人は、生まれながらにして平等じゃない。
これはわたしが齢4歳にして知った社会の現実だった。
物心が付き始める前から、わたしを取り巻く環境の全てが「ヒーロー」に関するものだった。ヒーローのグッズ、ヒーローの書籍、ヒーローのゲーム…有名どころからマイナーなものまで、家には数多くのヒーローに関するものが揃っていた。何故かというと、わたしの両親が大が付くほどのヒーローオタクで、それが高じて会社を立ち上げ、見事成功したヒーロー関連の物を販売する超大手会社の社長と幹部だから。
当たり前のようにそこにある「ヒーローを賞賛するもの」を見て育ち、当然のようにわたしはヒーローに憧れるようになった。そして両親もそれを望んでいた。自分達は没個性だけど、もしかしたら突然変異的なアレで強個性になり、ヒーローになれるかもしれないと、一縷の望みをかけていたのだ。そしてその願いは叶い、わたしは両親とは似ても似つかない、突然変異個性が発現した。…それが、平等ではない社会の現実そのものだった。
「そんな…恐ろしい個性が発現してしまった」
「どうしましょう…この子の個性が社会に知れたら…」
「間違いなく終わりだ…俺たちは破産する…」
幼いながらに、発現した自分の個性は確かに強個性だけど両親が望んだものじゃないというのはすぐに理解できた。それどころかむしろ、両親の地位を脅かすかもしれない個性だということまで、その発言を聞いて感じ取れたのだ。目の前に突き付けられた現実に、ただ絶望するしかなかった。両親が望んでいた以上に、わたし自身が強い意志をもってヒーローになる事を望んでいたから。
「血の経口摂取で身体強化するだなんて…」
「まるで昔話のヴァンパイア…」
「いいえ…昔も今も、ヴァンパイアは…」
………
***
「あのな苗字、そろそろ本格的に進路決めないと…このままって訳にはいかないだろう」
中学3年生、夏休み。
本来なら学校は休みの期間なのにも関わらずわたしは学校に呼び出され、白紙のままの進路希望調査票を目の前に突きつけられた。何故夏休みに呼び出されてるかと言ったら、普段登校を全くしないから。しょうがない、個性の関係上かなんか知らないけど、陽の光が嫌いなんだから。出来るだけ外に出たくないんだ。
進路希望調査票も進級してからずっと家に送り付けられて来てたけど、なんて書いたらいいのか分からなくて、ずっとうやむやにして来てたら、結局一番面倒くさい形になってしまったというわけだ。
「…苗字は将来何になりたいんだ?」
わたしが黙りこくっている姿を見て迷っていると思ったのか、教師は少しため息をつきながらそんな事を聞いてきた。何になりたい、か…物凄く残酷な質問だ。必ずしも〈なりたいもの〉と〈なれるもの〉が同じという訳ではないのに、大人はこうして子供に夢を与えようとする。それが一番冷酷な仕打ちだとも知らずに。
なりたいものならちゃんとある、けど私の場合は〈なりたいもの〉に"なれない"と言うよりは、"なってはいけない"んだ。
「…夏休み中じっくり考えるのがいいかもな、考えが決まったら教えてくれ」
未だ何も話そうとしない様子のわたしを見かねて話を切り上げつつ、白紙の進路希望調査票をスッとわたしに手渡した教師。…家にあるのも含めたら、受け取ったのはこれで17枚目だ。1枚でも悩んで書けなかったのに、こんな枚数どうしろと…?家にある分は捨てていいかな?
自分でも中々に失礼な事を考えていると、更にもう一枚プリントを渡され、まだあるの!?と少し目を見開いた。
「もし迷うのであれば、これを参考にしてくれ」
じゃあ気を付けて帰れよ!と言った教師に会釈をして職員室を出ると、歩きながらそのプリントを見つめた。そこには県内やその周辺地域の学校の一覧が載っているプリントで、専攻別に区切られている。
一番最初に書いてあるのは《ヒーロー科》。
わたしだって、ヒーローになりたい気持ちは今も変わらずある。それどころか両親の影響で年々ヒーローへの憧れは肥大していくばかり。でも、わたしの個性は発動条件も個性の性質も、ヒーローのそれとは口が裂けてもいえないのだ。
まずわたしの個性は、血液を経口摂取する必要がある。それに気付いたのは、昔料理をしていた母が誤って指先を切ってしまった時にわたしがその血を舐めとった時だった。瞳は赤く変化し、身体がふわりと軽くなった気がした。身体を動かしてみると、今までより早く走れて、今までより高く飛べて、今までより力強くなったのだ。効果はすぐに切れてしまったけど、身体機能が向上した状態のわたしははしゃいでいた。やった!これでヒーローになれる!呑気にそんな事を考えていたら、わたしは家の色々なものを覇者滅茶に破壊していて、それに怯えた母がわたしを連れて病院に駆け込み、詳しく検査をした結果、わたしの個性に名前を付けられた。
個性:ヴァンパイア
血液を経口摂取する事により、身体機能を向上させる。血液の量によって持続時間が異なり、一日の血液摂取量を超えるとヒート状態になる。
血液は、自分のでは意味がなく他人の血液を摂取ないと身体機能の向上は出来ない。つまり身体機能を向上させようとすれば、わたしは誰かしらをW傷付けなくてはいけなくなるW。…誰かを傷付けないと強くなれないヒーローなんて誰も望んでいないのだ。
そして一番大事なのが、一日の血液摂取量。
一日約500㎖を超える血液を摂取した場合、ヒート状態…つまり、全身が血を欲して仕方なくなり…今にも誰かの首元に噛み付いて生き血を啜りたくなってしまうのだ。…あの恐怖は今でも忘れられない。試しに医者はわたしが満腹になるまで好きな程飲ませてみたけど、その量はおよそ4ℓ…体重100kgの男性も簡単に死に至らしめてしまう程の量だった。
わたしの個性は危険認定され、個性が発現してから10年経った今でも公安委員会に監視対象とされている。つまり、何かの拍子で敵(ヴィラン)側に簡単に転んでしまう個性だと認識されている。
…本当に、社会の現実は残酷だ。
誰よりもヒーローへ憧れ、誰よりもヒーローになる事を望んでいるわたしは、誰よりも敵(ヴィラン)の素質に溢れているなんて。今でも両親のあの時の言葉が耳から離れない。
「こんな事なら、無個性の方がマシだ」ーー…
両親とは昔は仲良く過ごしていたけど、ここ最近は中々家にも帰ってこない。最近だと半年前に会ったきりだ。きっとわたしを忌み嫌い、顔も見たくないのだろう。ヒーローになるどころかあまつさえ敵予備軍のような個性を持った子供なんて、もしかしたら要らなかったのかもしれない。学校の事にも無頓着で、進路希望なんて聞かれもしない。…きっと、両親だってわたしを社会には出したくないはずだ。
誰が希望を持てる?
