『…は?ボディーガード??』


『なんでいるの…?』
「久しぶり、春香ちゃん」


羽田空港に着き、日本の空気感久しぶり〜!と大きく深呼吸をしてキャリーケースを引きながら歩き出して数歩。私の歩みは目の前の男によって遮られた。


「3年ぶりくらい?」
『いや、だから何でいるの』
「それは、またあとでゆっくり」
『ちょ、湊!』


目の前の男こと"原 湊"は、私より2つ年下の幼馴染だ。親同士が仲良く、小さい頃からよく遊んでいたけれど、お互い思春期に入る頃にはよそよそしくなって。年に数回お偉いさんたちのパーティーに呼ばれて顔を合わせる程度だったというのに、何故か今私は彼にキャリケースを奪われ、片手を繋がれている。


「辰兄、お待たせ」
「ああ」
『え、誰?っていうか何?この車』
「まぁ、乗りながら話すから」


湊に腕を引かれるまま歩くと、もう1人スーツ姿のスラっとした長身の人。そして黒塗りの車。湊は当たり前かのように車のトランクに私のキャリーケースを入れて、後部座席に座るよう促した。


「北沢辰之助です」
『あ、えっと、佐々木春香です…?』


長身の人、北沢さんに自己紹介をされて慌てて自分の名を名乗る。湊は助手席に座りながら「辰兄に運転してもらうの、なんかわるいっすねぇ」なんて話していて。


『ねぇ、湊!これからどこに行くの?っていうか何これ、どういうこと?』
「これから行くのは春香ちゃんの家。あ、実家の方ね。で、俺たちは春香ちゃんのボディーガード」
『…は?ボディーガード??』


頭にたくさんのハテナを浮かべていると、北沢さんが湊に向かって「話してなかったのか」と言葉を投げかけた。


「事前に春香ちゃんに伝えたら、こっち帰ってこないかもしれないと思って、あえて」
『ちょっと待って、なんで私にボディーガードがつくわけ?っていうか何で湊が?』


そういう私に湊は助手席から少し身を乗り出して、名刺を差し出した。受け取った名刺には「RACCO警備保障 原 湊」の文字。


『警備保障…?』
「ほら、俺警備員のバイトやってたじゃん。そこでスカウトされて、今そこの会社で警護の仕事してんの」
『へぇ…』


湊が警護の仕事を…。まぁ、確かに昔から無駄に感が鋭くて、文武両道。ある意味ボディーガードという仕事は合っているのかもしれない。


「今回は春香ちゃんのお父さんからの依頼」
『え、お父さん…?』
「3年ぶりに帰ってきた娘に何かあったら困るからって」
『何かって、何にもないわよ…』
「それが、そうとは言えないんだよね」


また父の過保護が暴走してる…と呆れていたら、湊が困ったように眉を下げて私の目の前に一通の手紙を差し出した。


『手紙?』
「春香ちゃんのお父さんに届いだ送り主不明の手紙」
『え、なにそれ…』
「まぁ、読んでみて」


白い封筒に入っている手紙をゆっくり開いて、パソコンで打たれたであろう文字を読む。


『私の大切なものを奪ったあなたの大切なものを奪います…?』
「脅迫文、ってとこだね」
『脅迫!?』


この手紙が届いたのは私が帰国する1週間前。送り主不明で同じような文章が何通も届いているらしい。父は身に覚えがないと言っているけれど大企業の社長だ。何かしらの形で恨みを買ってる可能性もある。というのが湊の推測。


『で、この"あなたの大切なもの"っていうのが…?』
「溺愛してる一人娘の春香ちゃんってことだね」
『えぇ、なにそれ…』


げっそりしていると、静かに車が停止する。パッと窓を見ると、見慣れたけれど久しぶりの実家。無駄に広い"豪邸"に、小さくため息が漏れた。
湊がインカムで「現着。自宅前クリア」と仲間?の人に伝えている姿を見て、本当にボディーガードなんだと実感が湧く。


「春香ちゃん、足元気をつけて」
『…ありがとう』


サッと助手席側のドアを開けて、私に微笑みかける湊に心の奥が小さく音を立てた。