きみとふたりで

「焼き肉、ですか」
「不満?」
「いえ、全然。〇さんの財布が心配なだけで」
「ちょっと」

今日は我が家の居候であるマサキくんとの外食の日だ。前々から、雷門がホーリーロードで優勝したら、どこかに食べに行こうと約束していた。
……まあ、実際のところそれは建前なんだけれども。いや半分は本当だけど、もう半分はマサキくんと一緒に外でお食事したかったからだ。
そして先日、見事に優勝を果たしたお祝いということで、選んだのは焼き肉だ。中学生男子は肉が好き、という過去の経験と偏見に基づくチョイスである。

「本当に食べ放題とかじゃなくていいんですか?俺、こう見えて結構食べるんですよ」
「大丈夫大丈夫。食べ盛りの子がどれだけ食べるかはわかってるし、マサキくんと美味しいもの食べるために、貯めてきたんだから」
「じゃあデザートにケーキつけてください」
「今回は特別だからね。買って帰ろうか。いちごが好きなんだっけ?」
「……はい」
「かわいいなあ」
「かわいいとか言わないでください」

ムスッと唇を尖らせたマサキくんは、照れたように俯いた。かわいい、と思いつつ声には出さない。言ったらきっと拗ねてしまう。男の子は、格好いい、の方がいいのだろう。

「ホーリーロードでの活躍、格好よかったよ」
「ふーん、ご機嫌取りですか」
「違うってば。もー、機嫌直してよ」
「どうしようかなー」
「どんだけひねくれてるの。ほらほら、好きなの頼んでいいから」
「じゃあ遠慮なく、この高級……」
「ちょっと待て。初っぱなからそれはやめようか」
「えー。稼いでますよね?」
「稼いでるけど貯めてるの。私はまず……ギアラかな」
「ギアラってなんですか?」
「牛の第四胃袋」
「へー。俺もそれにしようかな……」
「半分こしよっか」
「やった。えーと俺は……豚カルビで」
「了解。あ、すみませーん!注文お願いします!」

乾杯をして、やってきた肉を網に乗せて焼いていく。外で食べる焼き肉の醍醐味はこれだ。鉄板でなら自宅でも出来るけど、網焼きはまず難しい。
網焼きには鉄板とはまた違う魅力がある。ぽたりと油が炭に落ちて、煙が漂った。一瞬、火が大きくなる。
香りというのは、どうしてこうも魅力的なのだろう。鰻屋が客引きのために煙が外に行くよう鰻を焼く、というのも頷ける。日本人は香りを大事にする文化があるし。って、

「それ私が育てた肉!」
「いいじゃないですか、今日は」
「もう……」
「俺が育てたのあげますよ」
「何その言い方」
「〇さんがしたんじゃないですか。あーん」
「……あーん」
「美味しいですか?」
「……美味しいです」

……おかしいな。奢る側なのに、いいように振り回されている。私の方が11も年上なのに。惚れてしまった弱味か。

「外で焼き肉食べるの初めてです」
「奢りなんだから味わってね」
「え、中学生に割り勘させるんですか?」
「こいつめ……。あ、そうだ。レモンとかいる?」
「最初はそのままでいいです」
「通だな。でもわかるー。塩とかだけだと、肉そのものの味がわかるって感じで……待って食べるの早い」
「早い者勝ちなんで」
「あっこの野郎」

自分も食べつつマサキくんのためにせっせと焼く。もぐもぐと食べるマサキくんは、かわいい。言わないけれど。
レバーにタン、テッポウと食べ盛りの男の子の食欲は凄い。私も食べる方だけど、マサキくんもよく食べる。
着痩せするタイプなのか華奢に見えるけど、その実サッカーをやっているだけあって、腕や足は筋肉質だ。本人は身長を気にしてるみたいだけど。
今時の子は発育いい子が多いよなあ。そのうちマサキくんも、私を越してしまうのかな。迫ってきてるし。うんうん、大きくなれよー。

