やるせない心
「………はあ」
霧の立ち込める商店街を歩く。夜だというのに空を仰いでも月も星も見えない。光すら届かない霧の中はまるでふわふわと自分までも曖昧な存在のような錯覚をする。
堂島さんが生田目を追い掛けて事故に、菜々子ちゃんは生田目にテレビに入れられた影響で重体。
二人をそんな目に合わせたのはアイツ……生田目だ。だが、元を辿れば全ての原因は生田目をそちらの道へとそそのかしたこの僕とも言える。
この霧のように、胸の奥がもやもやしてはっきりしない感じ。
正直、あの親子に対して、罪悪感が無いと言ったら嘘になるんだろう。だけど、勿論自首するつもりなんてさらさら無い。まあそもそもテレビに入れて殺しましたー、なんて誰も信じないだろう。信じるわけが、ない。信じたとしたらそいつはバカ正直な奴かイカれた宗教でも崇拝しているようなイカれた奴だ。
……ただ、あの堂島さんの甥と糞ガキ共なら、真実を突き止めて僕の所に辿り着くんじゃないか。そんな嫌な予感がして仕方なかった。
だけどまあもうすぐこの町はあちらに飲み込まれ消えてなくなる。あいつらがどう足掻いても、今更もう遅い。
消えちまえばいいんだ。こんな現実、何もかも
「あれ、足立さんじゃーないですか!」
突然気配もなく後ろから声をかけられて、振り向けば深い霧の中から人影が現れたと思ったら、見慣れた笑顔が出てきた。
「……なんだ、君か」
「なんだとはなんですか!」
「こんな霧が深い夜更けに出歩いてるなんてどこの不良少女かと思ったんだよ」
「不良じゃありません!愛屋でみんなと待ち合わせしてるんです!」
みんな。
脳裏にあいつらの顔が浮かんで苦虫を潰すみたいに奥歯を噛み締める。
「なんか最近ますます霧酷くなってますよねー、町の様子もおかしいですし」
「……そうだね」
僕らとこの街を覆う白い霧は、確かに日に日に濃くなっている。
そのうち、完全に霧が覆い、この街も、ここに住んでる人間も、生き物もみんな、消える。
そして、この子も。
「……ねえ、名前ちゃん」
「はい?」
「今のうちに、この街を出た方がいいよ」
「……え?」
彼女が不思議そうにこちらを見上げる。ああ僕は何を口走っているんだろう。
「君、一人暮らしでしょ?最近ここも物騒だしさ。それにもうすぐ大晦日だろ? 実家に帰って親御さんに元気な顔見せた方がいいんじゃない?」
「……稲羽を離れろってことですか?」
「……平たく言えばそうだね」
じっと、丸い瞳に見つめられる。まるで僕自身の心を見られているような心地がした。
「……いやです」
僕から視線を離した名前ちゃんは、地面を見つめ、静かに、けれどはっきりと答える。
「…どうして?」
「私、年末は稲羽で過ごすって決めてますし。それに、」
再び僕を見上げた彼女は、笑顔だった。
「私、足立さんやみんながいるこの稲羽が好きですから!」
この子は、町と共に消えることを望むのか。
「………そう」
せっかく忠告してやったのに、ばかだなあ。そう心の中で嘲笑う。でも、それと同時にやりきれないような、また、もやもやした気持ち。きっとこの霧のせいだと心の中で一蹴する。
「あっ、私そろそろ行かなきゃ!足立さんばいばい!」
手を振って元気よく走り去る彼女。きっと、こんな姿を見るのもこれが最後だろう。
「……ばいばい」
本当、君はばかだよ
大馬鹿野郎だ
でも1番馬鹿なのは……この僕だ。
しあわせにしてやりたいのに、
(ごめんね、ぼくじゃあむりみたいだ)