佐野さんとお友達になった

中学に入学して二週間が経った。
私服で登校していた小学校とは違って、制服という決められた装いは年頃の女の子たちにとって不満であったようで。各々アレンジをきかせたり何ならメイクもしちゃってキャッキャとしている。
私はつい去年まで校庭でフラフープをしたり、鉄棒をしたりしてなかなか女の子っぽく過ごしていなかったので、周りの圧倒的女子力に追いつけないでいる。な、なんでみんな、そんなにお化粧上手いの……!誰に習ったの……!ヘアアレンジすら私には難しく、無難にポニーテールだったりお団子にしたりが精一杯だ。

さて、何故こんなにも女子力について語るのか。
それは今、絶賛廊下で迷子中の私の前を同じクラスの佐野さんが歩いているからだ。
佐野さんはまさに私の憧れる女子の代表格。
ちゃんと手入れの施された眉、少したれ目な形を活かしたアイメイクに長い睫毛、ほんのり色付けられた頬とぽってりした唇。プロポーションもバッチリ。本当に同い年か?ってぐらい同じ性別の私から見ても可愛い。しかもまだ席が出席番号順なので佐野さんとは隣同士。こんなに自分の苗字に感謝したことはない。
佐野さんは入学して早々なんだかクラス……どころか、学校中の注目の的らしく。何故か遠巻きに見られがちだ。そりゃああんなに可愛いんだから注目しちゃうよ。まさに高嶺の花。

でも、私は佐野さんと仲良くなりたい!ミーハーと言われたって構うもんか!

「さ、佐野さんっ!!」
「うわっ、びっくりした……えっと……」
「あ、えっと、私花守です!花守 こまち!同じクラスの!」
「ああ……隣の席の?」
「! そ、そうです!」

ひゃ、ひゃあーー!!佐野さんが私のこと覚えてる!嬉しい!
一人で心の内にキャアキャアしていると、佐野さんは怪訝な目で私を見ていることがわかった。このままでは可愛い女の子に声をかけた不審者だ!

「で、何か用?」
「その!あの……よ、よければ一緒に!り、理科室行きませんか!」
「別にいいけど……。もしかして迷子?」
「うっ、そ、そうなんですけど……。いや!でもあの、さ、佐野さんに、ずっと、声掛けたくて!私、あの……えっと……!!」

緊張のあまり吃る私。なんて情けない……!お母さんのようにテキパキ喋れない!
きっと私の顔から湯気が出ている。だってこんなに顔が熱いから!
佐野さんは私が喋るのを待ってくれているようだ。ああ、早く、早く言葉にしなきゃ!

「わ、私……!佐野さんの!お友達になりたいれひゅ!!」

…………。

か、噛んだーーーーー!!!!
勇気を振り絞った結果噛んだ!!噛んだっていうか舌が回らなかった!!恥ずかしい!!
思わず持ってた教科書たちを廊下に落として口を抑えた。ああもう、本当になんで私ったらシャキッと出来ないんだろう!!

「っぷ、ふふっ」
「あぇ?」
「アハハッ!れひゅって!れひゅ……んふふ!」
「さ、佐野さ……」
「ああ、ごめん!思ってた以上にアガってたから……」

佐野さんは必死に笑いを堪えようとしているけれど、私から視線を逸らした後も止まってない。わ、笑った顔、初めて見た……!
あー、笑った。と佐野さんはようやく笑いを収めるとしゃがみこんで私の落とした荷物を拾い上げる。

「あっ、さ、佐野さんごめん!いいよ、自分で拾うから!」
「いいのいいの、笑っちゃったお詫び!予鈴鳴りそうだし、早く行こ」
「えっ……い、いいの……?」
「? 行かないの?」
「いや、あの、行くけど……い、一緒に、行っていいの……?」
「迷子って自分で言ってたじゃん。それに……オトモダチ、なりたいんでショ?」

なら、一緒に行こ。と佐野さんは照れくさそうにはにかんだ。
その瞬間ブワッと頭のお花畑が一斉に咲き誇る。私、佐野さんのお友達になれたの……!?
呆然とする私に焦れて、置いてくよー。と歩き出す佐野さん。慌ててついて行く私。
まだ実感がなくて、でも私を少し先で待っててくれる佐野さんは確かにそこにいて。
私……私、この中学に入学できて本当に良かった!!




