「………暑っつ、」
身体に纏わりつくようなジトッとした湿気とアスファルトから込み上げるような熱気に、堪らず独り言を呟いた。家から出てどのくらい時間が経ったんだろう…そろそろ帰りたい、でも桜庭さんが夕方まで帰ってくるなって言ってたしな…
そんな事を考えながら日陰にあるベンチに座り、道の向こうから物凄い量のゴミを荷台に載せたトラックが走ってきているのを見つめた。大変だなぁ、こんな暑いのに…それにしてもあの量一体どこから持ってきたんだろう。家から出てきた訳じゃなさそうだし…あ、トラックが来た方向ってもしかして多古場海浜公園かな。そういえばあそこの沿岸部は漂流物の関係でゴミが凄いって話だし、もしかしたらそこからかも…でも、それって海岸のゴミ掃除をしてるって事だよね…いったい誰が……
目の前を通り過ぎるトラックを何気なく見つめていると、そのトラックを運転している人がチラッと見えた。
「っ!オールマイト…!?」
一瞬だった。ほんの一瞬。
でも、その姿は紛れもなくオールマイトだと、その一瞬ですぐに判別が付いた。…だって、毎日見つめているから。家中のそこかしこにあるグッズや書籍、ゲームだって何度も繰り返しプレイした。わたしが彼を見間違うはずはない、絶対に。
憧れの頂点に君臨する彼を、見間違うはずが…
それからしばらくしても、わたしはまだオールマイトらしき人が乗ったトラックが通った日陰に座っていた。もし本当に海岸沿いのゴミ掃除をしているのなら、もう一回ここを通るはずだ…今度こそしっかり見て確かめる。絶対に自分が見たものは幻なんかじゃない。そう思いながら手に持った日傘をギュッと掴み直すと、さっきのと良く似たトラックが向こうから走ってきた。ゴミは綺麗さっぱり無くなっていて、トラックが向かっている先はやっぱり海浜公園の方角。
「……………っ!」
目の前を通ったトラックに乗った男性を見ると、その男性はやせ細っていて、オールマイトには似ても似つかない姿だった。
なぁんだ…見間違いか……一応これでも目は肥えてる自覚があるし、オールマイトともなればオーラとか瞳の力強さだとかで見分けられる自信あったんだけどな…まさか大のオールマイトオタクのわたしがただの一般人と超大物ヒーローを見間違うなんて。わたしの観察眼も堕ちたな…さて、日も落ちて来たし、これだけ散歩したんだから文句は言われないはず。そろそろ家に帰ろう…そう思った時、ふと思い出した。昔観たオールマイトの出演してた番組で彼が言っていた言葉を。
《事件の調査で必要なのはW自分を信じることW常識や思い込みにとらわれず、少しでも可能性があるなら自分の目で確かめる事だね。結局は…》
「自分の目で確かめたものが、真実だから…」
もしかしたらやっぱり違うかもしれない。普通の奉仕活動が好きな一般人がやっているだけの事かもしれない。でも、もし本当にあれがオールマイトだったら?今後二度と会える事が出来ないような、超大物ヒーローだったとしたら。
このまま会わなければ、わたしはこの先きっと後悔する。
根拠もないけど、不思議とそう思えた。滅多に走ることもないわたしが、全速力でトラックが消えた方角に向かって走っていた。陽の光がキライなのに、日傘も差さずに思い切り足を動かした。会ってなにをするんだろう?なにを話すというのだろう。本当はヒーローになりたいですって?そんな事彼に言ったところで現状が変わるわけじゃない。個性が普通のヒーロー向きになる訳でもなく、消えるわけでもなく。両親もわたしの元には帰ってこない。今の生活が変わるわけでもないのに…でも、でも…!
ぜいぜいと息を切らしながら海岸に着くと、そこはやっぱりゴミだらけで嫌な匂いもした。思わずむせ返りそうになりながらも、必死でさっきのトラックを探すと、近くでゴミを運んでいる少年を見つけた。
「っ、ねぇ!きみ!」
「!?ひゃ、ひゃい!?」
思わずわたしが声を掛けると、汗だくになりながら壊れた電化製品を運んでいる緑色で癖っ毛の少年は驚いたような顔をして返事をした。やっぱり、違うのかも。この子もゴミ掃除してるって事はもしかしたらボランティア団体みたいなのがあって、その人たちがゴミ掃除をしてるだけだったり…いやでも……っ、ええい!ものは試しだ!聞いてしまえ!
