蛇のような呪霊が、伸びあがって空を飛んだ。
 予想外の軌道。私の攻撃は空振りに終わる。呪霊は三又に分かれた尾を撓らせ、少し離れた場所で待機していた後輩の方へ飛んだ。
速い。
呪霊は後輩の背後に回りこんだ。
「夏油、そっち行った、お願い!」
後輩は振り返りもせずに術式を発動させ、呪霊は爆ぜた。
真っ白な頭が振り返って、サングラス越しにきっと睨まれる。
「……じゃなくて、五条か」
「あっぶねーな、あといい加減名前ぐらい覚えろよ!」
「覚えてはいるよ。でもなんか間違えちゃって」
「悟、落ち着いて。誰も怪我はなかったんだしいいじゃないか」
 そう、今、会話に割って入ってきた方が夏油傑だ。私がさっき夏油と呼んでしまったのは五条悟。どちらも高専の後輩で、今日はこの二人と組んで任務に来ていた。
 名前は覚えてはいる。でも、なぜか二人のことを呼び間違えてしまうことが多かった。
 私は別に人の名前と顔が覚えられないタイプというわけではない。もう一人の後輩は家入硝子ちゃん、彼らの担任は夜蛾先生。高専の生徒は少なくて、全学年と顔見知りで名前も覚えている。そのはずなのに、五条と夏油の二人だけを混同してしまう。



 図書室で調べものをしていた。この間の報告書を仕上げる前に、遭遇した呪霊について文献も見ておこうと思ったのだ。任務自体は一瞬で終わってしまったので、実を言うと書く内容に困っている。
あの呪霊は、蛇のような身体で、背は黒くて、多分腹は白かったような、尻尾が分かれていて……特徴をなるべく思いだしながら、事典をめくる。
ふと顔を上げると、書棚の陰に件の任務で組んでいた後輩の姿が見えた。
「あのさ、五条……」
柔和な表情が向けられる。
「じゃなくて」
「夏油傑です」
「そうだった、ごめんね」
夏油は笑って、こちらに歩いてきた。
「身長が同じぐらいだからかな、なんでだろ」
「色は全然違うんですけどね」
「色?」
「真っ白と真っ黒」
夏油は自分の頭を指差した。私は笑った。
 なんとなく声をかけてしまったけれど、私は彼とそこまで親しいわけでもない。五条についても同じである。むしろちょっと怖い。あちらの方では私のことをなんとも思っていないだろうけど。
 そういえば、夏油一人だけと会話をするのはこれが初めてかもしれない。新鮮な感じがした。五条よりは話しやすい気もする。少なくとも敬語は使ってくれるし。



 渋い顔をした夜蛾先生から伝言を頼まれて、私は校内を歩きまわっていた。教室内と廊下を見てまわったあとで外に出た。自販機の所を通りがかったところで、探していた白と黒が視界に飛びこんできた。
「あっ、」
私の声に反応して、五条と夏油がこちらを向いた。
二人は手の甲同士を合わせて、手を繋いでいた。
絡まった指先が木の根みたいに見えた。近い場所に生えた二本の木が、育っていく過程で絡まりあって一本の木みたいになる。校舎の裏の森でそんな大樹を見たことがあった。そういう感じ。
二人は指の背と背をくっつける格好で、手を離さないまま、私の方を見ていた。
「何」
「えっと、夜蛾先生から伝言。すぐに職員室に来いって」
「俺に?傑に?」
「どっちだっけ……忘れた……どっちかのこと呼んでたよ」
「怒ってた?」
「説教っぽかった」
「何やったっけ」
「いっぱいあるな」
「悟が怒られるなら、私も怒られるし、私が怒られるなら悟もどうせ同罪だろうし。二人で行きますよ」
「そう」
と私は答えた。
 五条と夏油は、そのまま校舎の方へ歩いていった。
私はしばらくその場に立っていた。それからその場にあった自販機でサイダーを買った。制服の裏側に汗をかいていた。



「夏油、」
と声に出してから、違う、と思った。
夏油傑は、もういないのに。
「僕と傑は、まだ同じ一つの生き物みたいに見える?」
「み、みえる……かな……」
「そうか、それならよかった」
やっぱりこの人は、この人達は怖くて嫌だ。


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