隣の席の女子が凄い見てくる。
入学早々マイキーの妹だって学校中にビビられて嫌になってた。別にマイキーの妹である事が嫌なんじゃない。むしろウチはマイキーが大好き。勿論兄の一人として。
でもたったその事実だけで遠巻きにされることには不満があった。マイキーだって無闇やたらに手を出したりしない……はず。ちょっと自信ないケド。

五月に学力試しにちょっとした小テストをやるなんて公言されたせいで、真面目にノートを取らなきゃいけなかった国語の授業。
かったるいなーなんて思いながら黒板を見ていたら、右隣から視線を感じた。
なんだろう、まだ警戒されてんのかな。チラリと目線だけ隣に移すと、教科書で顔を隠しながらこっちをチラチラ見てる女子。名前は……正直この時はうろ覚えだった。
男子の下卑た目付きとか女子の腫れ物を見る目線とは全然違う、キラキラした目。なんだろう、例えて言うならどら焼きを前にしたマイキーみたいな、バイクの雑誌を読むケンちゃんみたいな、そんな目。
まさか自分に向けられるとは思わなくて慌てて視線を黒板に戻す。書かれた単語を解説する教師は私の隣に気づいていないようだった。

「わ、私……!佐野さんの!お友達になりたいれひゅ!!」

隣の女子が花守って苗字で、数学が苦手で、逆に英語が割と得意で。それで、授業中は時々あのキラキラした目でウチを見てる。
子犬みたいにいじらしくて、見られてるこっちがふわふわするような、そんなクラスメイト。
まさか偶然廊下で声をかけられて、顔を真っ赤にしながら「友達になりたい」なんて言われるとは、思ってなかった。しかもカミカミだし。
思わず笑っちゃったウチに、混乱してる様子もまたおかしくて。やっと収まった時にはもう声をかけられた時の警戒心なんてなかった。

きっとマイキーの噂なんて知らないんだろうなあ。マイキーの存在すら知らないかも。知ったらどんな反応するんだろう。ちょっと不安もあるけど、今度教えてみようか。

「置いてくよー」
「わっ、ま、待って佐野さんっ!」

置いてく気なんてないけど、ちょっと意地悪しちゃったりして。花守サンは慌てて小走りで着いてくる。やっぱり犬っぽい。短足系の子犬。転ばないかちょっとヒヤヒヤする。
追いついた花守サンは顔を赤らめたまま、あのキラキラした目でウチを見つめる。今度はそれを真正面から受け止めて、緩む頬の動くまま笑って手を握った。

「ほら、早く行こっ!花守サン!」




「エマー、俺ら集会行くけど今日どうする?」

帰りのホームルームも終わって、ガヤガヤする教室。
私は日課の「今日の良かったことメモ」をこっそり付けていた。これは気分が落ち込んでたり、やる気がなかった時に見返して元気を貰うための自作メモだ。家に帰ったら日記に清書する。私は忘れっぽいのでこうやってメモしないといけない。
今日の良かったことは勿論佐野さんとお友達になれたこと!メモしなくたってずっと覚えてるだろうけど、良い事はどこにだって書きたくなる。
じゃあねー。と声をかけてくれる他の友人に手を振り、私はメモを書くことに勤しむ。すると前の方の扉から佐野さんを呼ぶ声がして、一瞬クラスの音が消えた。その後そそくさと帰るクラスメイトたち。え、何?なんでみんな早足なの?

「マイキー!教室来ないでって言ったじゃん!」
「そうだっけ?」
「もう、ケンちゃんも止めてよ!」
「ア?俺そんな話聞いてねぇぞ」
「マイキー!」

佐野さんは慌てて席を立ってその人たちに怒っている。まいきー?ハーフの人なのかな。
私がずっと見ているのに気づいたのか、背の高くて頭に刺青が入った男の人がこっちに視線を移した。目付きがちょっと鋭くてビビった。思わずガタッと膝が机に当たった。

「あ痛っ!」
「ちょ、大丈夫花守サン!」
「だ、大丈夫!すみません!」

佐野さんは私の声に振り向いて気をつかってくれた。なんて優しいんだろう……!
その間にも突然現れた二人の男の人はこっちに近づいてくる。ああ私のせいで無駄な時間をとらせてしまう……!

