エンジェルハニー

「わあ…!!」
「よく似合うじゃないか、名前」


鏡の中には、白いふわふわなワンピースに身を包んだ自分の姿。くるりと回れば、スカートがふわりと舞う。普段身軽な格好ばかりしているので、こういう女の子らしい可愛い服を着るのは久々で新鮮だった。

なんでもアロエさんの若い時の服らしく、あまり着なかったため、ずっと仕舞われていたのを掃除の時に見つけたらしく、ちょうど博物館に立ち寄っていた私に声をかけた。これが着てみると、サイズもぴったり。白いとても綺麗なワンピースで、まるで私じゃないどこかのお嬢様のように見えて、思わず鏡に映る自分を凝視してしまう。


「それはアンタにプレゼントするよ」
「いいんですか!?」
「ああ。とてもじゃないが今の私じゃその服はもう着れないしねえ」
「ありがとうございます!」
「そうだ、アーティにも見せてあげたらどうだい?」


きっと喜ぶと思うよ。とニヤニヤしながらからかってくるアロエさん。
アーティさん…この格好で会うのは少し恥ずかしい気がするけど、どんな反応をするんだろう。そういえばちょうどヒウンシティに用事があった。

アロエさんに別れを告げて、ヒウンシティに向かった。
別にアーティさんに会うのはついでで…この格好を見せに行くわけでは…ない。うん。
と自分に言い聞かせつつ、ヒウンシティのビル街を歩く。
心なしか、街を歩くと視線を感じた。この服のせいだろうか。

用事(といってもヒウンアイスを買いにいっただけだが)を済ませて、ポケモンジムの入口をくぐると、あいも変わらずハチミツの壁が立ちはだかる。
アーティさんがいる所に行くには、この壁を通り抜けないといけないのだが、それではせっかくアロエさんに貰ったこのワンピースが蜜まみれになってしまう。
どうしようか迷っていると、いきなり目の前の壁がうにょーんと前に突き出し始めた。
驚いてそれを見ていると、壁から出てきたのはジムリーダー、アーティさん本人だった。
鉢合わせする感じになって、びっくりして立ち尽くす。
アーティさんも目を丸くし驚いた表情で私を見つめ、数秒間沈黙が流れたが、破ったのは彼だった。


「……名前、ちゃん?」
「あ、は、はい!」
「一瞬誰かと思っちゃった、驚かせてごめんねー」
「い、いえ」


いつもののんびりした口調で苦笑いを浮かべるアーティさん。どこか出かけるのかと聞くと、アトリエに行く所だったらしい。何故か手を引かれ私も連れられた。

ジムからそんなに離れていない所にあるアーティさんの自宅兼アトリエ。床には絵の具や紙が散乱してて、いかにも芸術家の家という感じがした。


「散らかっててごめんねー」
「あ、いえ」
「それにしても、なんかいつもと格好違うよね」
「このワンピース、アロエさんに貰ったんです。……変ですか?」
「んうん、なんで?とっても綺麗だよ。よく似合ってる」


優しく微笑むアーティさんに恥ずかしくなって思わず俯く。多分今の私は耳まで真っ赤になっているだろう。
俯いていると、耳に届いた鉛筆が紙の上を走る音。
顔をあげると、いつの間にかアーティさんは椅子に座ってスケッチブックに何か描いている。何を描いてるんだろうと近くに寄ろうとしたら、動かないでと制された。


「……?」
「あ、そこの椅子に座って、ちょっとじっとしててくれないかな?」
「……もしかして私の絵描いてるんですか?」
「うんそう君の。ごめんねいきなり」
「あ、いえ」


それから、アトリエには鉛筆の音だけが響いた。一体私がアーティさんにどんな風に描かれているのか気になったけど、動かないでと言われた手前椅子に座ってじっとしてるしか術はなく。モデルになるのはこれが初めてではないので慣れているが、たまにアーティさんの瞳が私を捕らえる度心臓が五月蝿く鳴った。アーティさんの目はいつもより真剣で、芸術家の目をしていた。


「天使」
「……え?」


静かな雰囲気の中、一心不乱に絵を描くアーティさんの姿をぼーっと見つめていると、それまで黙っていた彼がいきなり声を発したので、少し驚いて間抜けな声を出してしまった。
アーティさんは描く姿勢を崩さないで続ける。


「一瞬天使だと思ったんだ。さっきジムの壁から出て鉢合わせした時」
「天使?」
「そう天使」


目の前に天使が舞い降りたと思った。そう語るとアーティさんは顔をあげて、いつもの人当たりの良い笑みを私に向ける。
この人はこういう恥ずかしい事をよく平気で言うけど、天然なのだろうか、それとも謀ってやっているのか。
どちらにしろ私の頬に再び熱が集まる。


「そんな天使だなんて…お、大げさですよ」
「大げさじゃないよ、だって本当にそう思ったんだ」


アーティさんはスケッチブックを置いて立ち上がると、私の傍に歩み寄り、急に抱きしめてきた。
いきなりのことに驚いて目を見開き、動揺しつつも背中に手を添える。
細身に見える彼の体はそれでも私より大きくて、絵の具とハチミツの混ざり合った、私が好きなアーティさんの匂いがする。


「君は、僕だけの天使でいてほしいなあ」




(そう言ってぎゅっと抱きしめられて、彼の匂いの中、風で広がったスケッチブックの天使の羽を付けた私のように、今なら背中に羽が生えてふわり飛べる気がした。)






::アーティさんは天然タラシだといい

君を待つ間、空を見上げた。