これ、今日マイキーの口から出た五回目の「いつ来るの」。
家に招いた時に花守サンが買ってきた手土産のたい焼きに味を占めたらしい。あの日から頻繁にコマちゃんコマちゃんとウチの周りで騒ぐのだ。やっぱりたい焼きなんて買わせるんじゃなかった。あとマイキーばっかりその呼び方ずるい!
それからもう一人の兄も花守サンに会いたいと家でぼやいてる。買い出しから帰ってきた時に肩を掴まれて、なんで紹介してくれないんだ、兄ちゃんとして挨拶しとかなきゃだろう、とか言われた。言っておくけど花守サンはウチのカレカノじゃないし、ウチはケンちゃん一筋……だし。本当だし。
でも確かに、もう一回家に招待してもいいんじゃないかなあなんて考えてたりする。結局部屋ではマイキーの愚痴で時間潰しちゃったし、スーパーへの買い出しだって泣き止んだ花守サンがお父さんに隠れて帰っちゃったもん。
花守サンと友達になって一週間とちょっと。いい加減エマって名前で呼んでほしいしね!
「ということで、今日また家に来てよ」
「どういうこと……!?」
は、話の文脈が見つからない……!と花守サンが手をワタワタさせて困っている。花守サンって揶揄うと変な声出したり変な動きしたり、面白いなあ。でもマイキーが花守サン困らせてるのは嫌。花守サンを揶揄っていいのはウチだけ。これぐらいの独占欲は友達の範囲でしょ。
「実は前に家に来てくれた時から、マイキーが次はいつ来るのってうるさくて。真ニィも会いたいって喧しいし……」
「真ニィ?」
「あれ、話してなかったっけ。もう一人お兄ちゃんがいるんだ。まあ自炊しないからほぼほぼ家でご飯食べるけど、一応一人暮らししてるんだよ」
「……ああ、佐野さんのおじいさんが「孫たち」って言ってたの、そのお兄さんのことだったのか」
「明日祝日じゃん?よかったらまた家寄ってってほしいなあって。何だったら家でご飯食べてってほしいなあ。ダメ?」
「ンンッ……!だ、ダメじゃ、ない……!ないけど、一応お母さんに連絡させてください……!!」
よし。心の中でガッツポーズ。
花守サンはウチに弱い。本当は利用したくなかったけど、今は形振り構っていられないんだ。
花守サンはケータイを開いてポチポチとメールを打ち始めた。両手持ちなんだ……。
返答が帰ってくる前に午後の授業が始まる。良い返事が返ってくるといいなあ。
お母さんから「手土産にクッキー持っていきなよ」と返事を貰ったので、一旦帰ることにした。
佐野さんそう言うと嬉しそうに「りょーかい」とオッケーマーク。さり気ない仕草からモテカワ女子オーラが留まるところを知らない……!
そうと決まれば急いで帰らねばと席を立ち上がると、教室に響く聞き慣れ始めた声。前の扉を見ると、やはりマイキーさんだった。ドラケンさんもいる。
「やっほー」
「こんにちはマイキーさん、ドラケンさん」
「よう、久しぶり」
「コマちゃんもう帰るの?」
「あ、はい」
「えー、せっかく会いに来たのにー。ねえ、次いつ家来るの?」
「あ、そ、そのことなんですけど……」
「ふふん、聞いて驚けマイキー!」
マイキーさんとの会話に佐野さんが割って入る。
話を遮られたマイキーさんは不満げに佐野さんを見るけれど、続けられた言葉に目を輝かせた。
「花守サン、今日は家に来てくれるよ!」
「マジ!?」
「えァ、その、お邪魔しようと、思ってます……!」
「やったー!じゃあ早く帰ろうぜ!」
「あ、でもあの、一度自宅に帰らせて頂きたく……」
「は?なんで?」
圧が……凄い……!!
「お、お母さんが手土産にクッキーを持っていけと……!」
「ふーん……わかった。んじゃあ俺がコマちゃん乗せてくから、ケンちんはエマ連れて先帰ってて」
「の、乗せて……?」
「了解。行くぞエマ」
「うん!マイキー、花守サン乗せるんだから安全運転でね!」
ドラケンさんと佐野さんは早々に教室を出ていったけれど、話がさっきから全然呑み込めない。乗せるって?安全、運転……?
「ほら行くぞー」
「えっ、ちょ、あの、マイキーさん!」
「何?あ、先家の場所教えて」
「あ、はい。わかりました。……じゃなくて!あの、乗せるって、何に……?」
「バイク」
「バ」
「バイクだって」
バイク……?バイクって、あの、二輪車の?16歳から免許が取れるやつ?え、今ここにあるの?
