有名なお店だから混むって予約してくれた道也さんに感謝、並んでいる人達の波を横目に私達はお店に入る。
...なんで焼肉って こんなに懐かしい匂いがするんだろう、元気のいい店員さんに愛想笑いを浮かべる道也さんと私は 少しこじんまりしたカップルシートに案内された。
「もう少し広い席だと思っていたが」
「でもコッチの方が 声聞きやすいし、私は好きかな」
「...そうか」
「だって 道也さん声低過ぎて静かな所じゃないと聞こえずらいから」
くすくすと笑いながら彼を見れば 「そうか」 とまた一言小さく呟いた、胃にずっしり来るような低い声が魅力的で大好きだから 独り占めしたいなんて子供みたいだろうか。
「お前もビールでいいか?」
いつの間にか私たちの背後に立っていた 店員の可愛らしいお姉さんの方を軽く向きながら久遠さんは「ビールを2つ」と私がさっき言ったことを気にしているのか 少し大き目の声で注文した、おすすめの盛り合わせと細々とした野菜は予約時に伝えてたようで ビールと共に運ばれてきた綺麗な塩タンに目が輝いてしまう。
「私が焼こう」
「道也さん 私やりますよ」
「いや、いつもお前が焼いてばかりだからな」
彼は私からトングを奪い取り 綺麗な銀の網の上に少しだけ乱暴にでも丁寧に 塩タンを乗せた、ちゃんと店員さんが説明した通りに塩胡椒がかかっている面を下にして焼き始めると 途端に私達の胃袋に響きそうな美味しそうな音が流れ始める。
舌の上をじんわりと唾液が流れて 喉を流れていく感覚に耐え切れずビールを流し込むと炭酸が喉を焼く、もっと 喉が渇いてしまった...肉汁で満たされたい欲を感じながら私はニコニコと悟られないように道也さんの真剣そうな瞳を見つめる。
「さあ、焼けたぞ」
少しだけ 端が焦げているけど、何故かその焦げは食欲をそそってくる。レモン汁を弾けさすように私は塩タンを付けて 口に押し込んでみた、まだ熱い 熱いけど美味しい。
幸せな味に んーっ!と情けない声が漏れる。
「そんなに美味しかったか」
「おいしい...!」
「落ち着いて食べるといい まだある」
網の上にも お皿の上にも塩タンが並べられている、最初のオーダーで塩タンをこんなに頼む人見たことないけど それを突っ込むよりも先に私は口に肉を突っ込みたい...。下品になっている自分の食欲を抑えるようにまたまたビールを流すと、喉をピリッと粗挽き胡椒と炭酸が混ざりあって刺激する。
「これも、これも いけるぞ」
ひょいひょい自分の分も器用に食べながら、私のお皿に時々焦げた塩タンや 少しピンクが残った塩タンを置いていく道也さん。
流石に5枚も胃に落とせば 落ち着いてしまった。
「道也さんって なんでも出来て 器用なのに、焼肉は少しだけムラがあって 人間なんだなって安心しました」
「...なんでもって、例えば なんだ」
「えっ?」
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次の赤身の肉を焼き始めたくらいで 少し赤くなった〇が、薄らと唇を開いて 「...道也さんは、基本的になんでも器用じゃないですか」なんて言うものだから 私は次のビールを注文して彼女の方に少し体を向けた。
「2分も考えていたのに そんな曖昧な事しか言わないのか、お前は」
「えー だって、例えば?ってなんでも出来ちゃうし...」
「そうだな お前を喜ばせることは得意だと思うが...どうだ?」
トングを手から離して 彼女の太腿に手のひらを這わせてみた、一生懸命考える彼女も 流石に1発でわかったのか耳まで赤く染めて俺の手の甲を長い爪で抓る。
「道也さんのエッチ...」
「何でも器用だと言ったのはお前だ」
「だけどー!」
お待たせしました!
丁度いいところで運ばれてきたビールにほっと胸を撫で下ろす〇。
「...道也さん」
「なんだ」
「いつになれば 太ももから手どかしてくれるんですか!」
「お前が 正直に言うまではこのままだ」
「えーっ、今日どうしたんですか...もう酔ったんですか??」
「酔ったかもな」
網の上で早く食べてほしいと鳴いている赤身の肉を横目に 俺は◎から手を離してトングを掴む、網の上で騒いでいた肉達は所々焦げてしまい悪態を吐いている 「また 焦げてしまったな」と言えば彼女は俺からトングを奪い取り「私が焼きます!」と頬をふくらませた。
「道也さんが焼いたら 肉が全部焦げちゃいます」
「すまないな」
テキパキと焦げた肉はトングの角を器用に使い叩き落とし、皿に並べられた肉達を綺麗に整列させていく手つきに見惚れると彼女は「見すぎです」と唇を尖らせた。
綺麗な色をした口紅は 肉の油でとけてしまったのだろうか、一生懸命肉を焦がさまいと起こしては寝かせを繰り返す彼女の唇に触れてみた。
「もう 今日 どうしたんですか、」
「こんなに近くにお前がいるのは久しぶりだからか 触れたくて仕方が無い」
「ねぇ、もう絶対酔っ払ってる...!」
呆れ顔の彼女があまりにも可愛らしくて 彼女の指から手を離した後も煙に揺れ曖昧な輪郭をしばらく見つめた、愛らしい指が少し肉汁の溜まった取り皿に肉を並べていく。
そんな彼女を見ているとこの間の風呂場での出来事、あの時もぼやっと湯気が彼女の唇を揺らしていたのを思い出して 緩んでしまった口角を隠す為にすっかりと泡が消えてしまったビールに口をつけた。
「シメを頼むか?」
「えっ まだホルモンも食べてないのに」
「一気に頼んでしまうか」
「用事でもできたんですか?」
不服そうに目を細めて私を睨むふりをする彼女に「早く お前の裸が見たくなった」と言えば、焦った様子で周りに声が聞こえてないかきょろきょろと視線を動かす彼女。
頬から耳が段々と赤くなっていくのが見えて、私は焦げひとつない綺麗に焼かれた肉を口に運んだ。