私達は、こうして始まった


最初から期間限定の付き合いだった。いつ終わるか知れない付き合い。と言うか、付き合うって言うのも間違ってる。
正確に言うと付き合って“もらってる”だ。だから、両想いではない。
いつだって…これから先も、この想いが通じる事はないだろう。それでも…私が選んだ道だから…――。



***



「丸井くん、D組の綾瀬さんと別れたんだって〜」
「へえ〜。1ヶ月くらい?結構もったねぇ。で、次は?」
「今のところいないっぽいよ?でもすぐ次できるっしょ?」

話題の中心にある丸井ブン太は、立海大付属高等学校の2年生。全国大会常連のテニス部のレギュラー部員。赤髪でかっこよく、明るい性格の彼は男女問わず人気があった。特に女子からの支持は半端ない。人気ランキングとかつけるなら、確実3本の指に入る程の人気。
そして、そんな彼が今まで付き合った人は数知れず。無類の甘い物好きな彼の好きなタイプは『お菓子をくれる人』。そんな情報が女子の間で広まり、彼を好きな人達は甘いものを餌に付き合ってもらったりしてるらしい。でも、そんな事で付き合ったりするって…どうなの?って思ったけど―

「ま、思春期真っ盛りじゃからの〜」

って後ろの席の仁王がニヤリとしてそう言った。
あ〜、…はいはい、そうですね。17歳ですもんね。
そう呆れた様に答えたけど、密かに丸井に恋心を抱いてる私は内心、そんなに落ち着いていなかった。丸井は…付き合った子とやる事は…やってるんだな…って。
でも、餌付けか始まった付き合い。そんなもの、長続きする訳なかった。
自由な人、丸井ブン太を一人の人が縛る事なんてできない。彼女よりも部活を、仲間を、自分の時間を優先する彼に、彼女は不満を持ち、最終的には別れてしまう。
…私だったら…そんな事、不満に思ったりしないのにな…。



の隣で


ある日の放課後。2学期が始まって最初の日直。ただ…こんなに内心バクバクする日直は初めてだ…。グリーンアップルの匂いを漂わせ、プゥ〜っとガムを膨らませた彼は、私が日誌を書き終えるのを待っている。そう、丸井と一緒の日直なのだ!
本当なら部活が始まっている時間だけど、私のクラスは日直2人で日誌を持っていかないと次の日も日直をさせられるという罰がある。だから彼もこうして日誌を書き終るのを待ってくれてる。
まぁ、多分早く部活に行きたいから書き終えろよ…とか思ってると思うけど。
でも緊張して文字を書く手が地味に震えてしまう。ちょっと落ち着こうと私はポケットに入れてた飴玉を取り出し、口に入れた。

「見たことねぇ飴だな」
「え?」
「さっきお前が食べた飴。初めて見た。新商品?」
「あ、うん」

鞄の中から飴の入った袋を取り出す。今朝コンビにに寄った時に見つけて衝動買いしてしまった。
丸井と一緒で甘いものが好きな私は、鞄の中に飴やガムが常備しており、バイトのない日は友達とカフェに寄って大好きなケーキを食べるのが楽しみだったりする。
…だからって、丸井みたいに甘いものに釣られて付き合ったりしないけど。ま、告白すらされた事もないけどね〜。

「お、それ俺も気になってたやつ!な、一個くれよ!」
「あぁ…―」

丸井に飴をあげようとした時、脳裏に悪魔が囁いた。

「…そういえば、丸井って毎日差し入れするなら付き合うって本当?」
「ん?あ〜、まーな」

悪びれもせず、そう言った丸井。

「それって、もしあたしがそうするから付き合ってって言ったら付き合うって事?」
「ん〜、そうだな。お前、嫌いじゃねーし」

どうでもよさそうに淡々と応える。
クラスメイトとして何度か話した事はあるけど、そこまで仲良いって程でもない私とも、気軽に付き合えちゃうんだ…。

「…じゃあ、毎日差し入れする。だから……つ、きあって」

……言ってしまった。
私の中の悪魔が、ニヤニヤ笑うのが目に見えるようだ。バクバク言う心臓が、身体中に響き渡る中、丸井はガムをプゥーっと膨らませながら私を見ている。