マイキーさんに引っ張られるまま、靴を履き替えた後外に出ると、一台のバイクが目の前に。嘘、本当にバイクがある……。先生の通勤バイク、とかじゃないんだよね。マイキーさん平然とエンジン吹かしてるし。
「はいこれ、ヘルメットね。付け方わかる?」
「た、多分……。あの、マイキーさんのヘルメットは……?」
「俺普段からかぶんないけど?」
「えぇ……?」
そんな当たり前のこと聞く?みたいな顔されると、私が間違っているように感じてきた。違うよ私、マイキーさんが斜め上をいくだけだよ。
先にバイクに跨るマイキーさんの後ろに頑張って乗る。い、意外と足開くんだなこれ……!スパッツ履いてるけど、スカートだからちょっと恥ずかしい。ヒラヒラしないようにグイグイスカートの端をおしりに敷く。シワになっちゃったらしょうがない。
「しっかり捕まって」
「こ、こうですか?」
「もっと、こう」
「ホギャッ!!」
「あはははっ!ホギャッて何!」
「ヒィエ……こ、腰……細……」
そこらの女の子より細いのでは?でも若干手のひらに当たる布越しの腹筋は硬い。何考えてるんだ私、友達のお兄さんだぞ!!
しゅっぱーつ!というマイキーさんの声とブルルルンッと鳴るエンジン音、バイクの振動。全部が初めての体験だ。
私はとにかくマイキーさんの腰にしがみつく事しか出来なかった。
バイク……しゅごい……。
あっという間に家に着いたし、最初は凄い怖かったけど慣れると風が気持ちいい。涼しくなってきたら寒そうだけど。でも自分で運転しようとは……思わない、かなあ……。先に降りたマイキーさんの手を借りて、よいせっと着地。うおお地面だぁ……。
家の前で少し待っててもらうように頼んで中に入ろうとすると、ちょうど家の扉が開く。お母さんだ。
「あら、お帰りこまち」
「ただいまお母さん。な、なんですりこぎ持ってるの……?」
「いや、でかいバイク音が家の前で止まったから、族でも来たのかと思って……」
「対抗するつもりだったの!?」
「包丁よりはいいと思って……」
「確かに……いや、いいとは言えないけど……」
「あ、クッキーよね。ちょっと待ってて、持ってくるから」
すりこぎ棒を持ったお母さんが家に戻っていった。バイク音だけで反応して出てきたんだ……流石お母さん……。
お母さんを待つのでマイキーさんのもとに戻ると、マイキーさんが借りてきた猫みたいになってた。そうだよね、突然すりこぎ棒持った女の人が出てきたらびっくりするよね。
「え、今のコマちゃんのお母さん……?」
「あ、はい。バイク音にびっくりしたみたいです」
「いやびっくりしたの俺の方……棒持ってた……」
「あ、あはは……血の気が多いもので……」
そうこうしてる間にお母さんが戻ってきた。あ、このメーカーの焼き菓子めっちゃ美味しいやつだ。
「こまち、クッキーこれね。あ、バイク。アンタの?」
「え、あ、ウス……」
「へぇー、やっぱ男の子はバイク好きだねぇ。ハメ外すのは良いけど、うちの子乗せる間は気をつけてね」
「アッス……」
「こまち、今日夕飯いらないんだっけ。ちょうどお父さんも打ち合わせに行っちゃってるし、お母さんもこれから出掛けちゃうから」
「わかった。気をつけてね」
「アンタたちもねー」
ヒラヒラと手を振って中に戻っていくお母さん。
家の扉が閉まると隣のマイキーさんが肩から力を抜いた。そ、そんなに緊張したのかな……。
「コマちゃん、お母さん何モン……?」
「え、お、お母さんですか?普通のお母さんですけど……」
「いや普通じゃねえって。オーラが違うもん」
「そ、そうですか……?」
気を取り直したマイキーさんは行くかー。とバイクに跨ったので私も乗る準備をする。
二回目のバイクは考え事をする余裕を持って乗れた。
そういえば、お母さんの友達も血の気が多いんだよなあ。
二回目の佐野さんのお家。
マイキーさんに「バイクを停めに行くから先に中に入っておいて」と言われてしまったため、恐る恐るインターフォンを押す。
誰が出てきても粗相のないように……!と心構えは忘れない。
「お帰り、花守サン!」
「お、お邪魔します、佐野さん」
「入って入って!真ニィももういるよ!」
佐野さんに手を引かれるままお家にお邪魔する。
噂のお兄さんも来ているのか。クッキー喜んでくれるかな。
「おじいちゃん、真ニィ、花守サン来たよ!」
「お、お邪魔します!」
「ゆっくりしていきなさい」
「おっ、花守ちゃん来たか!」
新聞を読むおじいさんの隣に座る黒髪のお兄さん、あの人が真ニィさんのようだ。
「あ、えっと、花守 こまち、です。佐野さんには、その、大変お世話になってまして……」
「おお、ご丁寧に……。俺は佐野 真一郎。万次郎とエマの兄貴だ。よろしくな!」
「よろしくお願いします……!あ、これささやかな物ですが……」
「ああ、どうもどうも」
会社の商談……?と佐野さんに言われながらお兄さんにご挨拶。よしよし、私にしては上出来だったぞ!