「この辺に、金髪の…ちょっとオールマイトに似てる人みなかった!?」
わたしが勢いのままそう言うと、緑髪の少年はポカーンと口を開けると、途端にハッ!という顔をして焦ったような顔と口調になった。
「へ!!?みみみ見てないですよ!??そそそそんなオールマイトににに似てる人なんて!!」
オロオロとしながら自分はそんな人は見てないと主張する少年。…なんだこれ、疑いたくはないけど物凄く、限りなく怪しい…ジトッとした目で見つめると、しおしおと萎んでいくように肩を窄めた少年は口をきゅっと閉じてしまった。…いや、疑うのは良くないか。やっぱり、思ってた通り見間違いだったのかもしれない。
「……そっか…ありがとう、じゃあ」
そう言い残し、手に持っていた日傘をバサッと開いて差してクルッと背中を向けて歩き出した。…そうだ、これでいい。いつまでも叶わないものを追い続けていたって仕方ない。そろそろしっかり現実を見て、前に進まなきゃ。さっさと諦めをつけないと……
「HEY!緑谷少年!わたしが戻ったぞ!」
もしかしたらこの時、その姿を先に見ていたら。背中を向けていなければ、わたしは気付いていなかったかもしれない。
でも紛れもなく背中から聞こえてきたその声は、わたしが擦り切れるまで何度も繰り返し見たお気に入りの番組のDVDで、何度も繰り返し聞いた、あの声だった。
「……オールマイトっ!?!?」
バッ!と振り返りながら声の主を見ると、そこにはオールマイトとは似ても似つかない、腕も体も細くて、顔は痩けて目に影が出来ていて、まるで骸骨のような男性だった。さっきの、トラックを運転していた人だ。
普通にこの姿を先に見ていたら、誰もオールマイトだとは思わないだろう。でも、確かに声はオールマイトそのものだった。絶対に間違うはずがない。そう確信しながらわたしが歩み寄ると、オールマイトと思われる彼とさっき声を掛けた少年がアワアワと慌て出した。
「オールマイトですよね!?」
「だっ、誰のことかな〜??知らないよ!?私はオールマイトでは…」
「いいえ、わたしが聞き間違うはずありません。その声はオールマイトです」
「こ、声なんて、いくらでも似た人が…」
「誤魔化さないで下さい!」
にじり寄りながら自分が大のヒーローオタクである事、中でもオールマイトの事が一番好きな事、何度も聞いたオールマイトがMCを務めていたラジオや出演した番組は全て観た事をしきりに語ると、焦っていた彼は観念したのか、ふぅ…と息を吐いた。
「…君の言うとおり、私はオールマイトだ」
身体は細く、顔は痩けている。普段活動している時の姿とは似ても似つかない程の変わりようなのに、そう言った彼の瞳は鋭く光り、信念に燃えているかのような、そんな目をしていて。やっぱりNo.1ヒーローなんだなぁと実感した。
「さて、私に一体何の用かな?」
何か話があって引き留めたんだろう?
固まったまま目の前のオールマイトをジッと見つめていると、彼はそう言って首を傾げた。何か言わなくちゃ…そう思って口を開いたけど、わたしは結局何も言い出せず、また口を固く閉ざした。
何を言いたかったんだろう。諦めきれない夢を語って、自己満足して…それで結局また逆戻り?結局どうしたって恐怖には勝てないのに。求められていない自分を後押しして貰いたいだなんて、そんなの…都合が良すぎる。
そんな事を頭の中で考えていると、オールマイトは横に立っていた緑谷くんという少年に「先に作業に戻っていてくれ」と声を掛けて、その場から立ち去らせた。…もしかして、彼が居るから言いづらいと思ったのかな…?
「……あの、男の子はオールマイトとどんな関係があるんですか?」
ずっと不思議だった。オールマイトは昔から単独行動型で、サイドキックすらあまり雇ったりしない。どう見てもわたしと同年代くらいの子供と一緒に行動していて、何をしているんだろう。一体、どんな関係…?
