シュガートラップ
「花村、トリックオアトリート!!」
河川敷を愛用のヘッドホンで好きな歌を聴きながら歩いていた時。いきなり視界いっぱいに現れた肌色に面食らい驚いて後退すると、それは手だった。正確に言えば、俺の前に立ちキラキラという効果音が似合いそうな期待に満ちた表情でこちらを見つめる苗字の俺の眼前に差し出された手。
まだ曲が流れているヘッドホンを頭から外していつもの定位置にかけ、眼前にあるドアップの手と苗字の顔を交互に見ると、期待の表情だった顔が少し不機嫌な表情に変わった。
「今日はハロウィンでしょ?お菓子くれなきゃイタズラするよ!」
「……あ、そーいうことか」
10月31日。外国では子供達が仮装をしてお菓子を貰いに家を回る日。そういえばクマが昨日ナナチャンと一緒に仮装するんだクマーとか言って騒いでたな、なんて思い出しつつのど飴でいいかと制服のポケットを漁る。しかし、ポケットをいくら探っても飴を包むビニールの感触が無い。いつもなら常備している筈ののど飴をちょうど切らしたみたいだ。
「わり、今俺持ち合わせ無いわ」
「えー花村お菓子持ってないのー!?」
なんだぁ、とがっくりとうなだれる苗字。そんなに欲しかったのかよお菓子、と突っ込めば うん…と力無い返答。なんだこいつ、かわいい。お菓子ひとつでしょぼんとしちゃって。
しかし次の瞬間勢い良く顔が上がると、その表情は落ち込んでなどなく、まるで悪戯っ子のようににやりと笑っていた。
「じゃあイタズラだね」
「はあ!?」
「だってお菓子くれなかったじゃん」
「いやそうだけど、」
「はいはい君に拒否権は無ーい!私の言う通りにするように!」
目をつむれと命令され、仕方なく言う通りにする。
まあどうせ大したことじゃないだろう、多分顔に落書きとかそんなもんだ。(落書きされんのも正直嫌だが)
心の中でため息をついていると肩に手を置かれ少し屈めと言われた。言われた通り少し屈んでやると、額に何か当たる感触。マジックかと思ったけど、どうやら違うようで。マジックのペン先にしては固くない。むしろ柔らかい、ふにふにした感触。
これは、もしかして
「……え、」
「わ、馬鹿!目開けないでよ!」
苗字が、キスしていた。俺の額に。
呆然としていると、顔を真っ赤にして俺の前から走り去る苗字。
「やべ……」
頬に熱が集まる。多分今の俺はさっきのあいつと同じくらい顔が赤いと思う。
やり逃げすんじゃねーよ、とか文句を言う余裕もなくて。
どうやら俺は、お菓子じゃなくてもっと別の大切なものを奪われたらしい。