こんな社会の中、こんな個性で、こんな両親を持って。娘の事より自分達の地位が脅かされることの方が心配で、別に悪い事をした訳でもないのに娘を既にW敵Wとして見て遠ざけている両親に、今更「ヒーローになりたい」なんて…そんな事を口に出来るはずもなかった。希望だとか夢だとか、そんな物はこの人生において持てるはずもない。…そう、思ってた。
***
「お嬢様、夏休みだからって引きこもってばかりじゃダメですよ!」
「痛っっ!」
担任の先生に「ゆっくり考えろ」と言われて数日経ったが、やっぱり答えはまだ出せないままだった。家でぐうたらと本を読んでいたら、両親が雇っているお手伝いのおばさん、桜庭さんにお尻を叩かれた。超痛い。引きこもってるのは夏休みだけじゃないのに…
「…桜庭さんだって知ってるでしょ、わたしが陽の光キライなの」
個性の関係上か何かは知らないけど、わたしは4歳くらいの頃から太陽の光が苦手だ。眩しいし熱いし…昼間は身体の力があまり入らない事もあって、日中はなるべくカーテンを閉めて部屋に引きこもってる。まるで昔話のヴァンパイアそのものだ。
わたしがそういうと、桜庭さんは「別に灰になって消えるわけじゃないじゃないですか」と言った。…そう、別に苦手というだけで自分の身体に影響があるわけではない。
「…そ、……うだけど…」
「だったら外に出て少しは運動なさって下さい!」
だいたいあなたは筋力が無さすぎるんです、ヒーローに憧れている子がそんな細っこい身体でどうするんですか!少しでも強く健康で居たいのなら外に出て陽の光に浴びて、お散歩でいいから歩いてきてください!そう言ってグチグチとお説教をしながらわたしを無理やり立たせ、引きずるようにわたしを玄関に放り出すと「夕方まで帰ってこないで下さいね!」と言ってバタン!と扉を閉めた。
な…なんて酷いお手伝いさんだ…!雇用先の娘をぞんざいに扱った上に帰ってくるななんて…!!
「………クビにしてやる…!」
苦し紛れに扉に向かって苦言を吐いたら、扉の先から「あなたが進路希望先を決めたらさっさと辞めてあげますよ!」と聞こえた。…なんで進路希望調査票を提出してない事知ってるんだ。あの教師め…家に電話したな…まったく、どいつもこいつも勝手な事ばっかりして、これだから大人は嫌いなんだ!ブツブツと独り言を言いながら日傘を手に家を後にして、宛もなくフラフラと歩き回った。
クビだとか大層な事を言ったけど、そのつもりは毛頭ない。わたしと桜庭さんは昔からこうで、彼女はこれでもわたしを心配してくれているのだ。半分親に捨てられたも同然のわたしを実質育ててくれたのは彼女で、一番近くでわたしを見てきたのだから。…ヒーローに憧れるわたしを、一番近くで見てきてはその夢を追うべきだと何度も背中を押してきてくれた。
…けれどわたしは、未だに前に進めずにいる。
先生や桜庭さんは「使いようによっては」と慰めの言葉を度々わたしに掛ける。確かに、個性の使い方によってはヒーローになる事だって望めるはずだ。例えば、献血用の血液を買い取るだとか。方法は考えればいくらでもある。実際買い取ってみて摂取したこともあるし、効果は鮮血と大して変わらなかった。…超不味かったけど。これならわざわざ誰かを傷つける必要もなく、わたしはヒーローへの道に進めるはずだ。
…でも、結局最後に考えるのはヒート状態になってしまった時の事。
何かの拍子で一日の摂取量を超えてしまったら…わたしはW誰かを殺してしまうかもWしれない。そう考えたら震えが止まらなくなり、身体が硬直してしまうのだ。誰かを救けていたヒーローが今度は誰かを殺してしまうなんて、そんな不条理があってたまるか。ヒーローとは誰かに助けを求められるものなのに、誰もわたしのような危険な人は求めない。
身体は枯渇するほど血液を求めているのに、心はそれを拒絶している。個性と性格は比例するとよく言われているけど、わたしほど個性と性格がちぐはぐな人間はそう居ないだろう。こんな不完全で危険な人間が、ヒーローになんてなれる訳がない。
「…ホント、いっそ無個性だったら諦めも簡単につくのに……」
ボソッと呟いた独り言は、蝉の鳴き声に掻き消されてきっと誰の耳にも届かないだろう。…でも、それでいいんだ。わたしは望んではいけないから。
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