「君に言い訳をしても結局見破られてしまいそうだから…正直に言おう。彼は私の弟子みたいなものだ」
今は非力だけどね、ヒーローを目指してると言うから、わたしが見ているんだ。そう言ってオールマイトは、また大きな壊れた冷蔵庫を必死の形相で運んでいる緑谷くんを見つめて笑った。弟子…弟子かぁ…いいなぁ。羨ましいな。No.1ヒーローのオールマイトに見てもらっているのもそうだし、ヒーローを目指してると言葉に出来るのも…羨ましい。
「……きっと…ヒーロー向きな個性なんでしょうね……羨ましいです」
ヒーロー向きで派手で、そうじゃなかったとしてもきっと誰かを救けられるような個性なんだろう。そうじゃなければ、ヒーローを目指してるなんて、きっと言えない筈だから。
「……君は違うのかい?」
「…わたしは……ヒーローを目指せないんです、きっと誰からも求められない。」
そうだ、ヒーローを目指してはいけないんだ。わたしの個性はきっと誰かを傷付けてしまう。そんなヒーローは誰も求めない。危険で、獰猛で、恐ろしい。
「わたしの個性は…きっといつか、誰かを殺してしまうかもしれないから…」
自分で言ってて、自分で悲しくなった。
じわっと瞳に浮かぶ涙を必死で堪えながら鼻をすん、と鳴らした。言葉にすると、こんなにも堪えるものなんだ…今までずっと考えてきた事だけど、いざ憧れの人を前に自分の危険さを語ると、辛くて苦しくて、胸にぽっかりと穴が空いた気分になる。自分が世界から必要とされていないように感じて、消えてしまいたくなった。
泣いちゃダメだ、10年前から分かっていた事なんだから。わたしは危険で、その危険さ故にヒーローを目指せない。自分は必要とされていないんだから。きっと他の人だってこんな気持ちになった事は少なからず一度はあるはずなんだから。自分だけじゃない、だから泣いてしまっては、ダメなんだ。
「私の個性だって、簡単に人を殺せる力だよ」
頭上から聞こえてきた声に、頭が真っ白になった。日傘の縁から微かに見える彼を見上げると、オールマイトはいつものようにニコニコと笑っていた。…今、なんて……??オールマイトの力が、簡単に人を殺せる力…?何を、言ってるんだろう。…そうか、きっと勘違いしたんだ。わたしとオールマイトの力では次元が違うんだから。わたしの個性は"敵"みたいな個性で…敵予備軍って言われていて…
「何も違わないさ。使い方によって個性は、誰だって簡単に人を殺せる力になり得る」
オールマイトは黙っているわたしを見つめながらそう言って、話を続けた。
人並み外れたパワーは、全力の力で打ち込めば人の頭を簡単に潰せてしまう。他のヒーローだって、使い方によっては人の命を奪ってしまうような、危険と隣り合わせで戦っている。そしてそれは敵だって同じ事。
「敵だってヒーローだって、個性の危険性は変わらないさ。どちらもやろうと思えば人の命を奪えてしまうんだ」
…どちらも、同じ。ヒーローも敵も、個性を持っている以上は簡単に人の命を奪えてしまう。今までそんな事、考えた事もなかった。衝撃的な話を聞いて、頭を殴られたかのような心地がした。だって、じゃあ…敵予備軍と言われていて人の命を奪えるわたしの力と、数多くの人を救ってきて平和の象徴と謳われているオールマイトが、同じだって言うの…?
「少女、大事なのは意識の問題だ」
個性を使って悪巧みをしたいと思うか、それともその個性でみんなを守りたいと思うか…そのどちらかなんじゃないかな?君もきっと前者ではなく後者だからこそ、今わたしの目の前に敵としてではなく、普通の少女として立っているんじゃないか?
そう言ったオールマイトの言葉に、じわりとまた目頭が熱くなった。
そうだ。本当は私だって、オールマイトのように…他のヒーローのように…困っている人や助けを求めている人を救いたい。危険だと分かっていても、ずっと諦めがつかなかったのは…本当はわたしだってW誰かを救えるんだWって、信じたかったからだ。誰かを傷付けてしまうかも、じゃなくて…誰かを助けられるかも、って…
「…じゃあ、わたしも…っ、ヒーローになってもいいのかなぁ……?」
ダサい。非常にダサいけど、ボロボロと溢れる涙が止まらない。ずっと押し殺していたんだ、10年も前から。「この子は危険だ」と言われた時から、わたしの時間は止まったままだった。きっといつか誰かを傷つける、そんなわたしはヒーローになれないと、ずっと思っていたから。でも…
「君だって、ヒーローになれるさ」
日傘を深く下げて、顔を隠した。ボロボロと零れる涙を見られてしまわないように。だってヒーローは、いつも笑ってなくちゃいけないから。そう思って必死に堪えていたのに、オールマイトが暖かくて大きな掌でわたしの背中を摩るものだから、今度こそ声を上げて泣いた。
きっといつか、わたしも誰かを救けるヒーローになれる。だって、あのNo.1ヒーローのオールマイトが言ったんだから。助けたいという気持ちがあれば、それはもうヒーローなんだって。
そう、言ってくれたから。
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