「あ、これちょっと焦げてる」
「それは私が食べるよ」
「大丈夫ですって。格好つけさせてください」
「……じゃあ、よろしく。あっやばいやばい火が上がっちゃった。端に避難させなきゃ」
「焼けたやつは俺が保護しますね」
「私のとこにも乗せといて。ところで私、実は脂身好きなんだよね」
「知ってます。いつも脂身多いの探してますよね」
「バレてただなんて」
「あんまり食べると体に悪いですよ」
「体に悪いものって美味しいよね……待って持ってかないで」
「俺も好きなんで」
「ブーメランしてない?」
「俺はまだ若いし運動してますし」
「くそう。……こうしてると、みんなで焼き肉したの思い出すよ」
「みんなって、ヒロトさんたちですか?」
「そうそう。晴矢と風介が奪い合ったりして……」
「今は俺以外の男の話はしないで欲しいです」
「一丁前に嫉妬かあ」
「子供扱いしないでください!」
「あっ、こら」

怒ってしまったようで、ぷんすこと私のお皿から肉を拐っていく。皿だけに。

「マサキくん髪食べてる」
「あ、やべ」
「伸びてきたよね。髪ゴム貸そうか?結んであげるよ」
「自分で出来ますって」

髪ゴムを受け取ったマサキくんは、手早く髪をくくった。ちょっと大人っぽく見える。ギャップ萌え、ってやつか。

「手際いいね」
「……園でチビたちの面倒見てたんで」
「あー、なるほど」
「ヘアアレンジとか出来ますよ。今度やりましょうか」
「マサキくんがヘアアレンジねえ……。センスが微妙なイメージが強くて」
「ちょっ、なんでですか」
「ヒロト経由で雷門の監督くんから聞いたよ、必殺タクティクスの命名で……」
「あーあーあー!……円堂監督っ」

突っ伏したマサキくんが、ぶすくれた表情をする。やっぱりまだまだ子供だ。
焼けた肉をお皿に乗せてげた。ついでに、頼んだはいいものの放置気味だったサラダも取り分ける。野菜食べろ。あ、ちょっとしなしなしてる。近くに火があるからなあ。
乗せられた分を黙々と食べたマサキくんが、お皿を空にした。そしてしれっとした顔で追加注文。資金は十分にあるけど、本当に容赦ない。
じっと見ていると、ふとマサキくんは唇をぺろりと舌で舐めた。うわ、中1の癖して色っぽい。

「見惚れちゃいました?」
「生意気」
「あいてっ」

その通りだなんて、言ってやんないんだから。

「……ところで、何してるんですか?」
「残ったたれがもったいなくてご飯入れてる」
「見た目がやばいです」
「こういうのが美味しいんだよ。カレーをぐちゃぐちゃに混ぜて食べると美味しいのと同じ」
「すみません。俺、混ぜない派なんで」
「よろしいならば戦争だ」
「はー、色気も何もないなんて」
「うるさい」
「大丈夫ですよ。その方が変な虫が寄らないんで」
「……うるさい」

会計をして、店を出た。夜風が気持ちいいなあ。

「◎さーん、次はあれどうです?」

スッとマサキくんが指差した方にある建物は……おっとこれは中学生には早いんじゃない?

「マサキくんは私を犯罪者にしたいのかな」
「俺からなら犯罪にはならないでしょ」
「屁理屈こねるな。……少なくともあと3年は待って」
「◎さん照れてます?」
「照れてませーん」
「かわいいですね」
「……このマセガキ。保護者に通報するぞ」
「それはやめてください」

真顔で即答だった。相変わらず、ヒロトとリュウジは天敵ならしい。園でやたらと構われてから、すっかり苦手になってしまったとか。

「◎さんこっち向いて」
「え?」
「……ん」
「っ!」

背伸びしたマサキくんの顔が、視界いっぱいになる。触れた唇からは、ちょっとだけ焼き肉の味がした。

「マサキ!こんな公共の場でっ……」
「まあまあ。早くケーキ買いに行きましょうよ!お店閉まっちゃいますよー」
「もう……。腹ごなしに走るよ!」
「マジですか」
「マジです。はい、行くよ。よーい、どん!」
「あっ、待ってくださいってば!」

2人揃って、夜の町を走り出す。また、一緒に食べに行きたいなあ。