星が見えない空
――1878年(明治11年) 滋賀県大津 天気大いに曇り
幕末が終わり文明開化が幕を開けた。欧米化が進み、煌びやかな衣装に建物――近代日本の大きな第一歩である。廃刀令が出され侍というものがいなくなった世の中で人々は活気に満ちていた。しかしその裏では変わりゆく日本――新政府に不満を持つもので溢れ返っていた。監獄は囚人で埋まり、脱獄も後を絶たない。そこで政府は一つの案を立てた。――脱走不可能な湖の監獄。日本最大の湖、琵琶湖の中の巨木の監獄。高い壁と水で囲まれた檻は未だ脱獄者を出さず、罪人にとって煉獄の住処となる。
*
「#穂澄#さん、お疲れ様です」
「お疲れっスー」
獄門処の扉の前で相も変わらずいつも通りにボーッと空を眺めていると、遠くから名前を呼ぶ声が聞こえた。代々獄門処への橋渡しを仕事としている、曇家の兄弟である。こちらも相も変わらずとても愛らしい。
「お疲れさま、空丸くん、宙太郎くん」
私は獄門処の看守である。新政府がこの琵琶湖の巨木を獄門処として使い始めて直ぐにこの仕事に就いた。何年もこの仕事をしているがそろそろ飽きたというやつだ。最近は転職を考えている。二人から囚人を受け取り、処の中へ押し入れながら空丸と宙太郎へ目を向ける。
「#穂澄#さん最近ご飯食べてますか? この前会った時より痩せた気がするんスけど……」
「やだ空丸くん褒めても何にも出ないよ? 女ったらしだねぇ」
「#穂澄#さん!」
むきになる彼もやはり可愛い。まだ確か16歳じゃなかっただろうか。少し顔を赤く染めて必死に弁解しようとする姿がやっぱり可愛い。にやけてしまいそうな顔をどうにかいつもの表情で固定させ、クスクスと笑って見せる。
「#穂澄#姉、ご飯食べてないっスか? それならうちに食べに来たらいいっスよ!!」
空兄がおいしいご飯作ってくれるっス! と続ける宙太郎にどうして抱き着かないでいられようか。天兄も白兄も喜ぶっスよ、と腕を振っていうその子を私はギュッと抱きしめた。ついでにと空丸にも手を伸ばすが避けられてしまう。仕方ない、と宙太郎を抱きしめる力を強める。
「#穂澄#姉?」
「#穂澄#さん?」
普段の私なら絶対に取らない行動に空丸も宙太郎も不思議そうな顔をした。ここに天火もいれば最高だったのに。場所が獄門処でなければ更に。
「空丸、宙太郎、大好き」
嗚呼本当に幸せだ。こんな愛らしくてたまらない彼らと会えるならこの仕事を続けてもいいかもしれない。曇天の空も全く気にならない。私にとっての太陽は、月は、星は、彼らだ。
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