「いいぜ?」
「――え?」

きょとんとしたあたしの顔をみて、丸井がプッと笑った。

「お前が言ったんだろぃ?付き合えって」
「え、あ、う、うん。言った…けど」
「言っとくけど、毎日飴玉一個とかの差し入れは却下だからな?」

そう言った丸井は私の持ってた飴の袋を丸々ひょいと取った。

「あ、俺が一番好きなのは美味いケーキ!ガムだったらこのメーカーな」

そう言ってブレザーのポケットに手を突っ込んでいつも噛んでいるガムのパッケージを私に見せつけた。

「う、うん。分かった」
「じゃあ、明日からシクヨロ…って事で、早く日誌書け。俺が真田に怒られるだろぃ」
「あ、ご、ごめん!」

言われるがまま日誌にペンを走らせた。

私達は、こうして始まった。



***



あまりの事に脳が追いつかない。いや、言い出しっぺはあたしなんだけどさ。
あの後2人で日誌を職員室に持って行った。丸井に明日なーって言われて、おーって返して…それからは覚えていない。気がついたら、自転車に乗り、家路についていた。

やっちゃった…。ちょっと前まで、あんな風にしてまで…とか思ってたのにな。絶対すぐ飽きられて捨てられるって…分かってるのに…。でも…チャンスだって…思ったんだよね。ただのクラスメイトから、少しでも丸井に近づけるって…。うんっ!これで一歩前進!こうなったら、飽きられない様に毎日美味しい差し入れ作らなきゃだよね!

「…はぁ〜…そこが問題なんだよね」

差し入れ…どうしよう。好きなのは美味しいケーキとグリーンアップルガム。まぁ、ガムは買うとして、問題はケーキよ。
毎日ケーキを差し入れするとしよう。一番安いやつでも350円くらいするでしょ?単純計算で一週間で2450円。一カ月で…一万近いじゃん!!しかも丸井って、ショートケーキとかで足りるのか?ホールケーキとか言わないよな?もしそうなったら…破産!!

「…作るしかない!!」

安く済ませるには…作るしかない!!


***



「ただいま〜―ッ、名前?!あんた何してんの?」

仕事から帰って来た母親は、帰ってくるなり吃驚した顔をしている。だって、普段めったにキッチンに立たないあたしがエプロンをしてそこに立っているからだ。

「…何って…料理」
「りょう…り?」

それが?と言いたげに母親は顔を歪めた。私も…なんとも言えません。

あれから地元の本屋で「簡単にできるお菓子100選!」という雑誌を買って、即キッチンに立った。まずは定番のクッキーを作る事に。いきなりケーキは無理だうと思ったしね。幸い、母親が料理好きで材料は何かしら家にあったから気合を入れて本に書かれた通りやった…つもり。だけど、なんでだろう…本の様に上手くいかない。クッキー生地はなんだかべっとりするし、焼いたクッキーは焼き加減が微妙。
こんなのを丸井に渡す訳にはいかない!!と何度もやり直しているうちに…今の様な状態になった。
いつも綺麗にされてるキッチンは見るも無残な状態に。使い終わったボールは洗わずそのまま積まれ、こぼれた薄力粉がそこらじゅうにこぼれ、大きなお皿には失敗したクッキーが山のように積まれている。

「…で、なんでクッキーなんか作ろうって思ったの?」

少し怒り気味の母親に、友達に差し入れをする為と簡単に説明すると、大きな溜め息を吐かれた。

「…あんた、ちゃんと分量量っていれた?」
「量ったよ!……たぶん」
「オーブンちゃんと余熱してから焼いた?」
「余熱?何それ」

頭を抱えた母親が、仕方ないわね!って言って腕組をした。

「お母さんも手伝ってあげる」
「え、いいよ!自分でやる!」
「これ以上家の食材を減らされたくないの」
「あ、さいですか」

まずは使ってないものを片付ける!と言われ、私は積まれたボールを洗いにかかった。

「…友達って、男でしょ?」
「えぇ?!…な、なんでよ」
「分かるわよそれくらい。お母さんだって女なのよ?」

あはは〜と空笑いする私を見て、母親はクスクスと笑った。
でも、子どもとこうして一緒にお菓子を作るのが夢だったから嬉しいと言ってくれた母親に、あたしも嬉しくて笑った。料理しない娘でごめんなさい…。

「言っとくけど、お母さんはアドバイスするだけよ!作るのはあんただからね!」
「わかってますとも!そのつもりだし」

こうして、母親との二人三脚のお菓子作りが始まった。


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