佐野さんは既にシュシュで髪をまとめてフリルのついたエプロンを着ている。か、可愛いぃぃ……!!可愛い佐野さんのエプロン姿超可愛いぃぃ……!!
手洗いうがいしてきてね!と洗面所を案内されて、恐れながら石鹸を借りて手を洗い、うがいをする。顔を上げた時に鏡の中の私の後ろにマイキーさんが立ってて思わず「ヒョオッッ!?!?」と叫んでしまった。
「ぶふっ、ひ、ヒョオッて……!!あはははっ!」
「びびびび、びっくりさせないでくださいよ……!!」
「ごめ、まさかここまで、ゲホッ、ハハッ、驚くとは……思わなくて……あはははははっ!」
「む、むせ込むほど笑わなくたっていいじゃないですか!」
「おーい万次郎うるさいぞー」
ヒーヒー笑いが止まらないマイキーさんを見かねたのか、お兄さんがひょっこりと洗面所に顔を出す。
二人だけで作られたカオスな空間に首を傾げていた。
「あ、二人とも。もうすぐ出来るからね」
「な、何かお手伝いするよ、佐野さん」
「いいのいいの、男共使うから!ほらマイキー、真ニィ、お皿出して!」
洗面所から戻ってくると、佐野さんが振り向きざまに告げてくる。
佐野さんは手伝うように言っているけれど、お兄さん方はその気は無いようで。
「えー?俺帰ってきたばっかだよー?」
「ウチは帰ってからすぐ作ってるの!」
「俺エマと違って皿の場所わかんねーもん」
「エマ台所整頓したんだろ?なら俺もわかんねーよ」
「そこの棚だってば!」
「それよりエマ、明日の分のおやつさー」
「あれ。エマー、俺のコーラは?」
「もー!エマエマうるさーい!」
二人はもう言いたい放題。まるで息子に手を焼くお母さんのようだ。私は一人っ子だから賑やかなのを見ると少し羨ましく思う。
……って違う、佐野さん困ってる!
「や、やっぱり手伝うよエマさ……」
沈黙。
台所に向かおうとした足は止まり、口を手で塞ぐ。顔が、耳まで熱い。今の私絶対湯気が出てる。情けない顔してる。
佐野さんは目を丸くして私を見ると、満面の笑みを浮かべてお味噌汁を混ぜていたお玉をお鍋に放り出した。
「やったーー!!呼べたじゃんウチの名前!!」
「ホアッ、近っ、違う、あの……!」
「何が違うの!もう名前を呼んだ事実は隠せないんだからね!!うわー!やっとだよー!!」
「さ、佐野さ」
「エーマっ!!」
「え、あの、エェア……」
佐野さんは私に抱きついて、やったやったと跳ねている。視界の中でおじいさんがそっとコンロの火を止めていた。
事情を知らないお兄さんはキョトンとしていたけど、知ってるマイキーさんはニヤニヤとして「良かったじゃんエマ。俺らのおかげじゃね?」なんて揶揄ってくる。私はといえば近い、可愛い、いい匂い、恥ずかしい、嬉しい、と色んな感情が込み上げて泣きそうだ。
「え、何、なんでそんな喜んでんの」
「コマちゃんずっとエマの名前呼べなかったんだよ、恥ずかしくて」
「あー、そういうことか。俺らにつられちゃったんだな」
「苦節一週間とちょっと!はー、やっとウチも呼べるよー」
「へ?」
「一回呼んだらもう大丈夫だよね、コマ!」
佐野さんが、私の名前を呼んだ。
「ぇ……」
「えっ!?なんで!?」
「あー、エマがコマちゃん泣かせたー」
「マイキーうるさい!ちょ、泣き止んでよコマ!」
「うえぇぇえん、エ、エマしゃぁぁあん……!!」
「ほらティッシュ、鼻出てるぞー」
「ひぐっ、ズビッ、ずびばぜん、えうぅ……」
「ほらよしよし!頑張ったねコマ!偉いぞー!」
「コマちゃんよしよーし」
どさくさに紛れて抱きついてきたマイキーさんと一緒に私の頭を撫でる佐野さん。じゃなくて、エマ、さん。
感情が溢れて涙になって零れる。止まらない。
人の家で、人様のご家族の前で大泣きするなんて恥ずかしいけれど、おじいさんもお兄さんも優しい顔をして私たちを眺めていた。
ああ、また泣き虫なんて笑われちゃうなあ。