「悪ぃ、そんなビビるとは思わなかった」
「いえ!私こそ露骨にビビってすみません!」
「何、ケンチンビビらせたの?」
「不可抗力だっつーの」
「ふーん。……ん、何コレ」

もう一人の佐野さんに怒られてた方の……マイキーさん?が不意にしゃがんで何かを拾う。見覚えのあるメモ帳に私は頭が茹で上がった。
わ、私のメモ帳だ!机にぶつけた時に落ちたんだ!
慌てて返してもらおうとするも、急なことにあたふたして言葉が出てこない。というか雰囲気的に声をかけられない!なんか、圧が……凄い!!
マイキーさんはパラパラとメモ帳を捲っている。ああああやめてやめて!人に見られることを考慮してない汚いメモです!ホントに個人的な、ささやかな出来事をメモしてるだけなんです!

「あ、あの……!」
「……お前さあ」
「ヒェェアイ!!」

ビビりすぎて「はい」と言ったつもりがとんでもない言葉になってしまった。佐野さんと刺青の人が笑いを堪えてるのが視界の端に見えた。

「エマの友達なの?」
「へぁ?」
「コレ」

マイキーさんが見せたページには今日の日付と「隣の佐野さんとお友達になれた!」と喜び満載の落書きと共に書かれた私の字。
私の頭は茹で上がるどころじゃなく、沸騰して脳がグツグツ煮えだしている。
マイキーさんは大きな黒目でこちらをじっと見ていた。

「オアッ、えっと、あの……!」
「どうなの」
「マイキー!花守サン困らせないでよ!」
「わ、私!あの、ずっと佐野さんと、お友達になりたく、て……!き、今日やっと声をかけられて!」

私なりに一生懸命佐野さんとお友達になれた喜びを言葉にした。そうしないと、佐野さんとお友達になったことを目の前の人に否定されそうで、怖かったから。
途中で佐野さんが顔を真っ赤にして、刺青の人が佐野さんの肩を叩いてるのが見えたけど、頭が働いていなかった私はそれの意味を知る由もなかった。

「と、ということで、私は佐野さんとお友達になれて本当に嬉しいんです!」
「もうヤメテ……ウチが恥ずかしい……」
「語ったなあ……」
「……」

ぜーはー、息巻いて語り尽くした私を前にマイキーさんは動かない。こ、怖い……!「俺のエマを誑かすな!」って言われたらどうしよう!
メモ帳を閉じる音がして、私はまた肩を強ばらせる。

「安心した」
「……?」
「エマさ、中学入ってから余計寂しそうだったから。じいちゃんに学校について聞かれても普通としか言わないし」
「じ、じいちゃ……?」
「名前は?」
「えアッ、えっと、花守 こまち、です……」
「んじゃあコマちゃん。エマのことよろしくね」
「え、あ、はい……?」

コマちゃん?よくわからないけど、佐野さんの事を任されたことはわかったので頷いておく。

「おいマイキー、女子困らせてんのお前だぞー」
「ハァ?困らせてねーし」
「ったく……」
「あーえっと、紹介するね。こっちが龍宮寺 堅。こっちが佐野 万次郎、ウチのお兄ちゃん」
「……お兄ちゃん?」
「そう」

なるほど、だから佐野さんをよろしく、だったのか。……ということは私、佐野さんのお兄さん公認のお友達!?な、なんて誉高いんだろう……!!

「あ、あの、改めまして、花守 こまちです。よろしくお願いします、佐野先輩、龍宮寺先輩」
「マイキーでいいよ」
「で、でも先輩ですし」
「いいってば。エマのダチだし、先輩って呼ばれるの慣れてねーし」
「うぅ……マ、マイキー先輩で……」
「だからー、先輩ってのを取れって」
「うぐぅ……!」
「苛めないでよマイキー、花守サンは真面目なの!」
「俺もドラケンでいいよ」
「ケンちゃんまで!」

二人は葛藤する私にゲラゲラと笑っていて、佐野さんが私を庇ってくれている。て、天使……!
結局マイキーさんとドラケンさんで呼び方は落ち着き、佐野さんは二人と一緒に帰っていった。
帰り際、佐野さんに「今度はウチも名前で呼んでね」とちょっと拗ねたように言われて可愛さのあまり胸を抑えた。あと少しで救急車に運ばれていたかもしれない。

返してもらったメモ帳を開いて新しく書き足す。
今日の日記は書くことが多いなあ。


……ところで、集会ってなんだろう?

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