次の記憶は目も開けられないほどの眩しい光と、眉をしかめたくなるような騒がしい音だった。
うぅ、と唸りながら眩しい光を避けるために顔を背ける。すっかり自分は死んだと思っていたのに目を覚ました事実に少し驚きながら、同時にさっき起きた出来事を思い出した。
「………っ、痛……?くない…」
上から降ってきた工具箱に頭をぶつける。頭痛程度では済まされないような痛みを思い出して「痛い」と一瞬だけ錯覚したけど、触ってみたら、これっぽっちも痛まなかった。…おかしいな、あんなに血が出てたのに。ようやく開けられたぼんやりとした目で患部を触った手をさっきみたいに見ると、血が付くどころか、さっき手にベットリと付いていた血すら無くなっていた。…あれ?さっきは確かに血が付いていたのに。もしかして、さっきのは夢?
不思議に思い、思わず体を起こした後に気付いた違和感にわたしは言葉を失った。
たしかにわたしはさっきまで、田舎の山奥にある老朽化の進んだ家にいたはずなのに。あの場所からは湿気を吸った木の香りと、森から風が運んでくる緑の匂いしかないはずなのに。わたしの鼻を掠めた香りは、父が好きで休日によく連れて行って貰ってた場所の匂いに良く似ていた。
潮の、香り。
「……………え……、?」
後ろを振り返ると、そこには太陽に照らされてキラキラと水面が光る広大な海と、どこまでも続いているかのように思わせるほどの長い長い水平線が広がっていた。
どうして…だって、家から海は見えないはずなのに。そんなことを思いながら辺りを見回すと、いつも見ていた町一面の田んぼや控えめに点々と配置する良くある日本の田舎の風景なんかではなく、まるでヨーロッパの都会にでもいるかのような大通りとそこを行き交う多くの人。道沿いにはぎゅうぎゅうに家や店が建ち並んでいた。見た事のない街並みに頭の中が真っ白になると同時にジャリ、とした感覚をおぼえた。下を見ると、家に居たはずのわたしは何故か砂利の広がる地面に座り込んでいた。
…家が、町が。どっかに行っちゃった…
いや、わたしが、わたしの知らない所に居るんだ。
「……ど、どこなの…ここ…」
混乱の余り立ち上がると、わたしは家や店が並んでいる方へと走り出した。混乱しているのせいなのか、走っているせいなのか、不安を増長しそうな荒い息と大きい心臓の音がわたしの心を支配する。そのまま街に出ると、道を歩いていた適当な人の腕を掴んだ。
「あ、あの…っ!ここって…あ、えと…英語……」
「…?どーしたねーちゃん」
「え…あれ……日本語…?」
街を行き交う人もわたしが腕を掴んだこの男の人も、見た目は完全に外国人だった。勢いで話しかけたはいいけど英語で話さなきゃ伝わらないかもと戸惑っていると、彼の口から発されたのはよく聞きなれた日本語。イタリア人が流暢に日本語を話しているのに似た衝撃で、まるで頭の横を殴られたみたいな気分になった。
ここは一体どこなのか。家の近くではないことは確かで、日本のどこかなのかすら疑わしい。そんな状況に未だ戸惑いながらもわたしは彼に質問を続けた。
「あの…ここはなんていうところですか」
「…?ローグタウンって街だよ」
不思議そうに首を傾げた彼はそう言った後、この場所のことも知らずにここに居るのか?変な子だなぁ。と苦笑いをした。
本当に変だ。何でここにいるんだろう。ついさっきまで家にいたはずのわたしが”ローグタウン”なんて聞いたこともない街に、どうして立っているのだろう。ぐるりとまわる回転性の眩暈に思わず座り込むと、男の人は大丈夫か?顔が真っ青だぞと心配そうに顔を覗き込んでくる。
「…っ、う…うぅ……っ、」
「!?お、おい…大丈夫か?」
怖くて、不安で、溢れだした涙が止まらなかった。
どうしてわたしはここに居て、ここはどこで、どうやって家に帰ればいいのか。そして、どうやって生きればいいのか。何もかも分からない。夜の森にひとり置いて行かれたような、そんな絶望感が身体を覆い尽くしているかのようだった。
助けて、お父さん……
23.07.25