日だった。
部活が終わり、ご近所さんの丸井と私は、いつもの道を歩きながら他愛ない話をしていた。現国の先生が宿題をたくさん出したとか、近くに新しいケーキ屋さんが出来たとか。そんな、いつもと同じ帰り道だったと思う。

いきなり引き寄せられて、温もりに包まれて、丸井に抱きしめられたと気付いた瞬間、彼の吐息が耳朶を掠めた。


「……好きだ」


私より広い肩だとか、力強い腕だとか、低く震える声だとか汗の匂いだとか。
泣きそうなくらいに切ない声を出す彼が、誰だか分からなかった。見慣れているはずの丸井が、知らない男のひとみたいだった。
だってこんなの、いつもの丸井じゃない。こんな、こんなの。

「ま、まるい」
「好きだ。お前が、名前が好きだ」
「ちょ、あの」
「……悪ぃ」

去って行った丸井の後姿は見慣れたはずの背中で、さっきの知らない男のひとも、よく見知った彼のはず、なのに。
そして翌朝、混乱しすぎて一睡も出来なかった私に挨拶をしてくる丸井はすっかりいつも通りで、余計に混乱した。

「名前のこと困らせるつもりはねーんだ。だから、嫌なら忘れろぃ」

彼はすこし寂しそうに、笑った。
それから私は、彼を避けている。




「……だって、どんな顔していいか、分かんないんだもん」

俯いたまま、さっき購買で買ったパンを握りしめて吐き出す。目を見たら何も言えなくなってしまうと思った。真剣な瞳に息が詰まると分かっていた。
驚いたようにまばたきをする丸井に気付かない私は、震える声で続ける。

「ま、丸井が、あんなことするから、男のひとみたいな、顔で」
「俺は元々男だろぃ?」
「そうだけど、今まで全然、そんな」

体温も匂いも感触も、昨日のことみたいに覚えている。
愛しそうに髪を撫でる仕草も、熱い吐息も、すこし掠れた声も、離れる時に一瞬だけ私を見つめた、焦がれるようなあの視線も。
全部が私のことを捉えて離さないのだ。

「……嫌、だったか?」
「嫌じゃなかった、けど」
「じゃあ、そんな顔すんなよ」

どんな顔だろう。
不思議に想って顔を上げると、涙でぼんやりと滲んだ視界に、鮮やかな赤が飛び込んできた。

「期待しそうになる」

期待?
こんなにも悩んで、惑わされているのに。

「なにそれ」
「わかんねーならいい」
「わかんないよ」

いきなり好きって言ったり、その次の日にはいつも通りの顔して忘れろって言ったり。今も溜め息ついて、私のこと邪魔そうに扱うくせに、思わせぶりなことして。
わかんないよ、丸井のことなんか。

「好きなら、……好きなら、ちゃんと」

拳を握り、息を吸う。
怖い。恥ずかしい。逃げたい。でも。


――ストッパーを、外した。



「……離さないでよ、ばか」



丸井は、モテるから。恋愛なんて興味無いから。色気より食い気だから。
たくさん言い訳をして蓋をした気持ちが、丸井の一言で簡単に開きそうになった。

でも、冗談だったら?
からかわれていたとしたら?またまた近くにいたマネージャーの私で、なんて思われていたら?
それでもいいと思いそうになった自分を必死に律して、閉じ込めた。目を逸らした。

なのに彼はまた私を大切に扱う。可愛い女の子なんて引く手数多のくせして、よりによって私を。

「そんな簡単に、忘れろなんて言わないでよ。謝らないでよ。わ、わたし……私、丸井のこと、っ」


ぐい、と。
閉じ込められたのは、あの日と同じ匂いの中へ。

「……あー、もう。人が折角我慢してるっつーのに」
「ま、丸井!?ちょ、ここ学校、」
「散々可愛いこと言いやがって。覚悟は出来てんだろぃ?」

心臓が破裂するかもしれない。
人通りの少ない廊下でよかった。もし丸井ファンの女の子に見つかってたら……
ぞくり、と走った悪寒から逃げるように、丸井の背中へ手を回す。あったかい。丸井の、匂い。


「……好き」


ぽつり、と思わず漏れた声を、彼はしっかりと聞き取ったらしい。痛いくらいに腕の力を強め、それからそっと緩めて私の肩を掴んだ。

「俺も」

唇に触れた温もりに目を閉じる。
壊れそうなくらい高鳴る鼓動が不思議と心地よかった。
照れ臭そうに笑う丸井は、いつもの丸井でも、知らない男のひとでも無かった。初めて見る彼の表情がくすぐったくてもう一度飛びつくと、あの日と同じように髪を撫でられる。

ありがとう。
その想いをこめて、背中の裾をぎゅっと掴んだ。




真昼間のファンファーレ
(やっと、捕まえた)



(わ、わたし、私、丸井のことっ!)(こいつめ、可愛いこと言いやがって。丸井のブン太がフォイフォイしちまうぜよ)(あわばばばばばばば)(赤也!!仁王!!辞めろって言ってんだろぃ!!!)

(君たち、そんなに走りたいならグラウンド100周してきなよ)


fin.









相互記念で、リア友の遠山様より頂きました!

死ぬ。ほんと死ぬ。いやもう死んだよマジで←
だってもおおおおおおお!!!!
ぶ、ぶん、ブン太男前えええええええ大好物だよおおおおおおおおお(落ち着け)
てか那智仕様で最後プリガムレッドだぜぐばぁ(吐血)
幸村様まで…!!

ほんと、家宝にします(真剣)

相互&夢 ありがとうございました!!!



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